第36話 懺悔と真実
「ちょっと待って……父上、マレさん」
その言葉にマテウスとマレはエリアスを見る。
「さっきから話しについていけないのだけど、アリスィさんというのは誰なの?トゥイーリとどういう関係なの?」
マテウスはちら、とマレを見る。
マレはその視線を受け止め、見つめ返したまま、
「この国は王家とディユ家との間に生まれた娘が守ってきていました」
マレはエリアスへと視線を向けて話しを続ける。
「エリアスさまもご存じのように、この国は一人の男性と神から賜った一人の占い師が出会い、国を作りました。男性は占い師を賜った時に神から、この占い師を、その子孫を手放してはならない、手放した場合、天地は怒り裁きを下すだろうと、と言いました」
マレは昨日の出来事を話すような口ぶりで話しを進める。
「その男性は国をつくるときに国王となりましたが、神から占い師を手放してはならない、との宣託を忠実に守るために、占い師を妃として表に出すのではなく、側室として匿いました。以降、国王と占い師の間に授かった娘は側室として国王の息子と添い遂げることを王家とディユ家で密約を交わしたのです」
「それは……」
はっとしたエリアスに、マレは頷き、
「そうです。国王はマテウス陛下の先祖、占い師はトゥイーリの先祖です」
トゥイーリもエリアスも驚きの表情でマレを見るが、マテウスだけは神妙に聞いている。
「マテウス陛下」
突然呼ばれマレを見る。
「アリスィが産んだ赤子のトゥイーリだけではこの国を守る力はなかった。アリスィが亡くなったあと、急ぎ、ディユ家で神からの宣託を聞き、この国を守る力をアリスィの母親が再び授かった。その力はトゥイーリがここを出ていくときに失うように調整していた」
だから、とマレは続ける。
「王家とディユ家の密約はアリスィが亡くなった時に反故にされた。だが、トゥイーリはこれから16歳になり望めばこの地を守る力を授けられるだろう。望まなければ今の状態が続くだけだ」
マレに告げられた内容はマテウスの後悔を増長させるだけだった。
「あの時、私がアリスィの力を信じなかったばかりに、この国の民を苦しめるのか」
マレは深い絶望に落ちていったマテウスをちらと見た。そしてエリアスに向き直り、
「エリアスさま、先ほどの質問の答えですがアリスィという女性はトゥイーリの母親であり、マテウス陛下の側室だったのです。つまり、トゥイーリはマテウス陛下の子供であり、エリアスさまの義妹になるのです」
「義妹……!」
その言葉にエリアスはトゥイーリの顔を見る。
その様子を冷ややかに見ながらマレは
「エリアスさま。先ほども話しましたが、国王とディユ家の密約は反故になったのですから、トゥイーリを側室として側に置いておかなくても問題ないのです」
その言葉に脱力してソファーに沈み込むエリアスを横目に、マレは呆然としているトゥイーリに話しかける。
「父親は今話したように、マテウス陛下だ」
トゥイーリはマレの顔を見ながら話しを聞いている。
「トゥイーリがこの王城にいたのは、未来永劫、この国を守るため。国を守る力を子孫に託すため。だが、もうそれに縛られることなく、好きに生きていけばいい。母親のアリスィが言ったように、何にも縛られることなく自由に生きていけるんだ」
トゥイーリが上の空で頷く様子をみて、もう少し落ち着いたら、しっかりと話そうと決意した。
ふと、マレはアリスィがマテウスに手紙を認めていたことを思い出した。
旅先で出そうかと思っていたが、人間に戻る機会がなかなかなくて出しそびれていた。
そして、その手紙はトゥイーリ宛の手紙と一緒にゆりかごの底に入れて持ってきている。
マレはゆりかごに向かい、布団を出すと底に置いてあるマテウス宛の手紙を取り出した。そして、絶望の淵に落とされたマテウスに近づく。
「マテウス陛下」
と一声かけて、アリスィからの手紙を渡す。恐る恐る手を伸ばし手紙を受け取ると表書きを確認した。
そして、この手紙がアリスィからだとわかると、すぐに封を切り中身を取り出した。
しばらくは重い沈黙が流れていたが、マテウスの様子がおかしい。
「マテウス陛下?」
手紙を握りしめ、傍目にわかるほどに震えているマテウスの近くに寄ると、失礼します、と言って、手紙を読んだが、その内容はマレには衝撃的な内容だった。
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マテウス殿下へ
この手紙は遺書です。
私は小さな頃から、母親とルアン陛下が時間を作り、私に愛情をかけて育ててもらったことを記憶しています。
将来、私もこういうふうになるのだろう、という期待がありました。
16歳になった時に、自分の運命を知りました。
この国を作った占い師の末裔。
そして、この国を守ること。
重い期待の中、殿下の側室となりました。
だけど。
殿下からは愛情を向けられることのない日々は辛かった。
思い出したように時折部屋に来ては、義務を果たしていくだけ。
そんな日々の中で子を授かることができた時は嬉しさより憔悴しかありませんでした。
けど、もしかしたら、子ができたことで愛情を向けてもらえるのでは、と微かに希望を抱きましたが、それも期待だけに終わりました。
子を授かったことを殿下に報告した後、部屋にきた騎士の様子がおかしく、かなり問い詰めたところ、
「義務から解放された」
とお話しになったとのこと。
まさか、と思いましたが、その後、私に会いに来てくれることはありませんでした。
その一言は絶望でしかありませんでした。
お腹にいる子を産んでも父親からの愛情を受けることはない。
そう思った時、いっそのこと、お腹の子と一緒に死んでしまおうと思いました。
でも、そうしたら、この国は破滅に向けて進んでしまう。
側にいてくれる侍女、騎士のみなさん、陛下に王妃さま。
みなさん、とてもやさしく接してくださいます。
そんな方たちの未来を私一人のわがままで閉ざしていいのか……
それは間違えた選択だと思いました。
だけど、私が死んだら本当に国が破滅にすすむのか?
という疑問が出てきました。
そのころ、沈んだ様子の私の様子を見に、陛下がいらっしゃいました。
そして、殿下が来ていないことについて、お詫びを受けました。
陛下は殿下とこの件について話すと意固地になり、何も話すことができないのだ、とおっしゃっていました。
力になれずに、申し訳ないと……。
その後も殿下の顔を拝見することができないまま、娘を産みました。
そして、子を産んだ報告をした騎士さまから、
「以後は報告はいらない」
と殿下がおっしゃっていたと聞いた時に、私はこの国を壊そう、と思いました。
国を壊すなら、娘と一緒に死のうと思いました。
だけど、この子には明るい未来があるかもしれない、と都合よく思ったのです。
それなら私一人だけ死のう。
この部屋から侍女がいなくなった時に自害致します。
アリスィ・ディユ
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マテウスは、
「父上……なぜ……」
と呟き、号泣した。
予想していなかった真相にマレも呆然と立ち尽くすしかなかった。
しばらくは重い沈黙が流れていた執務室だが、ふいにマレが口を開く。
「前国王は……アリスィを可愛がっていた……あの日、アリスィの姿を見て……自分の不甲斐なさに自害を選ばれたのか……」
独り言のように小さな声で呟いているが、静まり返った執務室では小声でもはっきりと聞こえる。
その独り言にマテウスは、はっとなり、
「そうなのか……わたしが……アリスィを信じなかったばかりに……国を守る力も、アリスィも父上も全て……」
マテウスも小さな声で呟くと、声をあげて泣き始めた。
エリアスもたどり着いた答えに驚き、動揺した。
ただトゥイーリだけは、ひとり冷静にこの場に立っていた。
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