第3話 王城のトゥイーリ

 ガエウの食堂を出てマレに手を引かれ人波に逆らうようにして王城に沿って北側へと向かう。

 だんだんと人並が途絶え、人通りも少なくなってくると、間もなく我が家だ。


 ここでいったんあたりを見回し、人の気配がないか確認した。この辺りは貴族が住んでいる屋敷ばかりが立ち並ぶ一角で、そう頻繁に人が通らないのは知っているのだが、念のための行動だ。


 人がいないことを確認し、王城の外壁のドアを静かに開け、素早くマレと一緒に中に入る。

 茂みの先に王城に入るドアがあるが、茂みからまた周りを確認し、見回りの兵士がいないか確認する。

 確認が終わったら、王城に入るドアを開け素早く入り込み、中から鍵をかける。

 そのまま歩くと、小さなドアがあり、そこをくぐると自分の部屋のクローゼットにたどり着く。


 居住している部屋は王城の裏口に近い1階の一部屋だ。

 裏口に近いといえ、部屋は二間続きで、入口を入ると正面に腰高の広い窓があり、その前に机が置いてある書斎があり、その横のドアを開くとプライベートな空間として、寝室と浴室がある。

 子供1人の部屋としては広く、書斎も大人が10人ほど入っても窮屈な感じはしない。

 ベッドの置いてある部屋も書斎と反対側にあるクローゼットまでは子供の足で2分程かかるほどの広さがある。

 そのクローゼットもまた、大人が4人入っても窮屈さを感じない広さなのだ。

 たったひとりの居住空間としてはあまりにも広すぎて最初のうちは戸惑っていたのだが、12年もこの部屋にいると慣れてしまった。

 

 クローゼットの中に入ると朝着ていた部屋着へと着替えをするとともに、占い師アリーナから、身分不詳の王城住まいのトゥイーリという名前に変わる。

 マレはクローゼットでにゃごにゃご言いながら人間からグレーの毛色の猫に戻る。

 お互いにおかしなところがないか確認し、部屋にはいる。

 トゥイーリは髪型を変えて、緩く右肩に流した。

「はぁ、戻ってきた」

 マレは体を目いっぱいのばし、あくびをしながらトゥイーリのベッドに向かい、ひょい、と乗って毛づくろいを始める。

 うす暗くなってきた部屋で、灯りをつけながらトゥイーリは本を1冊手に持って、ベッドに向かい、枕を立ててクッションのようにし、そこに腰掛けた。

 マレも毛づくろいが終わり、枕の上に体を投げ出してそのまま眠った。

「マレ、お疲れ様」

 トゥイーリの小さなつぶやきにマレはしっぽをパタ、と振ってこたえた。


 トゥイーリはルアール国の王城で育った。

 最初の記憶は、たぶん、3歳か4歳くらいの時でこの部屋で女性から文字を習っている場面だった。

 文字の読み書きができると、その女性はいなくなり、今度は国の歴史を教える男性がきた。

 1日の大半を自国と隣国の歴史を勉強し、朝昼晩の食事を持ってきた女性は食事のマナーを教えてくれた。

 1日が終わると、食事を持ってくる女性とは別の女性がきて、湯あみの準備をし、入浴の手伝いをしてくれる。

 湯あみが終われば、侍女は部屋から退出し一人静かにベッドに潜り眠る。そんな生活を繰り返していた。

 トゥイーリが成長し、5歳を迎えた時に中年の女性がきて侍女のジュリアを紹介してくれた。

 ジュリアは可愛らしい顔立ちをしており、茶色の瞳を持ち、黒い髪をきっちりと後ろでまとめ、若いながら落ち着いた雰囲気の女性だ。

 ジュリアは腰を落とし目線をトゥイーリに合わせ、優しく笑顔を浮かべ、

「これから身の回りのお世話をさせて頂く、ジュリアと言います。宜しくお願い致します、トゥイーリさま」

 と挨拶した。

「お世話?」

「はい。トゥイーリさまのお食事の準備、湯あみの準備と手伝いをさせて頂きます」

「はい、わかりました。宜しくお願いします」

 その言葉に軽く頷きジュリアはトゥイーリの耳元に口を寄せ、

「少し年上ですが、姉だと思って、なんでも話してくださいね」

 と話した。トゥイーリはその言葉の意味が分からず、きょとんとしてジュリアの顔を見た。ジュリアは少し考え、

「仲良くしてくださいね」

 とまたトゥイーリの耳元で囁くと姿勢を正した。


 それからは食事と湯あみの準備は侍女のジュリアが、勉強は男性が見てくれていた。

 

 だが、この部屋で人がいるのは勉強の時間と身の回りの世話をしてくれる時だけで、どうやったら人が来てくれるのかわからなかったので、痛みがあっても次に人がくるまではずっと我慢することを覚えたし、1人でできることは1人でやっていたため、人に頼ることができなくなっていった。


 何歳の頃か覚えていないが、大人がこの部屋にきた時、なぜトゥイーリがここにいるのか教えてほしいと、質問したことがあったが、戸惑う人や嫌そうな顔をする人がいてはっきりと答えてくれることはなかった。

 この質問以降、自分の置かれている状況について疑問はあるけど答えは返ってこないと思い、周りに質問することもなくなっていった。

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