第15話 失望

 時は少し戻り。


 トゥイーリが王城をでた翌日。

 侍女のジュリアがいつものようにトゥイーリとマレの二人分の夕食をワゴンにのせ部屋に行くと灯りがついておらず、いるはずの人がいないことに気づいた。

 慌てて浴室、クローゼットと探すが、気配すら感じない。

「……陛下にご報告しなければ」

 青い顔になったジュリアは急ぎ足で陛下の側近を探す。

 陛下の執務室に行く途中の回廊で側近の一人、ウゴに出会うことができた。

「ウゴさま、陛下と面会をしたいのですが」

 ただならぬ様子のジュリアをみて、何かあったらしいと感じ、深く理由を聞くことなく陛下の執務室へと戻った。

 許可を得てジュリアが一礼し執務室に入り、

「トゥイーリさまが見当たりません」

 と告げた。

「どういうことだ?」

 ジュリアは焦っているのを感じて、深呼吸してから報告する。

「はい。昨日、今日は夕食しかいらないと言われ食事を部屋にお持ちしたのですが、部屋がきれいに片付けられており、部屋の中をくまなく探したのですが、トゥイーリさまも猫もどこにもいらっしゃらないのです」

「ウゴ、近衛は気づかなかったのか?」

 トゥイーリの部屋の近くには交代で見張りがいるはずだ。その誰もが気づかなかったのか?

「確認してまいります」

 ウゴは静かに部屋を出ていった。

「ジュリア、最近トゥイーリに変わった様子はなかったか?」

 マテウス国王の問いに、ジュリアはしばらく考えこんたが、

「すみません。全く気づきませんでした…」

 ジュリアは涙をこらえながらそう答えることしかできなかった。

「そうか…なにか気づきがあれば、教えてほしい。今は下がってよい」

 一礼してジュリアは執務室を静かに退出していく。

 一人になった執務室でマテウスは立ち上がり窓から空を見て、

「アリスィだけではなく、その娘のトゥイーリまでも守ることはできなかったのか」

 後悔交じりの声でつぶやいた。マテウスの顔には苦々しい表情が浮かぶ。

「神は許してくれないだろう…」


 12年前、トゥイーリの母、アリスィを死なせてしまった日から2か月間、1日も雨が止むことなく降り続けた。

 その結果、作物が育たずに凶作となり民が苦しんだ。

 神を1度ならず2度も怒らせてしまった今回はどこまでのことが起こるのか。

 マテウスは大きなため息をついて、ただ一日も早くトゥイーリが見つかることを願うしかなかった。


 その時、ドアをノックする音が聞こえた。

「誰だ?」

「ウゴです」

「入れ」

 一礼して部屋の中に入ってきたウゴはマテウスの机の前にくると、

「陛下、先ほどの件ですが、ジュリアが昨日の夕食後部屋から出てから今日の夕食を運ぶまでトゥイーリさまの部屋からは誰も出てきていないということです」

「近衛に気づかれずに部屋からいなくなっただと?ありえない。部屋に行こう」

「はっ」

 ウゴとマテウスはトゥイーリの部屋へと急ぐ。

 外は暗闇に覆われ、冷たい風が吹いている。


 トゥイーリの部屋の前に到着し、近くに控えている近衛に再度確認をしてみたが、やはり、出入りはなかったとのことだ。

 そのまま近衛と一緒にトゥイーリの部屋に入る。


 灯りをつけた時、初めてアリスィと会った時のことを突然思い出した。

(あの時の自分は幼かったな)

 アリスィとは11歳の時に初めて会ったが、それ以降は勉強が忙しいと理由をつけては交流を避けていた。

 アリスィの力などなくてもこの国は成長していけると頑なに信じていたのだ。

 そして、アリスィが16歳となり、マテウスの側室となったのだが、頻繁に会いに行くことはなかった。それが前国王の耳に入り、子供だけは作ってくれと懇願されたのだ。そして、トゥイーリが生まれた。

(アリスィも娘の成長は見たかっただろう……)

 アリスィに対しての贖罪として、トゥイーリに知識をつけさせ、どんな道でも歩んでいけるように教育をしてきた。

 だが、本心では息子の側室としてこの王城にとどまってほしいと思っている。

 その思いが通じたのか、息子がトゥイーリと結婚したいと言った時は嬉しい気持ちが大きかったが、将来は国王の妃となる。その重圧に耐えさせるのかと思うとそこまではさせたくない気持ちが大きい。

 今まで苦労をさせてきた分、これからは幸せに穏やかに笑顔で毎日を過ごしてほしいと願っている。


 いろんな感情が込み上げてきて、落ち着かない気分のまま部屋の中を探すことにする。

 ジュリアが伝えたように、きれいに片付けられた部屋を見て、浴室、クローゼットと見回したが本当に人の気配が全くなかった。

「執務室に戻ろう」

 マテウスの落胆した声で、全員が執務室へと戻った。


「ウゴ、この絵姿を国内の町の警護団の施設に早馬で届けてくれ」

「お預かりします」

 深夜になっていたが、国内の各町にある警護団の施設へと早馬を走らせた。

(事件に巻き込まれていなければいいのだが……)

手配を終え、窓の外を見ながらため息をついた。

(そうだ、息子のエリアスにも伝えないといけないな)

 

 翌朝、エリアスは陛下から呼ばれていると伝えられ、急ぎ執務室へと向かった。

 執務室に到着すると、すでに連絡がされていて、ドアが開かれていた。

「おはようございます。何かありましたか?」

「おはよう。とりあえず、ソファに掛けてくれ」

 エリアスは父の言葉に従い、近くのソファに腰掛けた。その向かいに父が座る。

 それを確認した侍従達は一斉に退出し、部屋のドアを閉じた。

 この部屋には、父と僕しかいない。

 父は何度も口を開いては飲みこみ、ということを繰り返し、やっと言葉が決まったのか、

「トゥイーリがいなくなった」

 と伝えた。

「え?」

 何を言っているのか、本当にわからなかった。父はこちらの顔をみて、再度、

「トゥイーリが昨日、この城からいなくなった」

 と告げた。

「何を言っているのですか?どうやってこの城からいなくなったというのです?」

 心がざわついていて、気持ち悪い。

「そこが、本当にわからないのだ。トゥイーリの部屋に行ったが、どこから出たのか全く分からないのだ」

 僕はすぐにソファから立ち上がり、執務室から出ようとしたが、父から止められた。

「早馬でこの国の町にある警護団の施設には連絡をいれた。見かけたら城に戻すようにと」

 どうしようもない焦りは感じていたが、今できることは全てしているのだろう。

(早く帰ってきてくれることをここで待つしかないのか?)

「なぜ……」

 呻くように声を出すが、答えはどこからも返ってこなかった。

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