第35話 理由
アシュラフは王城へと入ると、案内役の騎士を断り、迷いなく国王の執務室へと向かっていく。
執務室の前に到着し、ドアの近くにいる近衛に
「ザラール国、国王シャラフ・ヤリスの息子、アシュラフ・ヤリスでございます。本日はマテウス国王と約束があり参りました」
と告げたが、その言葉を聞いて、トゥイーリはアシュラフを見てまた固まった。そして、馬車に書かれていた紋章がザラール王家の紋章だったことを思い出した。
(なんてことなの……)
トゥイーリは驚きと罠にはめられたのではないのかと疑問が胸の中でまぜこぜになっていた。
「最初から知っていたの?」
震える声でアシュラフに尋ねる。
だが、その声は開けられたドアの向こうの人物の声にかき消されてしまう。
「トゥイーリさま……ご無事の到着、なによりでございます」
震える声で話しかけてきたのは、国王の側近だ。
側近はぐっと息をのむと腰を折り、
「アシュラフ殿下におかれましては、我が国のトゥイーリを保護して頂き、感謝申し上げます。大変申し訳ありませんが、陛下はまず、トゥイーリと話しをしたいと申しており、しばらくは別室で待っていただけないだろうか、とのことです」
「わかった。ああ、そうだ、トゥイーリ。マレも一緒に連れていけ」
と後ろに控えていたディヤーがゆりかごで丸くなっているマレを渡した。
「またあとで」
と言うとアシュラフとディヤーは近衛と一緒に移動してしまった。
トゥイーリはゆりかごを左手に持ち、前を向いた。
「トゥイーリさま、本当に無事でよかったです。中では陛下と殿下がお待ちになっていますので、お入りください」
「ありがとうございます」
覚悟を決めて、部屋の中に入り挨拶をしようとした瞬間、突然目の前が暗くなった。
トゥイーリが状況を把握できずにぼぅとしていたら、頭上からエリアスの声が聞こえてきた。
「トゥイーリ、よかった、無事に帰ってきてくれて、本当によかった」
とぎゅうと抱きしめてきた。
その力強さで、エリアスに抱きしめられているのだ、とわかった。
だけど、どうしたらいいのかわからず、されるがままになっていると、
「エリアス、そろそろ解放してあげないか?」
国王の声が聞こえた。
「ああ、ごめん。本当に戻ってきたんだと思ったら嬉しくて」
エリアスは少し涙声でトゥイーリに話しかけている。ただ、国王の言葉を聞いてトゥイーリの体を解放すると、トゥイーリの額にキスを落とし右手を握って、執務室の中央へと進む。
エリアスと共にソファーに座ると、国王も机から立ち上がり、2人の真向かいのソファーに座る。ゆりかごはトゥイーリの左側に置いた。
「すまない、これから家族の話しになるから、席を外してくれ」
部屋の中にいた、国王とエリアスの側近達は一礼し、部屋を出る。
3人とマレだけになった執務室は沈黙が支配していた。
トゥイーリは謝らないといけないな、と思い国王とエリアスの顔を見て驚いてしまった。
2人とも、顔が青く、目の下にはクマができていて、少しやつれているように思える。
「あの、えと……」
トゥイーリは続く言葉が思い浮かばずに黙ってしまう。
その沈黙を破り口を開いたのは、マテウス国王だった。
「おかえり、トゥイーリ。無事にいてくれてよかった」
安堵した声で話すと少し間をあけ、戸惑いのある声で
「トゥイーリ、なぜここからいなくなったのだ?」
と聞いてきた。
トゥイーリは昔のことを思い出しながら話し始める。
「あの、8歳の時に、私の部屋の前で」
あの声を今でも思い出すと怖い。
「私の母親と前国王を殺した娘だと、そして、今の国王を呪い殺そうとしていると話し声が聞こえて」
その言葉に2人とも驚き目を見開いていた。
「その言葉を聞いて、私はここにいてはいけないのだ、と思って」
トゥイーリの目から涙が落ちる。それを痛ましい表情をしながらも静かに指先で拭うエリアス。
「そうなのか……そうだな、その時にその話しを聞けていたらよかったな。そうしていたなら、また違っていたのかもしれないな」
後悔の混じった声でつぶやく国王に戸惑うトゥイーリは、
「……誰に話せばいいのか、わからなくて……」
「そうだな。あの時はずっと一人にさせていたからな」
「それでもマレがずっとそばにいてくれたので、寂しくなかったです」
