第16話 決め手

 エリアスは重い体を引きずるようにして、自分の執務室に戻った。

「殿下おはようございます」

 エリアスが執務室にきたのを確認し、側近のテオが声を掛けた。

 ちらとエリアスの顔を見ると、

「顔色が悪いようですが、陛下の話は重いものでしたか?」

 テオはエリアスよりも9歳年上で、兄がいないエリアスにとっては頼れる一人だ。

「それが」

「はい」

 エリアスは執務室の中央にあるソファにぼすん、と乱暴に座ると、

「トゥイーリがいなくなったと」

 エリアスはソファの上で力が抜けた。

「あの、殿下?」

「うん?」

「意味がわかりません」

「一昨日の夜、夕食後から昨日の夜にかけて部屋から消えたらしい」

「消えた?」

「うん、通常の出入り口に待機している近衛達は部屋から出てくる姿を見ていないと」

「それは、ミステリーですね……」

「テオ?」

「はい?」

「面白がっていないか?」

「いえいえ、そんなことはありませんよ」

 その言葉で正面に立っているテオの顔を見上げるがほほが少し緩んでいる。

 ミステリー小説が好きなのでテオの頭の中で類似したケースがないか回転しているのだろう。

「というわけ、テオ」

「どういうわけですか?」

「トゥイーリを探しに行くぞ」

「え?」


 まず、エリアスはトゥイーリの侍女であるジュリアを呼んで話を聞いた。

「ジュリア、呼び出して申し訳ない。トゥイーリがいなくなったと聞いた。陛下にも話しているが、私にも話を聞かせてくれないだろうか?」

 ジュリアは顔色が悪く、瞼も少し腫れているように見えた。ずっと泣いていたのだろうか?それなのに、背筋を伸ばし、凛と立っている。

「はい。前日、トゥイーリさまに翌日は夕食しかいらないと言われ、翌日はお約束通りに夕食を持ってお部屋にお伺いしましたが、部屋に灯りがついておらず、不思議に思って灯りをつけたのですが、人の気配も猫の気配もありませんでした」

「猫?」

「はい。トゥイーリさまの近くにはいつもグレーの猫がいました」

「それは本当なのか?初めて聞いたぞ」

「えっ?」

 ジュリアの戸惑う声が聞こえる。

「猫か……まぁ、いい。それで急いで陛下に伝えに行った、ということだな」

「はい」

「今まで、食事を食べないことはあったのか?」

「はい、月に何度か。本を読みたいからと言われましたので、今回もまたか、と思いました」

「体調が悪い、と言ったことはないか?」

「そうですね…トゥイーリさまは我慢強い人でしたから、本当に我慢できないほどの痛みや耐えられないほどの体調悪化でなければ、口にすることはないと言えます」

 その答えにエリアスは顔をしかめてしまう。ここにくる前、きた後、どんな環境にいたのだろうか。

「たしか、ジュリアはトゥイーリが5歳の頃から一緒にいるのだな?」

「はい。両親を亡くされて、独りぼっちになってしまった陛下の遠縁のお子様だと伺っています」

「その話は聞いている。他に変わったことはないか?」

「はい、昨日からずっと考えているのですが、なにも変わったことはありませんでした。毎日、同じ時間に起きて、本を読んで、食事をして、湯あみをして眠る、それを繰り返す毎日だったはずです」

「そうか。ジュリアも落ち込んでいるときに呼び出してすまなかった。トゥイーリがまた戻る日まで、体調を崩さないよう気を付けてくれ」

「はい。温かいお言葉に感謝します」

 ジュリアは一礼をして執務室を出ていく。


「さて、テオ」

 ジュリアがいる時は気配を消していた側近を呼ぶ。

「はい、殿下」

「父もやれることはしているはずだが、僕も何かしたいと思っている」

「お言葉ながら、殿下」

「うん、わかっている。だから、テオ、かわりに王城の近くで話を聞いてきてくれないか?」

「御意」

 その言葉で、テオは執務室を出ていく。

 テオは諜報活動を得意としているから、何かしらの情報を手に入れて来てくれるはずだ。

 それを信じ、王子としての務めをこなしながら、知らせを待てばいい。


 だが、テオは意外な話を持って帰ってきた。

「殿下、戻りました」

「おつかれさま、早かったね」

「ええ。不思議な話を聞いてきました」

「どんな?」

 テオは一息つくと、

「トゥイーリさまに似ている方が城下町を何度か歩いていたそうです」

「え?」

「城下町へと行き、何人かに話をきいたところ、市場近くの食堂で占い師として働いていた娘がトゥイーリさまによく似ていたそうです。ただ、その娘は父と呼ぶ男性と一緒にいて、昨日の朝、旅行に行くと言って、ルィスを出発したそうです」

