廃旅館にて

大宮一閃

第1話 廃旅館にて

これは実話を元にしているのですが、私の記憶が曖昧な部分もあり、多少話を作って、小説としてお届けします。

実話だけであれば、すでに発表している「体験実話・私の怪談。」のエピソードに加えるべきなのですが、もう大昔の事で、記憶が曖昧になっているので、実話としてではなく、創作に分類しました。多少でも話を作ったなら、それはもう実話とは呼べませんから。でも、元になっているのは実話です。

時代は、バブル崩壊後で、まだ携帯電話が無く、ポケベル全盛期です。

あえて県名は伏せますが、大学時代の先輩の内縁の奥さんが、某県の温泉街で、女の子たちを集めて、温泉旅館の宴会にコンパニオンを派遣する仕事をしていました。

その先輩とは仲が良く、友達と言っていい付き合いで、私の住む京都府から、しょっちゅう某県の先輩の家へ遊びに行きました。

先輩の家は食料品店を経営していて、鉄筋コンクリートの三階建ての家で、その三階が先輩の部屋兼事務所になっていて、女の子たちの控え室になっていました。

本来は人に貸し出して賃料を取るような部屋で、事実二階は学習塾に貸しているぐらいですから、部屋といっても個人の部屋と違い、かなり広かったです。

その部屋(事務所)では、本当に何人もの女の子と出会い、仲良くなった子もいれば、そうでもない子もいました。

その中に、美玖(仮名)という子がいました。ヤンキーでした。顔はコンパニオンをするぐらいだから可愛いのですが、私はすぐには仲良くなれませんでした。

私はヤンキーとは真逆の性格だし、知らない女の子にどんどん声をかけるタイプでもないのです。

でも、美玖はなぜか私のことをやけに慕ってくれて、何度も顔を合わせるうちに、少しずつ親しくなりました。

だからといって、私は美玖と付き合いたいわけではなく、妹みたいに思っていましたが、美玖はたぶん私に好意を持ってくれていたと思います。

そして、先輩夫婦(内縁関係ですが)も、彼女いない歴の長い私と、美玖をくっつけたいようでした。

以下、短い話ですが、小説風にしてお届けします。先輩の内縁の奥さんのことは、仮名で真由子さんとします。

登場人物は、私と先輩と真由子さんと美玖です。


「多田ヨー、来たんか」

 美玖がいつものように、俺を多田ヨーと呼んだ。俺は多田洋(ただひろし)というのが本名だが、漢字の読み方をあまり知らない美玖が、下の名前の洋を「ヨー」と読み、多田ヨーと呼んだ事から、先輩の家では、俺は多田ヨーと呼ばれている。

 この多田ヨーという呼ばれ方、俺は好きだ。これまでの二十五年間、ニックネームらしいニックネームが無かった俺にとって、やっとニックネームが出来た気持ちがしたからだ。親しみを込められて多田ヨーと呼ばれるのは、悪くない。

「多田くん、心霊スポットがあるのを知っとるか?」

 真由子さんが話しかけてくる。今は夏で、お盆休みに先輩の家に遊びに来たのだから、「夏と言えば怪談」という発想だろう。

「本当に出るって話やぞ」

 先輩がたたみかけてくる。先輩の部屋はクーラーも無く、扇風機が一台あるだけだ。扇風機の風は、俺にまで届かなかったが、窓が開け放たれているので、風が入ってきて、俺の汗ばんだ体を少し冷やしてくれた。

 ちょうど開け放たれた窓から夕陽が見えた。夏なので夕暮れは遅く、まだ青さが残る夏の夕空に、オレンジ色に近い夕焼けが西側からアクセントを添えて、やがてやってくる闇が想像できないくらいの輝きだった。

「多田ヨーって、いつも黒い服ばかりやな」

 美玖が言うのも当たり前で、俺はやけに黒が好きで、今も黒のTシャツに黒のジーンズ姿。ジーンズは青がポピュラーだが、俺はわざわざ黒いジーンズを探して買う。人から痩せすぎと言われる俺は、当然ウェストも細いので、少し大きめのジーンズを革のベルトでギュッと締めて穿いている。革のベルトも黒だ。

