第3話ようこそ、六花堂へ

「うむ、では六花堂に参ろうぞ」

 雫は雪音の手を取って稲荷神社の方へ歩き始めた。

 雪音の腕や頬には凛と名乗った妖怪から逃げるために出来たかすり傷がいくつか目についた。

 森の中を駆け回ったせいでその途中の木の枝で何か所かかすってしまったのだろう。

 雪音は人が通りそうな道を避けて逃げた為に、人の手が加わっていない所謂いわゆる獣道を駆け回っていた。

 それ故にできなくてもいい傷をいくつも作ってしまった。

 もし、きちんと整備されていた舗道を走って逃げていたなら、こんな傷もつけずにただ凛との鬼ごっこで済んだかもしれない。

 だけど雪音はあえて人の目を避けた。

 なぜなら凛の姿は普通の人には見えていないからだ……。


 『自分には

 一般的にこれらの類は妖怪と呼ばれているのだろう。

 雪音はそれらの存在を見ることができた。

 これだけのことで雪音は人から不気味がられたり、虚言癖がある子供だと言われるようになっていた。

 妖怪はいたずらをするだけの時もあれば、命を狙ってくることも度々あった。

 自分が妖怪に襲われている時は、人にはその存在が見えていないので誰も助けてはくれないし、逆におかしな子扱いをされるようになった。

 それ故に雪音は自分が普通の子じゃないと自覚し始めてからは、人も妖怪もあまり好きにはなれなかった。

 だから雪音は、自分が妖怪に襲われている時は極力人目を避けて逃げるようにしていた。

 今回もこれまでと同じように人目を避けて森の中を駆け回っていたのだ。

 もし人目のあるところで逃げ回っていたら、

 ――あの子は何で必死に走っているのだろう?

 ――なぜあんな避けるように走っているのだろう?

 などとまたおかしな子認定されるような変な疑いをかけることになっていただろう……。


 鼻歌交じりでご機嫌な雫に手を引かれて雪音は稲荷神社の中に足を踏み入れた。

 ――……言われるがままについてきたけど大丈夫なのか?

 ――大したことはなさそうだけど傷の手当てをしてくれると言ったが……。

 ――……本当はこいつも妖怪でおれを襲う気なんじゃ?

 ――でもさっき助けてくれたのも事実だし……。

 ――そもそもこいつは妖怪なのか?それとも人間なのか?

 ――……てか六花堂って何だ?

 雫に対する不信感から雪音の頭の中は、様々な疑問で埋め尽くされていた。

 妖怪に襲われていた時は、いつも自分一人の力で切り抜けてきた。

 今回のように誰かに助けられたことなど一度もなかった。

 こんな経験は初めてだったので雪音自身も戸惑いを隠せなかった。

 雫を信じていいのか、それとも警戒を続けるべきなのか……。

 そんな葛藤をしていたが心のどこかで雪音は、

 ――こいつを信じたい。

 そう考えている自分がいることに驚いていた。

 「そう緊張せずともよい」

 つないでいた手から雪音の思いが伝わったかのように、後ろを振り向きながらにこやかな笑顔で雫が言った。

 「ほれ、ここが我の六花堂じゃ」

 目の前には小さな社のようなものがあった。

 古びた鳥居を潜り抜け、狛犬の間を通り参道を歩き、本殿への道をそれて少し歩いた先にそれはあった。

 ――……ここが六花堂?

 外観は稲荷神社と同様に少し古びて見えた。

 「さあ中へ入ろうぞ。ようこそ、六花堂へ」

 

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