第8話妖怪専門の医者

 『

 確かにそう言った。

 人間の世界にも医者と呼ばれる人はたくさんいる。

 大抵は生き物の命を救ってくれる人達のことを、そして救うために日々研究を進める人達のことを連想させるだろう。

 それ以外にも、スポーツ選手の健康をサポートしたりと直接命に関わらなくても『』と言う言葉には様々な意味合いが込められている。

 ――……妖怪専門……。

 妖怪専門と聞いて頭の中の医者に関する引き出しを漁ったが、当然該当するものなど出てこなかった。

 雪音の中の医者の知識にそんなものはなく、全くと言っていいほど想像がつかない。

 もっとも雪音以外の人間が同じように『妖怪専門の医者』と聞いたところで、理解するものが現れるとは思えないのだが。

 何より自らのことを医者であり専門は妖怪だと言われたら、本当に医者なのかということを疑う前に、頭がおかしくなってしまった人認定されるだろう。

 「初めて聞いた言葉のようじゃが無理もない。我も人間の中に妖怪専門の医者を名乗るものに出会ったことなどないからの、そもそも存在するのかさえわからん」

 雫は自分のお茶を飲んで湯飲みを置いた。

 「うぬら人間の医者の中にも専門医は数多くおるじゃろ。何と言ったか……。内科医?外科医?それぞれが各々の分野で人をケガや病気から救っておる。それと同じように、妖怪のケガや病気を治すのが我の医者としての役割じゃ」

 「妖怪の世界にもケガや病気が存在するんですか?」

 「もちろんあるぞ。人間のケガや病気に近い類のものもあれば、妖怪ゆえになってしまうものもある。」

 一呼吸おいて雫が話を続けた。

 「そんな妖怪を救う我のような存在のことを、我々妖怪の世界では怪医かいいと呼んでおる」

 「……怪医……。」

 妖怪専門と聞いて理解が追いつくかどうか不安だったが、雫の説明は分かりやすくすぐに追いついた。

 とは言っても、どんな風に妖怪のケガや病気の治療を行っていくのかは想像はつかないのだが。

 「妖怪にもこんな風にケガの治療をしていくのですか?」

 雪音は雫に直してもらった腕を差し出しながら不思議そうに聞いた。

 「雪音みたいな切り傷や打撲のような外傷的なケガは、確かに使う薬が違う程度で処置はほぼ同じじゃの」

 自分の処置された腕を軽くさすりながら、どうりですごく手際がいいことに納得した。

 痛みを感じさせないように処置してくれた上に、的確な処置の方法、後でちゃんと病院へ行くことを進めてくれたことすべて含めて雫が医者であることがよく分かった。

 ふとそこで凛と名乗っていた妖怪に小さな巾着袋を渡していたことを思い出した。

 あれの中身はいったい何だったのだろうか。

 あの凛の治療のための、妖怪用の薬だったのだろうか。

 雫は凛を診察していたようには見えなかったが、一目見ただけで凛の何が悪いのか見破ったとでもいうのだろうか。

 だとしたらものすごく優秀な医者なのだろう。

 凛の様子からも雫は妖怪の間でかなり有名のようだった。

 妖怪の中でのヒエラルキーがあるのだとしたら、雫はその上位に君臨しているのかさえ思えてきた。

 自分はものすごい人に、いや妖怪に出会ってしまって助けてもらったということになってしまう。

 雫に出会えてよかったと思っていたが、雪音にとってこの出会いが果たして吉と出るか凶と出るか分からなくなってしまった。

 だが、自分を受け入れてくれて助けてくれた。

 今はそれだけで良いと雪音は心からそう思った。

 それにもう少し雫についていろんなことを知っていきたい。

 雫との出会いを無駄にはしたくなかった。

 「さっき凛って言っていた妖怪に渡していたのも何かの薬ですか?」

 雫について知るには自分からいろんなことを質問することだと考え、気になったことを一から聞いていこうと思った。

 何より自分自身が雫のこともそうだが、怪医についても興味を持ち始めている。

 でも一番は雫ともっと仲良くなりたいと思っていることだろう。

 初めてかもしれない、自分が誰かと仲良くなりたいと思っていることが。

 「ん?薬?そんなもの渡してはおらぬぞ?」

 「え?」

 予想外の答えに雪音は素っ頓狂な声をあげてしまった。

 雫はそんな雪音をきょとんとした様子で見つめている。

 「でも、小さな袋を渡してましたよね?あの中身って……」

 「あれか?あの袋の中身はの……」

 中身はいったい何だったのか、内心ドキドキしながら雪音は雫の言葉の続きを固唾を飲んで見守った。

 「ただのじゃ」

 いたずらを成功させたような子供の笑顔で雫は答えた。

 また予想外の斜め上を行く答えに雪音は固まった。

 ――……本当に医者なんだよな?

 そして雫に対して新たな疑念がまた一つ生まれた。

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