「バイクに乗るときは、明るめの服装のほうがいいぞ」

 先輩に忠告された。俺は車に乗らず、バイクに乗っている。ヘルメットを着脱するときに、いちいちメガネを外すのが面倒だから、極度の近視の俺はコンタクトレンズにしたのだが、メガネだと老けて見えるせいもある。先輩のほうが、俺より年下だと思われる事がたびたびあり、それもあってコンタクトレンズにしたのだ。

 その後、先輩の家で夕食をご馳走になった。真由子さんと美玖の二人で料理を作ってくれた。今日は温泉旅館の宴会のコンパニオンの予約は無いそうで、美玖以外の女の子たちはいない。とすると、美玖は俺が来るから遊びに来たのかもしれない。

 夕食の時、先ほどの心霊スポットの話題になった。バブル期に多角経営をしていた温泉旅館が、バブル崩壊で倒産して廃旅館となり、その後、地元では心霊スポットと噂されるようになったそうだ。

 俺は怖い話は好きだ。心霊も信じている。だからこそ、安易に心霊スポットに行くのは反対なのだが、先輩夫婦の話を聞く内に、先輩夫婦はどうやら美玖と俺の二人だけに心霊スポットに行かせて、美玖と俺の距離を縮めようとの魂胆だとわかった。

 断ってもよかった。ただ、美玖が俺を慕ってくれているのは知っていたし、わざわざ俺が来るからという理由で、仕事も無いのに美玖が来てくれたのなら、ちょっと心霊スポットまでデートするぐらいは構わない。

 美玖は先輩夫婦が心霊スポットの話をしている時、なにもしゃべらず少しうつむいて食事をしていた。美玖が心霊スポットに興味があるのかはわからない。でも心霊スポットに行くことを拒否はしなかった。

 もし美玖が俺と二人きりになるのを望んでいてくれるのならば、そしていつも良くしてくれる先輩夫婦がそれを望むのならば、断るのは申し訳ない。

 先輩が自分の車を貸すと言ってくれた。俺は車は持っていないが、車の免許は持っている。美玖は車を持っていないし、俺はバイクでなくて、電車で来ているので、素直に先輩の車を借りて、美玖と二人で心霊スポットに行くことになった。

 先輩の車はスカイラインだった。学生の時に岩城滉一さんの「その時 精悍」というキャッチフレーズのCMがあり、それ以来、先輩はスカイラインに取り憑かれた。

 先輩のスカイラインは、オートマチック車ではなくミッション車だったので、久しぶりに車を運転する俺は、少し手こずったが、すぐに車の運転の要領を思い出した。

 車の中では美玖と二人きりだ。美玖は助手席で黙っている。美玖とは以前からの知り合いとはいえ、二人きりになったことは今まで無かった。

 美玖はブルーの少しゆったりしたジーンズ姿で、上はグレーのTシャツ。足は素足にサンダルだった。美玖は華奢な体つきだが、女の子だから華奢でもいい。俺は痩せすぎと周りから文句を言われるが、女の子ならそれは無いだろう。

 美玖の髪の毛はそれほど長くはないが、赤っぽい色の髪色だった。美玖に言わせると、染めているのではなくて、もともと赤いらしい。

 むかし「積み木くずし」という本がベストセラーとなり、ドラマ化もされたが、その話も、生まれつきの髪の毛が黒で無かったために苛められた少女が不良になった話だった。美玖にも、そんな過去でもあるのだろうか?

