耐性があるんじゃなくて鈍いだけ

 淡海の方との面談から十日。

 松平元康との面談からは四日。


 側室淡海の方付き侍女 野分の初花姫付きへの転任正式決定の下知があった。

 

 淡海の方配下では、本来の野分のお陰で一気に色んな人と親しい知り合いからスタートしたような感覚だった。

 対して初花姫の座所は野分にとってもほとんど未踏の地。野分の知識に頼れない以上は、どうにかして自分でコミュ力を発揮していかなければならない。


 しかも姫に待っているのは、生前の初花姫に仕えていた女性たちのはずである。

 初花姫とうっすら微弱に対立する女性に仕えていた侍女が単身乗り込んでいくのだから、正直言って不安だ。


 ……めそめそ言ってもどうにもならない。


 むしろ初花姫の側仕えという立場は、 私にとっては都合がいいのだから前向きに考えよう。

 

 彼女こそがゲーム世界の中心であり、これから起こるであろうイベントの震源地だ。今後の時流を見極めたいなら、姫のそばに侍るのが一番確実だ。

 例え巻き添え死の可能性が高まるとしても、彼女から離れすぎるとモブキャラたる野分は実体の存続さえ危ぶまれる。駿府の市街地の門から先に行けなかったことから、姫を起点とする姫の活動範囲の外は、システム自体の認識から外れてしまうと仮定できる。

 結局のところはどうなるかわからないから、システムに保護されている主人公様のおそばが一番という結論に至った。


 私と混ざる前の、野分個人にとっていいことかどうかはさておかなければならないのは唯一心苦しい。

 これから私が起こす行動のひとつひとつは、野分の心に適うことではないかもしれないし、 彼女自身の目指すところとはまったく見当違いかもしれないのだ。

 彼女と話すことができたらいいのに。彼女の体と知識と立場をフルに乗っ取ってしまっていることを、せめて謝って、釈明して、お互いの落としどころを探ってから諸々の行動を起こしたかった。


 腹を割って話せたらいいなと思うのは初花姫に関してもそうだ。

 

 この「戦国乙女天下を征く!」の主人公は初花姫。

 であるが、彼女の体には現代日本の OL が降霊しているとい設定のはずである。

 変更はできるが悠月ゆづきというデフォルトネームもついている。

 初花姫の中身がゲーム上の悠月という人物であるなら、新人の侍女からこの名前が出たら何かしらの反応があっていいはずだ。


 うまくすれば、置かれた境遇をあるていど分かち合って、親しくなれるかもしれないのだ。

 嘆いてばかりではいられない。


 私は燕と同室だった部屋から荷物を引き上げ、初花姫の居住区域に新しく一人部屋をもらった。

 



 部屋に荷物を置いてすぐ、「初花姫にお目通りして挨拶を」 と促されて、この世界初日に初花姫と出会った奥座敷の手前の部屋へ通された。

 


 この控えの間での待ち時間で、最側近の侍女三人との顔合わせの場が設けられた。


 この三人衆とさえ角を立てなければ、それほど間を置かずに二の丸にも馴染めるだろう。

 女ばかりの職場で特別に紹介される人というのはそういう重鎮と相場が決まっている。

 バイト先で最も敵に回してはいけない古参のパート集団がいるように、彼女たちもまた自らの職場に深く根付いて、奥向きの権力を握りづめにしているのだろうから。


 その三人のうち、

 最も年かさの女性は恵円尼けいえんに。在俗の尼僧で、今川義元の母親である寿桂尼じゅけいに様――館内では大方様おおかたさまと呼びならわされている――からの推薦で初花姫付きとなった。

 三十になるかならないかの女性が八柏やがしわ殿。今川家の中堅どころの家臣の妻の妹だか従姉妹だかだという。

 もうひとりは、二十歳くらいの妙齢の女性で、琴比奈ことひなと名乗った。


 一通りの紹介を終えるやいなや、


「ふつうですのね」


 私の頭から膝辺りまでをちらっと見た琴比奈が、そう言って一人ころころと笑い出した。


「姫様達てのご希望で召し上げられた方というからどんな女傑かと噂になっていましたけど……」


 琴比奈は 「ねえ?」と、あとのニ人に向かって同意を求め、年長者たちが沈黙を守っているのを見てまた笑っている。

 これはばかにされているんだろうか。小さい子が生意気を言っているようなトーンに聞こえて、そんなに堪えてこない。


 ただ間違いなく、侍女の中でのカースト制度とマウンティング行動が前職より露骨だ。

 ちょっと手厳しい人や小言がうるさい人がいるくらいで全然いじめとかマウントとか身分がどうとかがなかったので、もはや新鮮でさえある。


 言い返すタイミングを失っていると、八柏殿がつと膝を進めてきた。


「野分殿のこと、姫様と同じく我らも待ち明かしておりました。以後、共に精進して参りましょう」

「はい、どうぞ良しなに」

 

 黙ったままじっとやりとりを見ていた恵円尼が、奥座敷に続く襖を開いた。

 面通しはこれで勘弁してやる、という意思表示のようだ。


 結局きちんと挨拶してくれたの八柏殿だけだな……


 なんとも言えない気持ちのまま、私は姫様のいる座敷へ入室を果たした。

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