「外見は似ているけど、男性と一緒なのか……決め手がないな」

「その娘ですが、腕に太い腕輪をしていたそうですが、そういった装飾は見たことがありませんか?」

「いや、ない。トゥイーリが宝飾類を身に着けているところなど見たことがない」

「そうですか。もう少し、城下町に行ってきてもいいでしょうか?」

「ああ、頼む」

 テオは一礼をして執務室を出て行った。

「もし、テオの言っている娘がトゥイーリならば、部屋からどうやって出たのだ?こっそりと出ていくにしても、城を見回っている騎士たちに見つからずに出ていくなんでできないはずだ」

 それに、とエリアスは一人つぶやき、

「世の中には自分と似ている人が3人いると言われているからな。トゥイーリではないだろう」

 エリアスはひとり頷くと仕事に戻った。

 だが、これ以上の話しは何も出てこなかった。


 翌日、エリアスはまた陛下から呼ばれ執務室に向かった。

「なにかありましたか?」

 ソファに座り、父にたずねる。

「トゥイーリのことなのだが……それらしき人物を見たと、シャーマの警護団長のロレンゾから連絡があった」

「シャーマ?」

「ああ。ロレンゾは5年前まで王城で騎士として働いていたので、トゥイーリのことを覚えていたらしい。ただ、父親という男性と一緒にシャーマにきていたので、人違いかもしれないが、という但し書きつきだが」

「似ているけど、男性と一緒…その娘は腕輪をしていませんでしたか?」

「そこまでは報告に上がっていない。このあと国境の町へと向かうと話していたので、ロレンゾの判断で一人つけているそうだ」

 エリアスは昨日聞いた話を思い出していた。

「陛下、実は昨日テオに城下町に探しに行ってもらったところ、似ている娘がいて父親と思わしき男性と一緒にいるという話しを聞いてきたのです」

 父は驚いた顔をしている。

「ただ、では、どうやって部屋から出たのか、ということがわかりません。誰に見つかることもなく城を出ていけますか?」

「そうだな、不可能に近いだろう。城の中は城壁の上からも見張っているし、城の中を巡回している騎士もいる。その目を潜り抜けて外に出ることなど、できるはずはない」

 エリアスはやはり、とため息をつく。

 情報はあるのに、決め手がない。

「なにか、トゥイーリだという決定的な証拠があればいいのですが……」

「ロレンゾがつけた人間の続報を待つしかないな」

 エリアスは焦る気持ちと不安な気持ちを抱えながら、自分の執務室へと戻った。


「決め手か……」

 エリアスは仕事をしながら、つぶやいている。

「今まで贈ったものはどうなっているのだろうか?」

「殿下?」

「ああ、ごめん、ちょっと考え事をしていた」

「ダダ洩れでしたが?」

「口に出ていたか……」

「ジュリアに聞いてきます」

 テオは仕事の手を止め、一人ジュリアのもとへと向かって行った。

「たとえば、贈ったもの、何か一つでも持ち出していたのなら、それをあの娘が持っていたら、イコールトゥイーリだよな」

 少し道筋が見えてきたかもしれない。そう思ったのだが、世の中はうまくいかない。


 1時間ほどして戻ってきたテオは

「遅くなってすみませんでした」

 最初に謝罪の言葉をはさみ話し始める。

「ジュリアと一緒にトゥイーリさまの部屋に行きまして、確認してきたのですが、贈ったものはすべて置いてあったとのことです」

「そうか……」

 エリアスは落胆した。

贈ったものはそれなりに高価なので、自分から出ていったのなら、何かしら持っていき、旅費として換金することもできるはずだ。

持っていってないとしたら、方法はわからないが、部屋から無理矢理連れ去られたのか……


最悪な状況を想像し、暗い気持ちになる。

(無事でいてくれ)

今はそれを願うしかない。


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