「温泉旅館に行くの、この道だっけ?」

 俺はさりげなく美玖に話しかけた。一応、温泉街への道は知っているが、いつまでも美玖との間に会話が無いので、きっかけ作りだった。

「鈴木のおっさんの家の所から近いよ」

 美玖が「鈴木のおっさん」と呼ぶのは、先輩の友達だ。先輩の同級生だが、なぜかみんなから「おっさん」呼ばわりされている。

 その後、美玖と俺は、鈴木さんの話題をしつつ、温泉旅館へと向かった。なんとか美玖と会話が弾んで良かった。美玖は廃旅館の場所は知っているが、中には入った事は無いそうだ。

 温泉街の手前のゲームセンターに、たまごっちと大きく書いたポスターが貼られている。たまごっちとは、携帯ゲームで、たまごっちと言う架空の生き物を育てる育成ゲームだ。女の子の間でブームとなっている。

 当然、美玖との会話も、たまごっちの話題になった。なんでも女の子をたまごっちをエサにナンパするオジサンが居るそうだ。

「そんなオッサンに引っかかる女は、アホやけどな。そんなオッサンは、やることしか考えてないんや」

 美玖はそう言うが、その美玖もテレクラに電話して男と話している。もっとも美玖は、暇つぶしにテレクラで男をからかって遊んでいるだけで、男と会ったりはしないそうだ。なんとなく安心した。

 そうこうしているうちに、温泉街に着いた。心霊スポットの廃旅館は、美玖が教えてくれた。辺りには街灯もあり、近くには別の温泉旅館もいくつもあり、心霊スポットと言っても、町中の旅館だ。

 車から降りると、夜の風が気持ち良く肌を撫でた。八月のお盆になって、これから少しずつ夜気も寒くなっていくだろう。今はまだ、秋の気配は無い。夜空には星がまばらに見える。

 近くの温泉旅館からは明るい灯が見え、街灯も多いので、あまり心霊スポットという感じはしない。もっとも、廃旅館の中に入れば、明かりも無いだろうし、雰囲気はあるだろう。ここでライトを持ってきてない事に気づいた。

「ライト忘れたけど、美玖は持ってる?」

「持ってない」

「どうする? 取りに戻るか?」

「そんなめんどくさい事せんでいいって。さっさと見て、さっさと帰ろう」

 俺は、美玖が俺と二人きりになることを喜んでいると思っていたので、さっさと帰ろうと言う発言に驚いた。美玖は、早く帰りたいのだ。ちょっとショック。

 気持ちを切り替えようと、俺は美玖に小銭を渡して、缶コーヒーを買ってきてくれと頼んだ。近くに自動販売機があったからだ。むろん、美玖の分の小銭も渡した。美玖は素直に缶コーヒーを買ってきてくれた。美玖はコーラを買ったようだ。

 俺は夜空を眺め、まばらな星を鑑賞しつつ、一気に缶コーヒーを飲んだ。そして空き缶を車のトランクに乗せた。後で捨てるつもりだ。ところが、美玖がその空き缶を放り投げた。この辺りがヤンキーだと言うのだ。空き缶をポイ捨てする。

 俺は空き缶を拾うと、自動販売機の横の空き缶入れまで行って捨て、美玖に少し説教をたれた。真面目ぶるつもりはないが、やはりポイ捨ては許せない。でも、美玖に偉そうに言うのも、やや気が引けたので、すぐに美玖に背を向けて、「心霊スポットに突撃」と、妙なテンションで叫び、廃旅館に向かった。

 本当は、美玖に説教してしまってケンカになると困るので、そうなる前に廃旅館に入って誤魔化そうという魂胆だった。

 廃旅館のドアは自動ドアだが、誰かがこじ開けたままになっている。当然ながら電気は止まっているので、自動ドアが動く事は無い。動きを止めた自動ドアのガラスには、悪戯描きがしてある。廃墟によくあるやつだ。

 自動ドアは、ちょうど人ひとりが入れるように開けてあり、中に入るとすぐに下り階段になっていて、ロビーのような広い空間だが、外の街灯の明かりがほとんど入ってこない。それはロビーが、階段を下った半地下みたいな場所になっているからだ。廃旅館の中の空気は澱んでいた。

 暗くて前がよく見えない。当たり前だ。廃墟に来るのにライトを持ってこないからだ。普段、こういう場所に来ないので、ライトを持ってくる発想が無かった。先輩夫婦も教えてくれないし。

 美玖も早く帰りたがっているのならば、さっさと帰ればいいのだが、絶対に先輩があれこれ質問して、本当に心霊スポットをちゃんと見たのか確認してくるだろう。だから、ちょっとだけ見て歩こう。

