中
『私から誘ったのにごめんね』
『気にしないで、おばさんの看病の方が大事だよ』
幼馴染みのお母さん、金曜日くらいから咳が出始め、昨日の夜には熱が出てしまったそうで、お父さんも仕事があり、幼馴染みの他に看病できる人がいないようだ。
『また今度、改めて行こう』
『……いいの?』
もちろんと送ると、本当にありがとう、ごめんと返信がきて、それで終わった。
さて、どうしよう。
正面にある窓を、何とはなしに見る。
ちょうど京浜東北線と並走していたみたいで、片手でつり革に掴まり、スマホをいじっているサラリーマンの姿が見えた。
最寄り駅から乗り換えて、僕は今、山手線に乗っている。
約束の時間まで四十分あるが、早めに出た為に、もうそろそろ上野に着く。
幼馴染みの連絡はちょっと遅かったけれど、別にいい。
あんまり上野に来たことないし、特にやることもない、ぶらぶら観光でもしようかな。元々、上野恩賜公園に行く予定だったし、ひとまずそこに向かおう。
広くて大きい上野駅は改札もたくさんあるけれど、目的地へは公園口から出たらいいみたい。
よく晴れた日の日曜日ということもあって、どこもかしこも家族連れでいっぱいだ。小さい子供が「しろくまさんたのしみー」とか言ってるから、動物園に行くんだろう。
僕も行こうかなと考えながら、何となく歩いていると、看板がいくつか立て掛けられているのが見えた。
美術館や博物館と、公園内には色々あるらしい。
そっちでもいいな、と見てたらその中に、牡丹園の看板があるのが目に入る。
神社の境内にある庭園みたいで、今は何か展示もやってるらしい。
きっと撮り応えありそうだと、そこに向けて歩きだした。
「大御所様ー! 大御所様ー!」
「……?」
そんなことを叫ぶ若いお兄さんと途中、足早にすれ違いつつ、五分くらいで大きな鳥居の前に着いた。
『鳥居の前では一礼を』、そう書かれた幟があったから一礼して、鳥居の下を潜る。
目的地はすぐ傍だ。
──楽しみだね。
──いっぱい写真撮ろうね。
目の前を歩いていた女の子二人が、そんな会話をしているのが耳に入った。
本当なら、幼馴染みと交わしていたであろう、その会話。
「……」
ふいに、幼馴染みの顔が頭に浮かぶ。
今日という日を楽しみにしていたのに、来られなくなった幼馴染み。
そんな彼女を差し置いて、牡丹を撮っていいのか。
「どうしたんだね、少年。こんな所で立ち止まって」
くいくい、と服の裾を掴まれる感触と共に、がらがら声が下からした。
何だろうと視線を向ければ、
「通行の邪魔だよ、さっさと歩きたまえ」
二本脚で立つ、なんかふてぶてしい感じのたぬきがそこにいた。
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