第4話ようこそ、六花堂へ2
「さあ中へ入ろうぞ。ようこそ、六花堂へ」
目の前の少し古びた社を背にし、雫は変わらないにこやかな笑顔で雪音に言った。
まだ警戒をしている雪音を少しでも安心させようとしてるのだろう。
透き通る穏やかで、子供を落ち着かせるようなその声は雪音の緊張を少しずつとかしていった。
まるでカチカチに固まっていた氷が水へと変化するように。
社の扉を開けて中へ入ると、外観とは裏腹にきれいな和室の部屋がある。
七、八畳くらいの一人暮らしには快適な広さ。
心を落ち着かせてくれるようなお香の香り。
奥には床の間、中央には囲炉裏があり古き良き時代の日本を象徴しているようで素敵な空間が広がっている。
――ここが六花堂?
表の外観からは想像できない空間を目の当たりにし、雪音は驚きを隠せずにいた。
中はきれいに整頓されており、誰もがゆっくりと落ち着いて過ごせそうな雰囲気だ。
「どうじゃ?我の六花堂は?」
ご機嫌でいかにも褒めてもらいたいという風に雫が自慢げに言った。
「え、あ、すごくきれいな部屋だと思いま……」
「そうじゃろ!我もここを気に入っておる」
戸惑いながらも感想を言う雪音をよそに、褒められたことがさぞ嬉しかったのだろう雫は雪音が言い終わるよりも前に食い気味に言った。
「さ、うぬの手当てをするでのう。適当に座っておいてくれ」
そう言うと雫は奥の床の間の方へ進んでいった。
――案外子供っぽい部分もあるんだな……。
そんな感想を抱きながら雪音は中央の囲炉裏の隣に座った。
これまでの雫やこの部屋のおかげで緊張はとけたが、何が起こっても良いように念の為社の扉を背にしている。
万が一を考えて少しの警戒は残しているのだろう。
これまでの経験から妖怪も人も警戒し疑う癖が自然と身についてしまっていた。
「こんな日の為に
救急箱を持って雫が雪音の隣に腰を落とした。
「
「ここには普段ケガや病気をした妖ばかりが訪れるからのう、人間は滅多に来んのじゃ」
思わず声に出して率直な疑問を口にした雪音に対して、のんきに雫は答えた。
――ケガや病気をした妖?
――……やっぱりこいつも妖怪なのか?
新たな疑問が渦巻いてる中、雫は丁寧に雪音の顔に出来た擦り傷に消毒をしていく。
「そういやうぬの名を聞いていなかったのう、聞いても良いか?」
「あ、えっと、雪音です。月満雪音……」
――……普通に名前言ってしまった……。
考え事をしていたせいで、素直に自分の名前を教えてしまったことに後悔の波が押し寄せる。
「雪音か、きれいな名じゃのう。我の名は雫じゃ。ここで医者をしておる」
そんな雪音の心中を露知らず、雫は自分の名前を言いながら絆創膏を丁寧に貼り顔の傷の手当てを終わらせた。
「うむ、顔に傷が残らなければよいがのう……。雪音、つぎはその右腕を出してくれぬか?」
右腕は手首から肘にかけての部分を転げ落ちた時に思いっきり打ち付けたのだろう。
赤く腫れあがっていた。
雪音は言われるがまま素直に右腕を差し出した。
「少し腫れてはおるが、骨に異常はなさそうじゃのう。」
そういいながら顔の時と同様に丁寧に処置していく。
――本当に医者なんだな。
そんな雫の姿を見ながら医者であることに納得していた。
――でも人間は滅多に来ないって……。
――ケガや病気の妖って言ってたことも気になるしな……。
「聞きたいことは何でも聞いてよいぞ、雪音?」
また考え事に集中していた雪音に手当てをしながら笑顔で雫が言った。
「そんな一人で考えこまずに何でも我に聞くが良いぞ」
変わらないにこやかな笑顔と落ち着く声は聞いてて心地よい。
そう思わせてくれるような気がする。
相談事をするにはもっとも適した逸材なのだろうと思い、雪音も少しずつだが自分の思っていることを雫に聞くことができた。
「……あなたは
少しストレートに聞きすぎたかもしれない。
もし人間だったらものすごく失礼な質問だ。
他に言い方があったかもしれない。
自分から聞いておきながら、最初の質問に激しい後悔の波が押し寄せてきた。