「多田ヨー、もっと中に入ろう」

 美玖がいきなり俺に腕を組んできた。いきなり腕を組まれて、俺はビクッとなってしまった。俺はいきなり声をかけられたり、いきなり何かされるとビクッとなるタイプだ。

「ささ、もっと奥に」

 美玖は、いつものちょっと鼻にかかったような高い女の子らしい声で、話しかけてくる。美玖は俺に好意はあるだろうと思っていたが、いきなり腕を組んでくるとは思わなかった。

 でも、女の子に腕を組まれて悪い気はしない。それが異性としてではなく、妹ぐらいに思っている美玖でも、悪い気はしなかった。

 美玖の気持ちはわかる。普段は照れくさくて出来ない事も、このお互いの顔も見えない暗闇ならば、素直に出来る。美玖が腕を組んできたのも、暗闇で大胆になったからだろう。

 俺も男友達の家に泊まりに行ったとき、部屋の電気を消して、お互いが見えないような闇に包まれたとたん、その友達と本音トークが始まった事がある。暗闇ゆえに、恥ずかしがらずに本音が言えたのだ。主に好きな女子の話題をしたが、昼間だと恥ずかしくて言えない内容だった。暗闇のマジックと言ったところだろう。今の美玖も、そんな感じなのだろうと思う。しばらくは、美玖の好きなようにさせよう。 

 俺は廃旅館の暗闇の中をそろりそろりと進むが、そんな俺を美玖は引っ張るようにリードする。美玖のほうが、夜目が利くのだろう。美玖はどんどん進む。もしかしたら、美玖はこの廃旅館に来たことがあるのか? ヤンキー友達と来ていてもおかしくない。車の中では、廃旅館の場所は知っていても、中に入ってないと言っていたが、嘘だ。この暗闇の中を、知らずにすいすい歩けるわけがない。一度と言わず、何度も来ているはずだ。なんで、そんな嘘をつくのか?

 廃旅館を奥に進むと、下への階段があった。俺もようやく目が慣れてきたが、美玖と違って夜目が利かないから、うっすらなんとなくわかる程度だ。

 階段を下りると、奥に通路が続き、やがて左側に広い部屋があり、右側にはさらに下への階段らしいものがあったが、暗くて確認できない。

「多田ヨー、こっち」

 美玖は俺を引っ張る。やはり美玖は何度も来ているのだろう。通路を進むと、突き当たりに階段があった。ここも下りの階段だ。

 その瞬間、寒気がした。夜とはいえ夏なのに、階段の下から冷気が這い上ってくる感じだ。

「多田ヨー、行こう」

 美玖が俺を引っ張るが、俺はこの階段を下りる気がしない。

「止めとこう。もう帰ろう」

 俺は美玖に言った。しかし美玖は俺の腕を引っ張る。

「この階段の下に大浴場があって、そこが本当の心霊スポットなんだよ」

 美玖は、いつも以上に鼻にかかった甘ったるい声をだしながら、俺と組んだ腕に力を入れて、強引に階段を下りようとする。

「止めとくよ。実は俺は、いたずらに心霊スポットに行くのは反対だったんだ。だから、もう十分なんだ。帰ろう」

 俺は階段から這い上がってくる冷気に、ただならぬものを感じていた。夏なのに、全身に鳥肌が立つぐらいの寒気。普通じゃない。やはり美玖は、この場所に来たことがある。そうでなければ、なぜ大浴場の場所を知っているのか。

「多田ヨー、勇気出しなよ」

 美玖はそう言って、俺を引っ張るが、もう限界だ。この階段を下りたら、本当に「何か」が居る気がする。

 俺は美玖を引っ張り返すと、強引に美玖を引きずった。美玖がぶつぶつ小声で何かを言い出した。おそらく、俺に対する不平だろうが、どうでもいい。

 帰り道は、暗闇の中でもだいたいわかった。来た道と逆に歩けばいいだけだからだ。美玖は諦めたのか、大人しくなった。

 ようやく最初のロビーのような場所に戻ったところで、美玖が俺と組んでいた腕を離した。まさか、一人で心霊スポットの大浴場に行くつもりか?

