第2話 占い師アリーナ

 広い世界の片隅にルアール国がある。


 北は人が越えるのに厳しい山が聳え、なだらかな山脈が途絶える東西に国交を結んでいる国がある。

 東は小高い山を越えた先にある高原の国ヴィーレア国、西には深い森が続く先にある灼熱のザラール国だ。


 国の形としては台形のような形をしており、そのほぼ真ん中に王都のルィスがある。

 ルィスにある王城はこの国がうまれる前からあった石造りの要塞を改築して使っており、外壁は月の光を受けると真っ白に輝くため、近隣国からは月光城と呼ばれている。

 南は海に面しており、他の大陸からの交易品などの輸出入をしていて貿易で栄える町がある。


 国の真ん中を大きな川が北の山から南の海まで蛇行しながら流れている。

 春には栄養豊富な雪解け水が流れ大地を潤し毎年豊かに作物が実る。


 過去にはこの豊饒の大地を狙い、近隣の国から侵略戦争を仕掛けられたことは1度や2度ではない。

 だが、不思議なことに他国の軍がルアール国を落とそうと入国すると、行く道ではどんなに晴れて暑い日でも、大雨が降り、風が強く吹き、雷が森の中に落ち、時には大雪になることもあり、ルアール国に辿りつくことはできない。

 そしていつしか難攻不落の国として知られるようになる。


 また、ルアール国は他の国と違い、1人の旅人と神から遣わされた1人の占い師によって作られたと言われている。

 その占い師は神から加護を受け、この国を見守っていると神話は伝えている。


 秋が深まりつつある10月最後の土曜日の昼下がり。

 王都ルィスの小さな食堂に1組の男女が顔を出す。

 男女というか、親子ほどの年齢がありそうな2人で、小柄な女の子は薄手の黒色の外套を羽織っており、その下に淡いピンク色のワンピースを着ている。

 幼い顔立ちをしているが、瞳はどこまでも透明感を感じる深い藍色でプラチナブロンドの長い髪を頭の高い位置でまとめている。

 長身の若い男性も薄手の外套を羽織り、白いシャツに黒いズボンという軽装で手にはかばんを持っている。

 若い男性はグレーの長い髪を後ろで結び、この国では珍しいマスカットのような明るい緑色の目をしている。

 小柄な女の子が手慣れた様子で元気よく食堂の亭主に声を掛ける。

「ガエウさんこんにちは!今日もいいですか?」

「ああ、アリーナこんにちは。もちろんだよ!かわいいのとかっこいいのがいると、店が賑わうからね!」

 ガエウと呼ばれた店主はがっしりとした体で、話さないといかつい顔をしているせいか怖い印象があるが、口を開くと優しい顔になる。

 ガエウは昼の忙しい時間帯の名残の食器を片付ける手を止めこちらに顔を向け、アリーナとその後ろに立っている男性をみて、笑顔をみせて答えた。

「ありがとうございます!準備ができたら、ガエウさんのお手伝いをしますね!」

「いつもありがとうな!」

 ガエウは一言返すとそのまま食器を片付け、厨房に入っていった。

 アリーナとかっこいいと言われた男性は一礼をして食堂に入り、いつもの場所、食堂の奥にある一画に荷物と脱いだ外套を置き、アリーナは窓に掛けるプレートをかばんから出して手に持ち、食堂のドアの近くにぶら下げた。


 “占い師 アリーナ 本日います”


 それが、アリーナの職業だ。


 ルアール国では占い師は神によって選ばれた人間にしか許されていない。

 選ばれた人間は国の北側の山のふもとにある、ディユ家に神から占い師として許可されるまで住み込みで修行と教義を受ける。

 それゆえ、占い師の質の高さも評判があり、近隣国や少し離れた大陸の王族の使者がルアール国に自国の将来や作物を育てるために必要な天候などを聞きにくるという話しがあるほどだ。

 

