第13話 一休み

 エンゾの家は警護団の施設を出て、町の中心部に向かう途中にあった。

 大きくはないが、小さくもなく、ほどよい大きさの家だった。

 歩きながらエンゾは子供は男女それぞれ一人ずつ、女の子は嫁にいき、男の子はエンゾの跡を継ぐために首都ルィスの商店に勉強がてら働きに行っていると話した。

 玄関をはいると、エンゾの妻エレナが出てきた。

 エレナはエンゾと同い年で42歳と聞いていたが、それよりは若く見え華やかな雰囲気を持っている女性だった。


「まぁ、あなたがアリーナちゃんなのね!エンゾから話しを聞かせてもらっているわ」

 お互いの自己紹介が終わると、エレナは目を輝かせ、手を握ってきた。

(どんな話しになっているのかしら?)

 アリーナの不安は顔に出ていたようで、

「あら、そんな不安になることではないのよ。まだ小さいのに占いの能力が高いって話しているの。そのおかげでエンゾの仕事は順調なのだから、感謝を忘れてはいけないね、っていつも話しているの」

 エレナは花開くような笑顔をみせながら話す。話の内容にほっと安堵したアリーナは

「お役に立ててうれしいです」

 と答えた。エンゾは二人の会話が途切れたことを確認すると

「立ち話もなんだろう。中に入ってくれ」

 と家の中に招き入れた。


 応接間に通されたアリーナとマレは勧められるままにソファに腰を下ろす。

 その向かいにエンゾが座り、話し始める。

「早速占いをしてほしい、と言いたいところだが、今日は疲れただろ?部屋を用意しているからゆっくりと休んで、明日、占ってくれないか?」

 その言葉にマレは

「お気遣い頂きありがとうございます。アリーナがかなり疲れているようなので、どうしようかと思っていたところです」

 アリーナは座ったとたん半分眠ってしまった。初めての町で、いきなり警護団に保護されるという状況で緊張がずっと続いていたのだろう。

「そうだな、アリーナは相当疲れているな。少しお茶でも、と思ったが、すぐに部屋に案内するから、夕食まで横になっていたらいい」

「エンゾさん、ありがとうございます」

 マレは座ったままだったが、頭をさげる。

「気にしないでくれ。ルィスでは伝説の占い師の再来と言われているアリーナを我が家で歓待できるなんて、嬉しいことだからね」

 エンゾはそこで話しを区切り、

「さて、すぐに部屋に案内しよう」

 マレはアリーナを横抱きにしてエンゾの後に続いた。


 通された部屋はベッドが置いてあるだけのシンプルな部屋だった。

 布団をめくり、アリーナをおろし布団を掛けた。もうすでに寝息を立てている。

「エンゾさん、本当にありがとうございます」

「いや、気にしないでくれ。夕食ができたら呼びにくるから、ゆっくりとしていてくれ」

 そう話すとエンゾは部屋を出て行った。

 足音が聞こえなくなるのを確認したマレは、荷物の整理の手を止めて猫に戻った。

「はぁ~こっちの姿のほうがラクだわ」

 と大きくのびをし、トゥイーリの寝ている近くで丸くなって眠り始めた。

 マレも土地勘のない場所でトゥイーリの捜索であちこち走り回り、かなり疲れていたのだ。


 マレが目覚めたのは、部屋が暗くなっていたからだった。

「寝過ごしたか?」

 とあわてて人間の姿に戻り、窓から外を見ると、地平線近くはうっすらと赤みを残し藍色の空になっていた。

「……マレ……?」

 ふいに寝ぼけたトゥイーリの声が聞こえてきた。

 窓からベッドのほうに視線を向けると、上半身を起こし、ぼんやりとしたトゥイーリがいた。

「疲れはとれたか?」

「うん、まあまあ取れたと思う。占いはまだ無理みたい」

「占いは明日だから大丈夫だ」

「うん」

 このまま会話を続けていかないとまた眠ってしまいそうなトゥイーリ。

 と、ドアをノックする音が聞こえた。

「はい」

「失礼しますよ」

 エンゾが顔をのぞかせる。

「もし体調がよければ、夕食をと思って、誘いにきたけど、どうだろうか?」

「はい、大丈夫です。すぐに支度するので待って頂けますか?」

 エンゾは頷くとドアを閉じた。

「アリーナ、行くよ」

「うん」

 半分眠っているアリーナを無理やりベッドから起こし、洋服と髪を整えた。

「うん、大丈夫」

 アリーナは短く答え、待たせているエンゾのもとへと急いだ。

 

 食堂に入ると驚くことに警護団の二人も来ていた。

 アリーナはびっくりしていたが、エンゾは苦笑いしながら、

「こいつは俺の幼馴染でね。ひさしぶりにエレナの料理が食べたいからと部下の男と押しかけてきたんだ」

「先ほどは失礼しました。エンゾの幼馴染のロレンゾ・フィードと申します。隣の男は私の部下のニコラス・ソンブラです」

 40代の男性こと、ロレンゾが話す。若い男性ことニコラスは隣で軽く頭を下げ、

「本当に先ほどは失礼しました」

 とまた頭を下げた。

「いえ、そのことについてはもう気にしていないので、大丈夫です」

 と、穏やかな声でマレは話した。

「まぁ、立ったままより、座ってくれ」

 エンゾの一言で各々近くの椅子に座った。見計らったように、エレナが料理を運んでくる。

「アリーナちゃん、体調はどう?嫌いな物あるかしら?」

 エレナは思惑顔でアリーナに声を掛ける。

「はい、ゆっくり休めました!食事は好き嫌いがないので大丈夫です!」

「あら、偉いわ~うちの娘なんか、あの野菜嫌い、この野菜嫌いってものすごくうるさかったのよ」

 話しながらも、テーブルの上にどんどん料理が並んでいる。

 野菜をちぎったサラダ、ロール状になっている肉料理、そして、生魚をぶつ切りにしてあるのも出てきた。スープは個別に皿によそい出されているが、野菜がゴロゴロと入っていた。

 アリーナはちらりと隣のマレを見ると、生魚のぶつ切りに目が釘付けになっていた。

「さぁ、食べましょう!」

 エレナの一声で夕食が始まった。


 その夕食はアリーナにとって、とても楽しい時間になった。

 大勢の人と食べる食事がこんなに楽しい、なんて、初めて思った。

 ロレンゾの酒の失敗について、お腹を抱えて笑い、ニコラスは破天荒な上司に振り回されて気の休まる時がないと今まで起きたあれこれを話し、エンゾ夫妻の子供の話し、孫の話しなど、本当に盛沢山の話題で気づけば夜も9時近くになっていた。

「楽しい時間ほど、あっという間に過ぎるな」

 エンゾはまだ話し足りないが、アリーナとマレの体調を考えると切り上げ時だと思い、

「名残惜しいが、今日はここまでにしようか」

 と話した。


 自宅へと戻る、ロレンゾとニコラスを見送ろうとアリーナとマレ、エンゾ夫妻が玄関に向かい歩いていた時、ふいにロレンゾがマレに小さな声で話しかけてきた

「実は、王城から陛下の遠縁の女の子が消えたという情報が今朝届いたのですが、その絵姿がアリーナにそっくりなのです。この先ももしかしたら同じように警護団に目を付けられるかもしれませんので、道中気を付けて旅をしてください」

 マレはやっぱりきたか、と思ったが、驚いた顔をして、

「警告ありがとうございます。慎重に行動します」

 と話した。

(その警告もあって、ここにきたのだろう)

 マレは心のなかでロレンゾに深く感謝した。

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