「先に車で待ってるぞ」

 俺は大声で、暗闇の中の美玖に叫んだ。あの寒気は尋常じゃない。しかし、それは俺が感じているだけで、美玖は何度も来ていて平気なのかもしれない。とにかく、車へ戻ろう。俺は美玖を置いて、ひとりで外へ出た。

 廃旅館の中の空気は澱んでいたが、外に出ると涼しい風が吹いて、肺の中の澱んだ空気を一掃しくれた。大浴場の手前の階段では、異常な冷気を感じたが、外の風はそれとはまったく違う、心地よさのある涼しさだった。

 街灯の明かりを見てホッとした俺は、先輩のスカイラインの中で美玖を待つことにした。ところが、車のドアを開けると、助手席に美玖が居るではないか。もし廃旅館から美玖が先に出たなら、気づくはずだ。

「あれ? 美玖、いつの間に車に乗った?」

「最初から」

「そんなはず無い」

「多田ヨーが空き缶を捨てるななんて、偉そうに言うから、ムカついて一緒に行かんかったんだ。それに心霊スポットなんか興味ない」

「ずっと車の中に居たん?」

「そうやって」

 だったら、あの廃旅館で俺に手を組んでた女は誰? 声も美玖そっくりだったし。でも、そう言えば美玖は廃旅館の場所は知ってても、中に入ってないと言っていた。それが本当なら、やはりあの女は美玖ではない。美玖ではあり得ない。俺を追い越して車に乗ったのなら、前を行く美玖が見えなければおかしい。

 俺は冷や汗が出た。気味が悪い。その後の美玖との会話は覚えてないが、俺は気味が悪くて、この話を美玖にも先輩夫婦にも、しなかった。

 もし、あの女に引っ張られて大浴場へ行っていたら、どうなったのだろう? あの女は、大浴場が本当の心霊スポットだと言っていたが。その大浴場に私を引き入れて、どうするつもりだったのか? 行かなくて正解だった。そう思う。だって、あの冷気は、ただものでは無かったから。


 以上です。小説風にお届けしました。私としては、あの女はこの世の者では無く、大浴場に連れて行かれたら、そこには魔物とか幽霊が居て、とそう考えたくなりますが、常識的に考えれば、廃墟に女がいて、勝手に案内してくれただけでしょう。

 世の中にはおかしな人がいますから、ずっと廃墟に居る女がいても、不思議ではない。ただね、なぜ廃旅館の女が私の名前を知っていたのか? 美玖は廃旅館の場所では、私の名前を呼ばなかった。だから、たまたま私の名前を聞いたから知っていた、と言うのは成立しません。それに美玖と同じ声。

 やはり、この世の者ではない女かも。しかししかし、記憶が曖昧なんです。たまごっちもブームの最中だったか、ブームが去った後だったか、あるいはたまごっちの発売はもっと後だったのか、良く覚えてないのです。

 あと、廃旅館の中もうろ覚え。ロビーのような場所に入る前が下りの階段になっていた気がするけど、それもうろ覚え。一番奥が大浴場へ行く階段だったのは、ハッキリ覚えてます。その近くに別の下りの階段があったけど、その階段を下りるとバーになってて、他に軽食コーナーとしょぼい(らしい)ゲームセンターがあったそうです。これは後日に、昼間に男と見学に行ったという別の女の子に聞きました。あの女が居たという話は聞かなかった。とにかく、いろいろうろ覚え。

 美玖が本当に私の名前を呼ばなかったか、この肝心の部分の記憶が曖昧で、それゆえに実話怪談としませんでした。もしかしたら、美玖は私の名前を呼んでいて、あの女はそれを聞いていたのかも。似たような声の人も、世の中には居ますよね。

 ですが、もしあの女がナイフでも持っていたら、そして一番奥の大浴場で私を刺すつもりだったら? そう考えると、やはり怖い。女だからよかったけど、屈強な男だったら? ヤンキーの溜まり場になっていたら?

 考えれば考えるほど、私にとっては怖い話です。

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