第5話歓迎
――ハムスター?リス?
――……いや、ウサギか?
もくもくと大福を食べ続ける雫の姿は、まさに小動物を連想させた。
両の頬を膨らませる姿は、ヒマワリの種やドングリを口いっぱいに入れるハムスターやリスを連想させる。
口を細かく動かして食べ続ける姿は、ニンジンを前歯で少しずつ食べるウサギを連想させる。
まさに食べる姿は小動物。
見た目は美しくどこか落ち着いた雰囲気のある青年なのだが、食べるその姿は無邪気でとても愛らしい。
一言でいえば大好きなお菓子をやっと食べることができた子供。
大人な見た目とは対照的な姿だった。
――本当にこの大福が好きなんだな。
――やっぱり子供っぽい部分もあるな、この人。
そんな感想を抱きながら、雪音ももらった大福を味わう。
「雪音もこの大福が気に入ってもらえたみたいで何よりじゃ」
大福を食べお茶をすすりながら雫は大人びた爽やかな笑顔で言った。
食べている時の無邪気な子供から美青年へと成長したかのような錯覚におちいるようだった。
「我はこの町で雪音を見るのは今日が初めてじゃが、うぬはずっとこの町に居ったのか?」
二個目の大福を手にしながら雫は小首をかしげて聞いてきた。
そして大福を口にすると、青年からまた無邪気な子供へとチェンジした。
「この町に来たのは初めてです。最近ここに引っ越してきたばかりなんです」
「そうか、どうりで知らぬ顔なのじゃな」
大福を食べる手は止めずに、納得したように雫はうなずいた。
「我が言うのは少し変かもしれぬが、この町にようこそじゃ。もちろんこの六花堂に来たことにも我は心から歓迎するぞ!」
本当に歓迎されていることが伝わり、妖怪だけど雫に出会えたことに少しホッとした。
今まで出会った妖怪は自分にとって良くないものばかりで、妖怪に対してあまり良い印象はなかった。
驚かして楽しむか、傷つけて襲ってくるかそんなイメージばかりだ。
過去に出会った妖怪のほとんどが雪音を恐怖へと追いつめていたのだった。
だが、雫のように自分を助けて受け入れてくれるものもいる。
今日そのことに気づかされた。
心優しい妖怪が今目の前にいる。
――この出会いがあってよかった。
そう強く思えた瞬間だった。
「うぉ!えっ!どうしたのじゃ!我何かうぬを傷つける事を言ってしまったかの?」
大福を食べる手を止めて急にうろたえ始めた雫を見て、雪音は何でこんなに取り乱してるのか疑問に思った。
「それともケガをしたところでも痛み始めたのか?だったらすぐに痛み止めを……」
「ケガの方は何ともありません。とりあえず落ち着いてください」
慌てて立ち上がり薬を取りに行こうとした雫の着物の裾を引いて引き留める。
なぜこんなに狼狽しているのかわからなかったが、とりあえずまたその場に座らせた。
「本当に傷は痛くないのじゃな?」
心配そうに雪音の顔に手を当てて聞いてくる。
「ちゃんと処置してもらえてるので、傷は痛くありません」
「じゃなぜうぬは泣いておるのじゃ?」
「え?」
雪音は雫の手がある頬とは反対に自分の手を伸ばす。
そこで自分が今涙を流していることに気づいた。
――……なんで?
自分でもなぜ泣いているのかわからなかった。
だが、悲しくて涙を流しているわけではないことは分かった。
「何か嫌なことがあって泣いておるのではないのか?」
「そういうのじゃないんです、これはその……」
心配そうに、それに加えて申し訳なさそうな顔の雫をみて雪音はすぐに否定の言葉を告げた。
「自分でも何て言ったらいいのかわからなくて、でも傷が痛いとか雫さんの言葉が嫌とかじゃなくて、これはその……」
自分の思っていることが上手く言えずにもどかしさだけが生まれる。
気持ちを伝える事って難しいことなのだと改めて気づかされて、涙を隠そうと俯いた。
これ以上雫に心配をかけないように。
――早く泣き止まないと……。
――……!
早く涙を止める事に集中していたところに急に温かい何かに包まれた。
「そう無理に話さずとも泣き止む必要もない。雪音の思うようにするのが一番じゃ。ここでは、この場所はどんなうぬも受け入れるぞ」
泣いている雪音を雫は優しく包み込んだ。
子供をあやすかのように背中をさすりながら。
「我は雪音が望むなら、ずっと傍に居続けよう」
大福を一緒に食べている時は子供のようだったのに、今はすごく頼りがいのある青年で心強く思えた。
無理矢理止めようとして少し落ち着いた涙も、雫の優しい抱擁と言葉でまた溢れた。
誰かにこんなにも優しくしてもらえたことなんていつぶりだろう。
自分の存在を受け入れてもらえたことなど、今までにあっただろうか。
出会ってそんなに時間は経っていないのに、こんなにも心安らぐ相手に出会えたことなどあっただろうか。
もしかしたらこれは雫に出会えたことへの嬉し涙なのかもしれない。
――もう少しこのままで……。
今まで溜め込んでいたものが少しずつ出ていくような気がした。
雫の優しさに甘えるように、雫の腕の中で雪音は静かに涙を流すのだった。
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