第34話 異変、そして王城へ

 翌日、薄明るい部屋の中で目を覚ますと、すぐにルゥルアの声が聞こえた。

「アリーナさま?お目覚めになられましたか?」

 静かにベッドへと近づいてくる。

「ルゥルア、おはようございます」

「おはようございます。体調は大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です」

「ようございました。昨日、到着してすぐに眠ってしまわれてアシュラフさまは心配になり、この部屋で様子を見るようにとおっしゃられて、近くで見守らせて頂きました」

「あっ、すみません、ご心配をおかけしました。あの、よく眠ったので、大丈夫だと、アシュラフさまにお伝え頂けますか?」

「はい、賜りました。それでは、お顔を洗うためのお湯をお持ちしますね」

 アリーナの元気な声を聞いて安堵した表情を浮かべ、部屋を出ていった。


「おはよう、トゥイーリ」

 声が聞こえてきて、びっくりしてしまったが、マレもどこかにいるはずだ。

 きょろきょろとあたりを見回していると、ベッドに乗って近くまできた。

「ああ、おはよう、マレ。マレの体調はどう?」

 マレを撫でながら話しかける。

「まぁ、普通だな」

 その答えにふっ、と笑ってしまう。

「これからルアール国に入るのよね?」

「そうだな。ひさしぶりだからどれだけ変わったかな」

 マレは大きくあくびをしながら話している。

 と、そこにドアをノックする音が聞こえる。

「アリーナさま、失礼します」

 とルゥルアが入ってきた。

「朝食は食べられそうですか?」

 と聞かれて、そういえば昨日のお昼に軽く食べてから何も食べていないことを思い出し、お腹がぎゅ~と音をたてた。

 それを聞いたルゥルアは、笑いをこらえながら、

「では、準備ができたら呼びに参ります」

 と言って部屋を出て行った。

 その間に顔を洗い、部屋の隅に置かれているカバンの上に、ルゥルアが用意してくれただろう洋服に着替える。

 ルゥルアが呼びに来るまで、ひさしぶりにマレとゆっくりと話していた。


 朝食が終わり、いよいよルアール国に向けて出発する。

 アシュラフに先導され、馬車に座り落ち着くと、すぐに馬車は走り始めた。

(ワランから検閲所までそんなに遠くなかったよね?ちゃんと出国できるのかしら……)

 馬車が進むごとに不安が大きくなっていく。

 しばらくすると、ゆっくりと減速していき、かたん、という音が聞こえ馬車が止まった。

(検閲所かしら?)

 そっと、窓から外を見ると、レンガ造りの建物の近くに停まっていることがわかる。

 そこまで確認した時に、馬車が動き始めた。不思議に思っていると、

「ルアール国に入国しましたよ、アリーナ」

「えっ?」

「もう国境を越えています。ここからは途中までは山沿いにすすみ、北東方面に向かいます」

「あっ、はい」

(無事に入国できたんだ……そうなんだ)

 ほっと安心したのもつかの間、

「えっ!?」

 窓から外の景色を見て驚いてしまった。

「アリーナ?どうかしましたか?」

「ああ、いえ、その何でもないです」

 アシュラフは首を傾げたものの、それ以上聞かれることはなかった。

(冬だから、森の木は枯れるけど、これは枯れているという状態ではないわ)

 森の近くを走っているのだが、目に見える木の半分以上が立ち枯れていたのだ。

(なぜ?寒さでここまで枯れてしまうものなの?)

 ふと、立ち枯れている木の根元、地面を見ると、ぬかるんでいるように思える。

(雪ではなく、大雨が降ったの?それとも川が氾濫したの?)

 でも、と思う。ここからソン川まではまだかなりの距離がある。氾濫したのならかなりの被害が出ているはずだ。

 アリーナはずっと外を見ながら考えこんでいた。


 異変はそれだけではなかった。

 1日目に宿泊する町、ガッタに着き外に出た時に2月とは思えないほど暖かった。

 そして、町全体が重い雰囲気に包まれていた。

 予定していた宿に到着し、店主に話しを聞いてみたところ、12月の始め頃から天候が荒れ始め、中旬頃から1月いっぱいは毎日雨か雪が降っていたそうだ。

「ここは比較的気温が高い地域なので雪など降ったことがなかったのに、先月は雪が降っていたので、住民が驚いていたのです」

 店主は暗い顔でため息をつきながら話すと申し訳なさそうな顔をし、

「そして、このような天候のせいで物流が途絶えていて、食事も十分にお出しできないのです」

 アシュラフが大丈夫だと返答すると、店主はほっとして、

「今日はこの宿を貸し切りにしていますのでゆっくりと寛いでください」

 と言った。


 アリーナは部屋に入るとベッドに腰掛け、窓から外を見ながら考え込んでしまった。

(タロットカードでも教えてもらっていたけど、ここまでひどいと想像できなかった)

 ルゥルアに夕食はいらないことを伝えそのままベッドに潜り込んだ。

 だが、目の当たりにした現実にショックが大きすぎて眠れないまま夜が明けた。


 ガッタを出発してからも周りを見ると、天候の悪さで土がぬかるんでいたり、畑が水浸しになるなど異様な光景がひろがっていた。

 宿泊する町すべてがガッタと同じで町の雰囲気は暗く重かった。


 懸念していた、ソン川は氾濫はしていないようで、水流はあるもののなんとか橋を渡ることができた。

 

 ザラール国を出て6日目、予定通りルィスに到着した。

「アリーナ、先に寄りたいところがありますので、付き合ってください」

 とアシュラフが話す。

 アリーナは特に予定があるわけではないので、こくんと頷いた。


 ひさしぶりのルィスは……人があまり出ておらず、ここも重く沈んだ雰囲気だ。

 そのまま馬車は進んでいくが、前方に見慣れた王城が表れた。

(ルィスに戻ってきたんだな)

 とアリーナはのんびりと思っていたが、どんどん王城が近づいてくる。

(まさか?)

 戸惑っているうちに、王城の入口に到着し、御者が門兵に話しかけている。

 しばらく話し、許可が出たのか、馬車はゆっくりと進み始めた。

 間違いなく、王城の中へと進んでいる。アリーナが確信した時にアシュラフが、

「トゥイーリ、戻ってきましたね」

 とにこやかに話しかけてきた。

「なぜ……」

 トゥイーリは驚きで言葉が続かない。

「専属契約を結ぶのだから、調べさせてもらいました。ましてや、幼いあなたが1人で旅をしているのが気になったのでね」

 よくよく考えれば納得する理由だった。

 それでも、アシュラフがどこまで調べたのかわからず、どう返せばいいのか迷う。

「専属契約を結びましたが、幼いあなたの保護者に許可をもらわないといけませんからね」

 うっすらと笑うアシュラフの顔を見たまま固まってしまった。

「それでは、国王に会いにいきましょうか、トゥイーリ?」

 アシュラフに手を引かれ馬車を降り王城の中へ入っていった。

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