第32話  アシュラフの読み、アリーナの不安

 新年最初の夕食後、アシュラフはサーディク、ディヤーを1階の執務室に呼び、ルアール国に行くための会議を始める。


 アシュラフは執務室の奥に設えてある大きな机の椅子に座ると、部屋に入ってきた二人に部屋の中央にあるソファーに座るよう促す。

「まさかアリーナから、ルアール国へ行く口実を語ってくれるとは。先ほどの会話でルアール国に行くのを拒否したのは密入国したことがバレないか不安からだろう」

 サーディクとディヤーは頷く。

「さて、サーディク。アリーナが密入国した理由は探れたか?」

「アシュラフさま、申し訳ありません。まだ探っている途中なのですが、ルアール国の王城に潜り込んだ間諜から王城が騒がしい、と連絡がありました」

「王城が騒がしい?どういう意味だ?」

「はい。12月になり大雪が降ったかと思えば、気温が冬ではありえないほど高くなるなど天候が安定していない時に、他国からの間諜が入り込んでいるのがわかり、その対応に追われているとのことです」

「王城へ行くのは難しい状況か?」

「入国審査は厳しいそうです」

「なるほどな……ただ、アリーナを保護したと言えば、面会は叶うかな」

「しかし……」

「サーディク、今王城は混乱の最中なんだろう?アリーナがルアール国を出た理由など探れる時期ではない。それなら、父上からルアール国のマテウス殿に親書を送ってもらい、理由を尋ねたほうが早いだろう」

「仰る通りです」

 サーディクが頷くのを確認したアシュラフは

「私は明日、父上に理由を話し、マテウス殿に親書を送ってもらうように伝える。その返答が届き次第、次の行動を決めよう」

「御意」

 サーディクの返答を確認した後にディヤーに視線を向ける。

「ディヤー、アリーナの周りに不審者はいないか?」

 アリーナをサクルの店まで送っている馬車にはディヤーの部下の騎士二人が御者になって警護にあたっているが、この離宮にも騎士が交代しながら24時間切れ目なく警護をしている。

「はい、今のところはあやしい人影は見当たらないと報告を受けています」

「そうか。アリーナがこちらの国に入ったことは知られていないとみて間違いないだろう」

「おそらくは」

「引き続き、アリーナの警護を頼む」

「御意」

 いまのところアリーナについてわかっていることは、母親を早くに亡くしたが、父親は知らされていないということと、関係は不明ながらも王族に近い人間というところか。

 もし、アリーナが王族に連なる人間ならば、何らかの理由でこの国で亡くなった場合、ルアール国との間にいらない摩擦をうむことになる。

(サクルの機転でアリーナを保護できてよかった)

 アシュラフは明日からの動きをサーディクとディヤーに指示を出して、離宮を後にした。


「アリーナさま、湯あみの準備ができました」

「ありがとう、ルゥルア」

 

 新年初めての夜食が終わったあと、ゆりかごに入ったマレを抱えたルゥルアと一緒に部屋に戻ってきた。

 定位置になった、小さなベッドの上にマレが入っているゆりかごをおろし、そっと薄手の布団を被せるとそのまま浴室に向かい湯あみの準備を整え始めた。

 ちらっとマレを見たが、ゆりかごの中で丸くなって眠っていた。


 マレはゆりかごが気に入ったようで、夜眠る時もゆりかごで眠ることが多い。

 それを聞いたルゥルアは物置から小さな木組みのベッドを出してきて、アリーナが眠るベッドの近くに置いた。

 どうやら、アシュラフが赤ちゃんの時に使っていたベッドのようでルゥルアは

「まさかまた使う日がくるなんて」

 と笑いながら話していた。


 浴室でお湯に身を沈め、ルゥルアに髪を梳かれていると、

「来月はルアール国に行けるといいですね」

 あっ、とアリーナは声が出てしまった。

「それは、あの、ルゥルアからもお断りをして頂けないでしょうか?」

「えっ?」

「あの、えっと……」

 密入国してきたので、検閲所を通ることができない、なんてどのようにごまかして言えばいいのだろう?

「アリーナさま、もしかして、ルアール国に行くことに何か不安があるのでしょうか?よければお話し頂けませんか?力になりますので」

 ルゥルアは髪を梳く手を止めてアリーナに話しかけてくる

「不安は、その、あるといえばあるのですが、うまく言えなくてですね…」

 ルゥルアが怪訝そうに顔をのぞいてくる。

「あっ、いえ、不安はないです、大丈夫です!」

 と、とっさに返答してしまった。

「そうですか。ああ、そろそろ湯あみを終えましょうか?長い間入っているとのぼせてしまいますから」

 とルゥルアは立ち上がり、バスタオルを持ってきた。

 アリーナをバスタブから立ち上がらせると浴室の床に立たせ、アリーナの体についた水滴を丁寧にふき取り、下着と寝間着を渡した。

「お着替えしている間にマレさまの体を拭く準備をしてきます」

「お願い致します」

 では、と一礼して、ルゥルアは浴室から出て行った。


(ああ、どうしよう。今更嘘です、なんて言えないし、早くマレに相談しないと)

 アリーナは着替えながらなんとかルアール国に行かない方法を考えているが、一向に思いつかずにいた。


「アリーナさま、マレさまの準備が整いましたので、本日は失礼させて頂きます。おやすみなさい」

「ありがとうございます、おやすみなさい」


 ゆりかごの中であくびをしているマレに恐る恐る近づく。

「あのね、マレ」

「ん、まぁ、自分でどうにかしろ」

「そんな!」

「言ってしまったことは取返しがつかない。それならアシュラフ達に任せるしかないだろう?」

「そうだけど……」

「じゃあ、おやすみ」

 マレは言うだけ言って眠ってしまった。

 アリーナは体を拭くタオルを右手に握ったまま呆然と立ち尽くしてしまった。


(でもね、密入国しようと言ったのはマレでしょ!?)

 タオルをテーブルの上に置いてベッドへと向かいながら、トゥイーリは怒りが込み上げていた。

(もうちょっと力になろうとか、ないのかしら!?)

 ぶつぶつ言いながら、ベッドに潜り込む。

(でも、自分が言ったことだし……)

 考えがまとまらないうちに眠りに落ちていった。

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