ここはどこあなたは誰2
目的の場所に着いてみると、 同じ理由で集められたらしい女たちが立ち働いていた。
急拵えの座敷の奥には、初花姫がいる。脇息にもたれかかった腕に顎を載せ、 体を伸ばして寝そべっている。
どうしてだろう。知っている顔だ。女中としてではなく、“私”が、絶対に見たことがある。
姫の見回り品を整えるふりをして近くに寄ってみて、横目に盗み見る。
初花姫の濡れたような黒髪に、薄紫の蝶の髪飾りが挿さっている。……その蝶の意匠をどこかで見たことがある気がする。今川家、黄泉返りの絶世の美女。どこかで聞いたことのある設定だ。
当の初花姫は自分のために動き回る人々を落ち着きなく見回している。盗み見がばれないようなるべく顔を伏せて作業をしていたものの、姫の目がついに私に留まった。
ジッ……と、察しろとばかりにガン見されている。近くにいたせいだ。適当な頃合いで離れておくべきだった。
助けを求めてちらっと姫とは別方向へ目をやると、その先に燕がいて、私に向かって一瞬顎をしゃくった。姫が見てるぞ、という仕草だった。
仕方なく顔を上げ、姫に目礼する。
彼女は相手が自分を敬ったと見るや、取りすがるように私の肩を掴んで、泣き出した。
「ここはどこなの」
儚げな佳人の縋るような眼差しに真正面からぶち当たって、息が止まるほど驚いた。
…………思い出した。
緑の着物の平安貴族。今川義元公。この人の顔がそもそもフックだったかもしれない。よくよく思い出してみたらイラストレーターが描いた立ち絵そのまんまの顔なのだ。今川義元も、この初花姫も。
さっきまで女中のものと混在していた意識がはっきり“私”側を主体として働き出したのを感じる。
数あるソシャゲの中でも屈指のクソゲーと名高い女性向け恋愛シミュレーションゲーム「戦国乙女天下を征く!」(サービス終了済み)の世界。
私はそこにいるらしい。
さっきまで女中のものと混在していた意識がはっきり“私”側を主体として働き出したのを感じる。
数あるソシャゲの中でも屈指のクソゲーと名高い女性向け恋愛シミュレーションゲーム「戦国乙女天下を征く!」(サービス終了済み)の世界。
私はそこにいるらしい。
さっき変な夢……と思いながら上空から見た儀式は、このゲームのシナリオの入りそのままのシーンだ。
あの儀式の名前は「
つまり、 とある武将類縁のとんでもなく美しい姫の死体に主人公が乗り移った状態でゲーム本編がスタートする。
話の筋はうろ覚えだが、確かなのは、ここが史実とはまったく違うなんちゃって戦国時代の世界だということだ。
イケメン化された有名武将たちは活躍した年代の違いなど何のその、 同じ時代に全員が青年期か最盛期を迎えており、みんなしてかぐや姫も真っ青の傾国の美女である主人公を取り合う。 嫡男あるいは当主たる男たちなのに他の女の影さえないご都合主義の世界。
そのゲームの主人公と同じであろう現代日本からやってきた私であるが、しかし当然といおうか、私は主人公ではない。
今目の前にいる彼女、初花姫こそが「戦国乙女天下を征く!」(サービス終了済み)の主人公だ。
ゲーム上、主人公のモチーフは蝶と決まっていた。アイコン変更は可能なものの主要なマークとして用いられていたのはそうだ。薄紫の、何の種類であるかというのはまったくわからないメルヘンな形の蝶。
髪飾りに見覚えがあったのはそのモチーフとそっくり同じだったからなのだ。
主人公が内心で 「もしかしてこれは前世?」とか「でも姫としての記憶がある……」 とかやっているシーンがあったはずなので、本人も自分が現代日本人の人格なのかなんちゃって戦国時代の姫の人格なのか暖味なところがある、という設定だったはず。
シナリオ冒頭にある一連の降霊シーンを、「あ、 そういう展開だったっけ」 と今さら納得している今の私のように、彼女も今は混乱しているのだ。
「ねえ、聞こえてる?」
頭を駆け巡る情報量に固まっている私を、やや不審そうにして姫が言う。今さらながらすごい美人だ。花も恥じらい月も隠れてしまうほど、と讃えられるだけはある。
その彼女に対して居住まいを正して頭を垂れる。中身が本物でない可能性は大いにあるが、それでも相手は今川義元公の従姪の初花姫なのだ。
「失礼いたしました。こちらは今川治部大輔様のお館でございます」
聞いておいて初花姫は明らかに「誰それ?どこそれ?」という顔をした。状況の訳のわからなさのせいか、辛そうに顔をしかめ、白い手で口元を覆って絶句している。
眉根を寄せた憂いの顔がまた、儚げな美貌に拍車をかけている。なんとも美人だ。
しかしやっぱり中身は現代人で本物の初花姫ではないようだ。
「まだお体が本調子でいらっしゃらないところ、御前をお騒がせし申し訳ございません。室内のお仕度が済み次第、皆引き取りますので今しばらくご辛抱くださいませ」
こんな言い回しがするっと出るのはこの体の持ち主の功績に違いない。倉庫の棚卸バイトとイベントの短期バイトしかしたことないのにガチガチの敬語なんか出てくるはずがないのだ。
「あの…………」
「姫様。ただちに侍医が参りますから、それまではわたくしがお話の相手をいたしましょう」
姫が何か言いかけた。が、私の後ろから細江殿が出てきて優しい声で姫をあやしにかかり始めた。
ありがたく後を譲って姫に黙礼し、私は年代の近い女中仲間の方に合流した。
その後の作業は急ピッチで進められた。
各種の着物とそれに付随する小間物類を満載した複数の桐箱、漆塗りの鏡台と化粧品、姫の死が秘匿されている間にも続々と届いていた姫への貢ぎ物等々が運び入れられ、設置され、整理されていった。
いつの間にか来ていた侍医が姫に何か質問している様子があったが、生憎そちらばかり見ているわけにはいかなかった。
作業から解放されると、今日はこれでお役御免とお達しがあって私たちはそれぞれの部屋へ下がっていいことになった。
食事を摂りに行くという同僚たちに「倒れたあとで食欲がない」と断って、私はひとりでさっき寝かされていた部屋に戻ってきた。
状況に流されてついふつうに働いてしまったが、色々と考えなければいけないことが溜まっている。
取り急ぎは自分のことだ。
今の私は、今川義元公側室付きの侍女で、名前は
例の姫様の「魂降し」の影響範囲内にいて、 うっかり取り混ざってしまったのだろうか。
野分は降霊術の現場にいて、 急に“私” という別人格が混入されたショックで失神した。介抱を受けて起き上がったときには既に中身は今の状態になっていた。
現状、野分としての知識や記憶はしっかりとある。 もともとあったはずの彼女の人格を、 今は私が上書きして取って代わった状態になってしまっているようだ。
そもそも私はどうしてここに来てしまったのか。
主人公がこっちの世界に来るきっかけを考えてみると、彼女は現実の世界で瀕死になったせいで呼ばれてしまった、というような感じだったような気がするのだ。
そうなると私も死んで…………
夢だと思ってたけどマジでこれが私の死後の世界だったりするの……?
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