隣のマレを見ると、体を起こし、座ってこちらをじっと見つめていた。
首を傾げて見つめ返すと、こくんと頷いた気がした。
とゆりかごからおり、床に立つとそのまま人間に変身した。
「マレ!?」
目の当たりにした国王とエリアスが驚きかたまっている。
「マテウス陛下、エリアス殿下、初めてお目にかかります。ディユ家につかえるマレと申します」
マレは深く腰を折り、挨拶をする。
「驚かせてしまい申し訳ありません。ご覧の通り、実態のある人間ではなく、ディユ家創始者の私の霊を神から力を借りることによって人間になっています」
説明を終えてマレは再び腰を折った。
「それと、トゥイーリをここまで育ててくれたことを感謝いたします」
マレは話しを続ける。
「さて、先ほどのマテウス陛下が質問されていた件ですが、トゥイーリが8歳の時にその声を聞いたと話したので、お金をためて王城を出ようと言ったのはわたしです」
「マレ!?」
それは違う、と叫びたかったが、それをマレは視線で遮る。
「そして、お金がたまり、やっと王城を出ることができたのです」
「なぜ王城を出たのだ……?」
マテウスがかすれた声を絞り出す。その言葉にマレはきっと、マテウスを見つめると、
「我が一族の大切な娘を殺した、マテウス陛下への復讐のためです」
マテウスがはっと息をのむ。
「アリスィはトゥイーリが6歳のころに一度近くに現れました。その時、アリスィはトゥイーリに何にも縛られずに生きろと伝えたのです。その言葉を思い出し、この国を壊してしまえと思ったのです」
ふっとマレを見ると今までみたことのない憤怒の色を目に浮かべている。
「マテウス陛下なら、その意味がわかりますよね?」
「そうだったのか……これも私が起こしたことなのか」
マテウスは体から力が抜けたのか、ソファーの上で崩れ落ちている。
マレはその様子を見ながら、話しを続ける。
「神話を信じなくてもかまわない。ただ、そばに付き添ってくれるだけで状況は変わっただろう」
「そうだったのか……アリスィ……」
トゥイーリは泣きながら母親の名前を呼ぶ国王をじっと見つめる。
「マレ、どういうことなの?」
その質問に対して、
「トゥイーリ、これからお前の父親が誰なのかということを話す。ただ、アリスィの亡くなった時の話しをしなくてはならない。それは辛いことだと思うので、話しが終わるまでアシュラフと待つか?」
トゥイーリは考えるが、自身がここに存在する理由を知れると思ったので首を横に振り、ここに残ることを表明した。
マレもそれ以上聞かずにマテウスに問いかける。
「単刀直入に聞きたいのだが、アリスィが亡くなった日、何があったのだ?」
マテウスは泣きながらも姿勢を正し、マレを見る。
「……あの日私は隣国のヴィーレア国の王妃の生誕祝いに呼ばれていて、ここを離れていた時だった。与えられている部屋で休んでいるとルアール国の使者から手紙が届いていると言われたので受け取り封蝋を確認し、確かに王家からのものだと確認した」
その時を思い出しているのか、少し顔を上げ、窓の外を見ているようだ。
「中を確認すると、ルアン前国王が城内で人を殺めたと書いてあった。わたしはヴィーレア国の祝い事で来ていたので、ヴィーレア国の国王にはっきりとした事情をうちあけず、ルアール国に帰ることを願い出て、急いで帰ってきた」
そして、と続ける国王。
「2日かけ、やっと帰ってきた城内はまだざわついていて、ルアン前国王の側近に話しを聞いたところ、ルアン前国王はかわいがっていたアリスィを殺害し、その場でルアン前国王も自害したと」
「アリスィを殺したのは目撃されているのか?」
「いや、不思議なことに目撃されていないのだ。ルアン前国王は侍従達の目を潜り抜け、アリスィの部屋に行っていた。いきなりいなくなったルアン前国王を探している時に悲鳴が聞こえたので侍従達が急いで悲鳴の聞こえた部屋にいくと、全身血塗れになったアリスィがベッドに横たわり、その前でルアン前国王が自害しているときだったと」
重いため息が部屋の中に響いていた。
トゥイーリは母親のアリスィが亡くなっていると聞いていたが、こんな凄惨な状態だと思わず、聞かなければよかったと後悔をし始めていた。
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