第9話金平糖

 ――金平糖。

 誰もが一度は聞いたことがあるであろう。

 見た目が星のような形をしているのが特徴的であり、カラフルな日本の和菓子の一つである。

 凛に渡したのはどこかを治すための薬だろうと思っていたのだが、どうやらこの医者は薬ではなく金平糖を渡したと言っている。

 雪音は雫のことをであると思い込んでいた為に、あまりにも予想外すぎてしばし固まってしまった。

 ――もしかして、医者は医者でも……やぶ医者?

 だが、もしかしたら人間にとっての金平糖が妖怪にとってはまた何か違う意味を持つのではないか?

 金平糖には不思議な力が含まれているのかもしれない。

 そんな期待を込めて、雪音は雫にさらに質問した。

 「……えっと、金平糖っていう名の薬か何かですか?何か特別なものとか?」

 「ふむ、雪音は金平糖を食べたことはないのかの?ちょっと待っておれ」

 顎に手を当てて小首を傾げながらそう言って雫は立ち上がり、部屋の奥へと進んで行った。

 おそらく凛に渡したものと同じものを持ってきてくれるのだろう。

 できれば自分の知っているものではないことを願った。

 だがその期待はあっけなく崩れ落ちた。

 雫は元居た場所に座ると、変わらないにこやかな笑顔を向けながら手に持っていた器を雪音に差し出した。

 「ほれ、これが金平糖じゃ」

 「……。」

 差し出された器の中には誰もがよく知るカラフルなお菓子が入っていた。

 「甘くてとても美味しいぞ」

 ――……知っています。

 自分がよく知る金平糖が入っていたために、心の中でそう返してしまった。

 どこかで今までに見たことのない何か不思議なものが出てくるのではないのかと、期待していただけに少しショックを受けてしまった。

 雫は何食わぬ顔で金平糖を一つ手にして口に入れた。

 「この口の中いっぱいに広がる優しい甘さがたまらぬのじゃ」

 大福を食べていた時のような子供の表情になりながら、雫は金平糖を一粒ずつ食べていく。

 ――大福の時みたいに頬張ったりはしないんだな……。

 雪音はそんな感想を抱きながら、やはり子供っぽい雫を見守った。

 「……あの、本当に医者なんですよね?」

 ずっとモヤモヤしていたことをストレートに聞くことにした。

 雫のこの性格上はっきり聞いても問題ないだろうと判断したからだ。

 「ん?いかにもその通りじゃが?」

 「じゃなんで金平糖なんか渡したんですか?聞き間違えかもしれないけど、薬とか治すとか聞こえたので……」

 雪音の物言いにも嫌な顔一つしない雫の姿をみて、自分の記憶違いなのかもしれないと不安になってきた。

 そんな雪音を優しい目で見つめながら、雫は変わらぬ口調で教えてくれた。

 「確かに我はあの時金平糖のことを薬と言って渡したかもしれぬ。だがの、我はちゃんと診察もせんで適当な薬を渡したりはせぬ。もし我の患者に合わなかったら大変じゃからの。」

 確かに合わない薬を使うのは危険かもしれない。

 それは人間でも同じことだと納得した。

 「だから明日またここに来るよう言ったのじゃ。ちゃんと診察してあやつにもっとも適した治療をせねばの。我は患者を見捨てたりはせぬ、また元気になるまで寄り添うのがポリシーじゃからの」

 ちゃんと一人の患者として扱っているのがよく分かった。

 薬と言ったのは嘘かもしれないが、相手のことを思ってのことだろう。

 「それに金平糖は古くから縁起の良いお菓子での、健康祈願や無病息災の縁起物とされておる。凛がが、今はこの金平糖を薬と思って気が休まっておれば問題ない」

 ――!

 「一目見ただけで病気が何なのかわかったんですか!」

 急に食いついてきた雪音に一瞬驚いた様子を見せたが、優しい表情で雫は続けた。

 「これまでにいろんな妖を診てきたでの、何となく予測がつくといったところじゃ」

 雫は本当にすごい妖怪なのだと改めて実感した。

 これまで一体どれだけの数の妖怪をその手で救いだしたのだろうか。

 ますます雫について、そして怪医の存在に興味がわいた。

 「気になるのか?なら、またここに来るが良い。凛がいつ訪ねてくるか知らぬが、タイミングが合えばどうやって治療するのか見れるかもしれぬぞ」

 「邪魔にならないんですか?」

 「別に邪魔になどならん。それにいつどんな時でも我はうぬがまた遊びに来てくれるのなら、それはとても喜ばしいことぞ。雪音は大歓迎じゃ」

 また幼い子供のような屈託のない笑顔でそう言われて、雪音は少しこそばゆい気持ちになった。

 照れを隠すように雪音は一粒金平糖を口にした。

 口いっぱいに金平糖の優しい甘さが広がり、それはまるで本当に心を落ち着かせてくれる魔法の薬のように思えた。

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