第13話 ちょっとした異変

 メリヤスが俺についての説明をシャイナにした――。


 その間、俺は左頬の手当てをウールから受けていた。氷を入れた袋で冷やしてもらった後に、何かの薬草を調合したような塗り薬を塗ってもらって、ガーゼを貼ってもらった。


 そのおかげで、痛みはすぐに引いていった……。もうガーゼの上から軽く叩いてみても痛くない。けれどそこで同時に、異変に気づく。


 おかしい、何故この俺が傷を負っているんだ――。しかも寝ている時の俺がだ――。


 圧倒的な体力と生命力、生半可な打撃では傷を受けないのはもちろん、仮に傷を負ったとしてもたちまち再生してしまう。それに加えて、睡眠中無敵のスキルを持っている。寝ている時の俺の魔力は特殊な性質を持っていて、あらゆる攻撃を遮断するはず……。


 それを超えてくるほどの化け物じみた力を、目の前の女の子が持っているのか――。


 あり得ない。見たところ普通の獣人族の女の子。たぶん16歳か17歳くらいの。特殊な雰囲気もないし、筋肉質な体もしていない。じゃあ、一体どういう理屈で俺は傷を負ったのだろう…………。


「――というわけじゃ。簡単な説明だったが、分かったかシャイナ?」


「全然分かんないわよ。というか信じられない。それって本当の話なの?勇者とか言ってこいつに騙されてるんじゃないの?」


「まだ言うか。ワシとウールがこの目でステータスを見たんじゃ」


「ステータス?」


「そう、勇者様の。それはそれは凄い数値をしていて、正しく天下無双というに相応しい……」


「ふーん。じゃあ、私にも見せてよそれ」


 またしても俺の顔の前に手をやって、挑発するように手を動かすシャイナ。


 それにはさすがの俺もむっときてしまって、軽く手を払いのける。


「やだね。ステータスは人に見せるもんじゃないんで」


「は?おじいちゃんとウールには見せたんでしょ」


「お前にはやだ」


「何よその態度。自分が何したか分かってんの?」


 腹が立ったという理由もあるけれど、他人に自分のステータスを見せないというのは当たり前のことである。俺にはそれはないけれど、ステータスを見れば人の弱点が分かってしまう。信用する者にしか見せてはいけないものだ。


「こらっ。いい加減にせんかシャイナ。今さらお前が何と言おうとも作戦は変更せん。強い勇者様を、弱いけどこの辺の地形に詳しいお前が案内する。この形が1番。だから、態度を改めて……」


「私が弱いですって?聞き捨てならないんですけど。何も知らないくせに」


「勇者様もお願いします。こんなやつですが、どうか面倒見てやってください」


「まあ、俺は別に誰とペアでも構いませんけど……」


 メリヤスはもうやってられないという様子で、あくびをしながら部屋から出て行った。シャイナはまだ納得いっていないようだが、深夜に起こされたメリヤスとしてはもうさっさと寝たいのだろう。


 メリヤスが出ていった部屋では沈黙が流れる。時計の針の音がやたらはっきりと聞こえる深夜の一室……すぐにその沈黙に耐えられなくなったウールもメリヤスの後を追って足早に出ていく……。


 そして、そんな部屋でまたシャイナと2人きり。


 俺も寝直したいのだけど、腕を組んで何やら結論を出そうと考えているシャイナの次の言葉を聞く義務が俺にはある気がした。


「……まあ、いいわ。あんたとペアを組むのは呑んであげる」


 その言葉は俺にとって意外であった。どういう考えをしているのかは知らなかったが、てっきりまた怒鳴り始めるものだとばかり……。


「ふーん。じゃあ俺も寝るわ」


「ちょっと待ちなさい。どこ行くつもりよ」


「もうお前の部屋にはいかねえよ。間違えたって入らねえ」


「そうじゃない。あんたみたいなのとたとえ別の部屋でも、一つ屋根の下眠れるわけないでしょ」


「は?じゃあどうしろってんだよ?」


「こうするのよ――」


 そう言うと、シャイナは俺を強引に部屋から押し出して、その勢いのまま玄関へと運んだ。


 一応は居候の身で、一応は確かに裸を見てしまった俺はそれに強く抵抗できずに外へ放りだされて……俺を外へ出すやいなや、シャイナは玄関の鍵を閉めた。


 強く扉を閉めた後、遠ざかる足音に対して俺は何も言わなかった。また夜空の下で1人になったなと空を見て思って、ただ1つ大きなため息を吐く。


 そして行く当てのない足は、酒場のほうへと俺を運んだ。

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