第33話 とまどい

 トゥイーリが眠ったことを気配で感じ、マレはゆりかごから降りて人間に変身する。

(怒るのもわかるが、いつまでもそばにいてやれないんだ。手助けできるのはあと少しだ)

 静かにベッド近づき端に腰かけるとトゥイーリの頭を撫でる。

(あの国は今はひどい状態になっているだろう。それがトゥイーリのせいだとわかったならどうするかな?)

 マレがあの国を壊すことを望んだ結果が出ているはずだ。

(アシュラフが高位の貴族なら、王族と繋がっていてもおかしくない。密入国の件は握りつぶされ、ルアール国に入国できるだろう)

 ふと、窓を見てみると大きな丸い月が目に映る。再びトゥイーリに目を向け、

(人生は選択しながら進んでいく。後悔のない人生なんてないのだから、いっぱい間違え、いっぱい泣き叫び、そして自分の道を作っていってくれ)

「おやすみ、トゥイーリ」

 マレはベッドから降り、猫に戻るとゆりかごに戻り眠り始めた。


 翌朝、トゥイーリはマレとの間に何か壁みたいなのがあるような気がして、話しかけることをためらう。

(よくよく考えたら、私が王城を出よう、と言ったからこうなったわけで。マレに怒りをぶつけるのは間違っていると思うけど……)

 それでも、今までならば、一緒になって考えてくれたはずだ。それなのに今回は突き放されてしまった。

(いつまでも頼れないのはわかっているけど、今、相談できるのはマレだけなのに……)

 暗澹とした気持ちで朝の準備を始めた。


 相変わらず、マレとの間に壁を感じたまま過ごすこと2週間。

 挨拶しかしない日々が続いていた。

 トゥイーリはなんとかしなきゃと思いながらも向き合うことができずにいた。

 そこにひさしぶりにアシュラフが家にくる、ということで、玄関まで行くと、すでにアシュラフは到着していた。

「おひさしぶりですね、アリーナ」

「はい、おひさしぶりです」

 アリーナの声を聞いたアシュラフは首を傾げ、

「何か元気がないようですが、どうしましたか?」

「あっ、すみません、大丈夫です」

 むりやり笑顔を作ってごまかした。アシュラフは首を傾げつつも、

「応接室に行きましょうか?」

「はい」

 アシュラフが左手を差し出したので、アリーナは右手をのせて応接室に向かい一緒に歩いていく。


 応接室に入るとディヤーがソファーの前に立っていた。アリーナを見ると軽く会釈をしたので、アリーナも小さく会釈を返す。

 アシュラフは部屋の真ん中にあるソファーに2人とも並んで掛けさせると、その前に座り話し始める。

「アリーナ、ルアール国の入国についてなのですが……」

 その言葉に体に緊張が走る。

「出入国の手続きが滞りなく進んでいますので、予定通り、2月1日にここを出発しましょう」

「えっ?」

 アリーナは聞き違えたかと思い、聞き直してしまった。

「ええ。ルアール国に行きますので、旅行の準備をしておいてください」

「あ、わかりました……」

「ここからルアール国のルィスまでは順調に行けば6日間の馬車旅を予定しています」

「6日間ですか?随分と早くルィスに到着してしまいますが……」

「ええ。実はルアール国内の天候が悪いらしくて、途中足止めされることもあるかと思うので、余裕を持って出発します」

 その言葉にアリーナはエンゾの家で占った結果を思い出した。

(ええと、あの時は11月で、1月までの天候を占って……確かに荒れた天候と出ていた。それに川の氾濫もあると)

「アリーナ?どうしましたか?」

「ああ、すみません。ルアール国で天候について占ったことがあり、それを思い出していました」

「その時はどんな結果だったのですか?」

「11月に占った時なのですが、1月までは天候が荒れるだろう、とタロットカードが教えてくれました」

「そうですか……」

 アシュラフは顎に手を当てて、

「2月は天候が回復していればいいのですが……」

 と呟いた。


 マレとは相変わらず挨拶を交わすのみで、関係を修復できないまま、ルアール国へと向かう日が来た。


 アリーナが玄関を出ると、すでに馬車は横づけされており、旅行用の大きな馬車は車体にどこかで見たことのある紋章が入っていた。

(紋章についても勉強していたのに、思い出せない)

 アリーナが首を傾げていると、アシュラフに声を掛けられ思考が中断する。

「アリーナ、おはようございます。いい天気ですね」

 アシュラフは年始に着ていた白シャツに白パンツ、白いワンピースを着用していた。

 太陽に照らされ、白さが目に痛い。

「アシュラフさま、おはようございます。今日から宜しくお願い致します」

「こちらこそ、宜しく」

 少し軽い口調で答えたアシュラフはいつものように左手を差し出してきたので、右手をのせて馬車に向かって歩き始める。

 

 踏み台を使い、馬車に乗り込み、アシュラフも続いて乗り込む。

「ルゥルアとマレは別の馬車になります」

「はい」

 一緒にいなくてほっとしている自分がいて、最低だな、と思った。

 馬車のドアが閉まり、小さな音を立てて動き始める。

「ワランまでゆっくりと寛いでください」

 アリーナはこくんと頷き、車窓の景色を見始めた。


「アリーナ、起きてください」

 またもや馬車の中で眠ってしまった。苦笑いしながら起きると、

「ワランに到着しました。降りますよ」

 慌てて降りると、大きな建物が目に入った。

「今日はこちらのわたしの別荘で泊まります」

「はい」

 カーラで見たアシュラフの別荘は煌びやかな建物だったが、こちらはレンガ造りの平屋になっているが、横に長い。

「部屋に案内します」

 アシュラフに右手をのせたまま、玄関から入り、左側の奥へと進む。

 突き当りの手間のドアの前に立ち、

「こちらを使ってください」

 とアシュラフはドアを開け、アリーナを招き入れる。

 部屋はベッドとクローゼットと浴室があるだけで、シンプルな部屋になっていた。

「疲れているようでしたら、軽食をこの部屋に運ばせますがどうしますか?」

「そうですね……軽食だけにします」

「わかりました。あとでルゥルアに運ばせましょう」

「はい、宜しくお願い致します」

 アシュラフが部屋を出ていくと、馬車の中でたくさん寝たはずなのに、もう眠くなっていた。

(マレが来る前に寝てしまおう)

 部屋に荷物が運び込まれていなかったため、部屋着に着替えることができなかったが、そのままの服でベッドに潜り込むと、すぐに深い眠りに落ちていった。

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