「ふむ、我が人間か否かということで言えば、
雪音の失礼な質問に対して怒るわけでもなく至って普通に雫は答えた。
――!人間じゃない……。じゃあ妖怪?やっぱり逃げたほうが……。
人間じゃないと分かったことでまた少し緊張し身構える。
そんなことに気にもしないように淡々と右腕の処置を終わらせていく。
そのままの流れで今度は左腕に出来た小さなかすり傷の手当へと移っていく。
「我も妖怪の仲間じゃ。雪音はとっくに気づいておると思ったのじゃがのう?」
まるで気づいてなかったことの方が不思議といわんばかりの物言いに困惑する。
「妖怪から助けてもらったので、てっきり自分と同じように妖怪が見える人間なのかと思って……。でも、妖怪なら本当は襲う気なんじゃ……。」
またストレートに聞いてしまったと聞いた後に後悔する。
「我が雪音を襲うか、ここまで傷の手当てをしていてまだ疑われていようとはのう」
笑いながら左腕のケガの処置を終える。
「これでケガの治療は済んだぞ。一応右腕は病院で診てもらうが良いぞ、骨に異常はなさそうじゃが念には念をじゃ」
自分の物言いにもしかしたら怒って襲われるかもしれない。
内心不安で穏やかじゃなかったが、そんなそぶりは見せずに雪音に出来たケガの手当てが終わった。
「安心せい、我は妖ものじゃが雪音を襲うことはせぬ。約束しよう。」
しっかりと力強くそれでいて優しい目で言われて、雪音の中にあった不安がスーッと消えたように思えた。
――この妖怪は多分危険じゃない。
そう思わせてくれるほどに雫に対して良い印象が増えつつあった。
むしろこれまでのやり取りで悪い印象は何もないことに改めて気づいた。
「傷の手当ありがとうございました」
自分に出来ていた傷がすべて治療されており、早く良くなりそうに思えた。
「ほう、うぬはそのようにして笑うのじゃのう、ここに来てやっと笑顔を見せてくれたのう」
雫に言われるまで気づかなかった。
自分がいま笑っていることに。
先ほどまでは緊張や不安やら負の感情でいっぱいだったのに。
それだけ自分が雫に対して心を開いているのだと驚いた。
「そうじゃ雪音は甘い物は好きか?この先の和菓子屋の大福がおいしくてのう、食べていくとよい」
雫はまた奥のほうへ行き、救急箱をなおして大福とお茶を持ってきた。
雪音の分を渡し終えるとさっそく一つ口に入れた。
「うむ、やはりここの大福は美味じゃのう。ほれ雪音も早く食べるが良いぞ」
よほどこの大福が大好きなのだろう、本当においしそうに食べている。
そんな姿を見て雪音も一つ頂くことにした。
一口食べるとあんこの優しい甘さが口いっぱいに広がった。
周りのお餅の所もモチモチしておりはまってしまいそうな味だった。
「どうじゃ美味しいじゃろう?」
「はい、すごくおいし……」
「そうじゃろ!まことに美味なのじゃ!」
雪音が感想を言い終わるよりも先に食い気味で言ってくる雫。
――……子供っぽい。あれ?デジャヴかな?
一番の好物なのかと思わせるほどに夢中になって頬張ってる姿を見て、思わず笑ってしまった。
「なんじゃ?何かおかしなことでもあったかの?」
「いえ、何でもありません」
大福を食べる手を止めずにきょとんとした顔で不思議そうに見つめている。
――食べてる姿が子供のようでかわいらしかったなんて言えないな。
言ったところで雫なら笑い話にして食べ続けるだろう。
それとも恥ずかしそうにしながら下を向いて食べるか。
あるいは少し拗ねながらそっぽをむいて食べるか。
――あ、多分何言っても食べ続けるな。
様々な雫の姿を想像してにやけてしまう。
いろんなことがあったが雫のおかげで今日一落ち着いて過ごせている。
まだ出会ってそんなに時間が経ってないが、これも雫の良さなのかもしれない。
そう思いながら雪音も残っている大福をゆっくり味わいながら堪能した。
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