 そんな占い師の国ルアールで異彩を放っているのがアリーナだ。


 4年前にルィスに現れたアリーナはあまりにも幼い顔をしていて占い師を見慣れているルアール国の人達は信じていなかった。

 それまで占い師と言えば、ディユ家が許可を出した15歳以上がなるもので、それ以下の年齢の占い師などみたことのなかったからだ。

 だが、アリーナの二の腕を飾る、太い腕輪を見た人たちは目の色を変えた。

 建国した占い師の絵姿と同じ紋様の腕輪をしていたのだ。

 そして、占っている時に腕輪が鈍く光るというのも伝えられている伝説の通りだったのだ。

 半信半疑ながらもアリーナを占い師として受け入れた町の人達は次々と的中していく占いを目の当たりにし、建国した占い師の生まれ変わりだ、とささやき始めたのだ。


「マレ、今日もよろしくね」

「はぁ、今日は面倒な相談がなければいいけどな」

 かっこいい男性ことマレはため息交じりに答えつつ、アリーナの横のテーブルを陣取り、どかっと座った。

 というのも、マレを目当てに町娘たちが相談、という形でお茶をすることがあるからだ。

 アリーナが苦笑いを浮かべたその時、店の入り口から若い女性と手を繋いで入ってきた男性の声が聞こえてきた。

「アリーナ、今いいか!?」

 聞き覚えのある声に、

「はい、ジョルジさん、オリビアさん、こんにちは!」

 とアリーナは返事をした。まっすぐこちらに進みながら、ジョルジは、

「また占ってもらいたいのだが……」

 と伝えた。アリーナは2人を前の椅子に座らせ、

「今度は何がありました?」

 アリーナは占いに使うタロットと水晶玉を手元に用意し集中力を高めていく。

 ジョルジは隣に座ったオリビアをちらと見て、

「……実は結婚をしようと思って……その、2人にとって、いい日に結婚式を挙げたいなと思って……」

「まあ!おめでとうございます!では、いつがいいか、占いますので、少し待っていてくださいね」

「ああ」

 水晶玉を手元に引き寄せ、アリーナは集中力を高め2人の波長を合わせていく。

「……結果が出ました」

 水晶玉に映った数字を確認したあと、

「暖かくなり始める、2月の12日がいいようです。この日の天気はとてもよく、天からの祝福が多く降り注ぐことでしょう」

 アリーナは目の前に座っている2人に結果を伝えると、幸せ溢れる笑顔でお互いを見つめた。

「多くの祝福がありますように」

 アリーナは胸の前で手を組み合わせ、2人に祈りをささげた。

 オリビアはアリーナに顔を向けると、

「ありがとう。アリーナに占ってもらって、ジョルジと縁をつなげてくれたアリーナにも結婚式に出席してほしいの。その時はこの国に帰ってきてくれる?」

「ありがとうございます、オリビアさん。どこの国にいるかわかりませんが、この国の近くにいるようでしたら、顔を出させて頂きますね」

「絶対にきてよ?お願いね」

 オリビアはアリーナの手をとり懇願している。

 ふと、ジョルジは、

「明後日には旅立つのか?」

「はい」

「そうか……。今までありがとうな」

 その言葉でアリーナは2人の愛の軌跡を思い出した。

 オリビアがジョルジと付き合えるか占ったり、ジョルジがオリビアと喧嘩して傷つけてしまった時はマレに相談して元通りになったり、そして結婚。

「末永くお幸せに!」

 アリーナは精一杯の笑顔を浮かべ、立ち上がって2人を見送ると、食堂の入口から女性の声が聞こえてきた。

 その瞬間、マレは頭を抱えた。

「マレさま!ごきげんよう!いらっしゃると聞いて、お伺いしましたの」

 金髪の長い髪をハーフアップにし、ばっちりと化粧を施した、セシリア・レトリア嬢。この国の貴族、レトリア子爵のご令嬢だが、着ているフリフリの水色のワンピースは胸のあたりまでがっつりと開いていた。

 その手には扇子を握りしめ、上気した頬に嬉しそうな笑顔を浮かべ食堂の奥、マレに向かって一直線に向かってきた。

 その姿をみたアリーナは

(いつも思うけど、胸が大きい……)

 と心の中でぼそっとつぶやく。

 誰の許可もなく、マレの前に座ったセシリア嬢にいつものことだと、あとを追いかけてきた若い従僕はため息をつきつつ、近くに座る。

「マレさま、私と結婚をしてくださいませんか?」

(直球ですね、今回も)

 アリーナが存在していないかのように、セシリア嬢は続ける。

「わたくしはまだ18歳ですが、アリーナちゃんのことを自分の子供だと思って育てることは苦になりません」

(いや、まあ、まだ12歳であなたと6歳違いなのですが……そもそも、マレとは親子でもないですし……)

 アリーナは心の中でぶつぶつと呟きながら、レトリアとマレの掛け合いを少しぬるくなった紅茶を飲みながら横目に見る。

 マレは真面目な顔で

「セシリア・レトリア嬢。あなたのお気持ちは嬉しいのですが平民である私よりふさわしい人がいらっしゃいます。そのお気持ちだけで十分です」

「いいえ。父親にも相談して、わたくしが好きな人であれば、身分を問わないと仰っていますの」

「そうですか……でも、申し訳ありません。明後日にはこの町を出て、他の国に行くことにしたのです」

「そんなの嘘ですわよね?」

 次の言葉を紡ごうとした時、セシリア嬢の従僕が、

「セシリア様、そろそろ屋敷に戻りませんとダンスレッスンに間に合いません」

「ちっ」

(うわぁ、お嬢様が舌打ち……)

 アリーナは驚きつつも顔に出さないように観察する。

「またきますわ!ごきげんよう!」

 セシリア嬢は可愛らしい笑顔をマレに向けて立ち上がり、大きな胸とドレスの裾を揺らしながら食堂から出て行った。

 アリーナとマレは顔を見合わせ、

「疲れますね……」

 と、ため息をついた。


 嵐のようなセシリア嬢の訪問のあと、ガエウの手伝いをすることなく次々とくる占い希望者の相手をしているうちに夕刻が近づいてきた。

 そろそろ家に帰るため、占い途中でマレに視線を送り、食堂の窓に掛けたプレートを持ってきてもらう。

 希望者が途切れたのを確認し、テーブルの上を片付け始めた。


「ガエウさん、今日もありがとうございました。これ、今日の場所代です」

 と封筒に入れていつものようにガエウに渡す。

「ありがとうな、アリーナ。明後日は何時頃にこの町を出発するんだ?」

「はい。明後日は朝ご飯の後にこの町を出発します」

「そうか……明日は時間あるか?」

「はい、午後でしたら荷造りも終わっているので大丈夫です」

 質問の意図が分からず、首をかしげてしまったアリーナに

「そうか、なら、明日、いつもの時間にきてくれないか?」

「?」

「いや、いままで4年間お客を呼んでくれたお礼がしたくてな。それにここで食事したことなかっただろ?」

 はっと気づいたアリーナは

「確かに……すみません、食堂なのにお食事せずにいつもお茶ばかりで……」

 と頭を下げた。

「いやいや、そういうつもりじゃないんだ。あの時間は俺ものんびりできる時だったので、逆にありがたかった。だから、最後くらい、この国の名物を食べて行ってほしくてな」

 ガエウの心遣いに嬉しくなったアリーナは、

「ありがとうございます!明日、楽しみにしていますね!」

 と元気よく答えた。その答えにガエウはほっとして、

「おう!今まで以上に腕を振るって美味しい料理を作って待っているからな!」

「はい!それでは、明日また」

 アリーナとマレは一礼して帰宅の途についた。

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