第12話 夜の事件

 俺はベッドの上で薄く目を開けた……。


 理由はない……。俺が開けたのではなく、目が勝手に開いたのだ……。


 広がった暗闇という景色。その中で、自分の目が開いた理由を探す。重いまぶたをなんとか半目のままキープして……。


 何か大きな音が聞こえた気がする。高く短い音だった……ような……違ったような……。


 あれは誰かの悲鳴か……それとも夢でも見ていたのだろうか……夢……そうだ、きっと夢だな……。


 ぼんやりした頭でその結論まで至った俺は、再び目を閉じる……。


「きゃああああ!!」


 しかし次の瞬間、今度は明らかに聞こえたその悲鳴で一気に目を覚ました――。


 俺はベッドの上からぶっ飛んだ。そして、上手く受け身も取れずに、床で数回転がる。


 驚きから、体が無意識のうちに反射で動いたのか。寝ていた俺は転がりながら一瞬そう思った……否、物理的に吹っ飛ばされたのだ。


 おそらく、悲鳴の主によって……。


 床に倒れたまま、はっきりと目を開けると、そこには月明かりを受ける女の姿があった。


 ウールやメリヤスと同じように頭にはヒツジの角。俺をにらみつけて、右手を大きく開いている。たぶん右手は俺をビンタしたときのままなのである。


 左頬にじんじんとし始める痛みがあった。きっと早くも赤くなって腫れてきている。


 そして、女の左手はというと乳房を隠すのに使われていた。


 パンツは履いているものの、それ以外に布で隠れている部分がない女。その女は何故だか裸だったのだ――。


 えっと――。どういう状況だこれは――。


「きゃあああああああ!!」


 もう1度、大きく放たれる悲鳴。


 他の部屋からウールとメリヤスの2人が駆けつけてきて――。


 気がつくと俺は、ウールとメリヤスと謎の女、3人を前に机を挟んで座っていた――。



「――紹介します。私の孫娘の1人、シャイナです。ウールとは双子の姉妹で、冒険者を目指しております」


 確かな時間は定かではないけれど深夜。目をこすりながらメリヤスは言った。


「へー。お孫さんですか……ウールちゃんとは双子……」


「はい。冒険者になる為、現役の冒険者に弟子入りして旅に出ていたのですが、来週に迫った魔物討伐に参加しようと帰ってきたところです。な、シャイナよ」


「………………」


 服を着た様子のシャイナは、さっきと同じ目でずっとこちらを睨んでいる。何も言わず、眉間にしわを寄せたままむすっとしていた。


 言われて見ると確かにウールと似た顔をしている。違うのは髪の長さがロングではなくショートなところと、ちょっと目と眉がつっていて若干きつい印象を受けるところか。それは怒っているからかもしれないけど……。


「本当は明日というか今日の夕方に帰ってくる予定だったんですけど、早く着けそうだったので夜通し歩いてきたらしくて……」


「それで、俺は何でこんな目に遭わされたんですか……」


 まだ痛む左頬を抑えながら言う。かなり怒りを向けられているようだが、納得がいかない。俺はただ寝ていただけなはずなのに、気持ちが良い眠りを妨げられたは疎か、まるで夜這いの犯人として裁かれるような状況になっているではないか。


「はあ?何よその態度?あんたが悪いんでしょ。ってかこいつ誰?何で普通に家にいるの?私にもちゃんと説明してよおじいちゃん」


「そんな風に指を差すのはやめなさいシャイナ。この方が誰なのかは見て分からんか?」


「ええ、それってもしかして……本物ってこと……。気にはなってたんだけどまさか起きてる訳はないし」


「起きられたんじゃよ。つい先日。この方は我が村の守り神、安眠様じゃ」


「えええええ!?マジで!?」


 その勢いで立ち上がるほど驚くシャイナ。立ったまま、今度は見下ろす形で俺を睨む。


「…………。本当に……本当に安眠様?」


「本当に本当の安眠様じゃ」


「…………。安眠様が起きてるのも驚きだけど、じゃあそれが何で家にいて、しかもこんな私のベッドで寝てるような変態なの。ますます意味が分からない」


「私のベッド?変態だ?」


「だってそうでしょ。何が違うのよ変態」


「俺はお前のことなんて知らなかったんだよ。ただ用意された部屋で寝てただけだ」


「いえ、それは違います安眠様。さっき安眠様が寝てた部屋はシャイナの部屋で、安眠様にご用意した部屋はその隣です」


 そこで初めてウールが深夜の話し合いに参加した。


「え」


「おそらく、部屋に入るなり寝てしまって気づかなかったのでしょう。部屋が間違っていることに。布団も洗い立てでしたし、違和感を覚えなかったと思います」


「え、本当に?俺、部屋間違えてたの…?」


 状況が変わって、血の気が引いていくのを感じる。メリヤスのほうを見ても、この件を弁明しようとはしていなかった――。


「ほら、やっぱり変態じゃない。どうしてくれんのよ」


「いや…………。だとしても、俺は計画的に犯行した訳じゃないし、寝てただけで殴られる筋合いはないね」


「そうよ、シャイナ。寝ている人を叩き起こすなんて良くないわよ」


 さっきは冷たい感じだったが、今度は味方してくれるウール。この子はどっちの味方なのか分からない。


「まあ、お互いを知らなかったことと、シャイナが早く家に着いたり、安眠様が部屋を間違えるという偶然が重なった事故のようなものですな。ほらシャイナ、今度の魔物討伐ではペアを組んで頂く予定なんだから仲良くしなさい」


「ペア!?こいつと!?」


 またシャイナは俺の顔の前で指を差して、驚く。そして、驚いた理由は俺も初耳のことであった。


「村長として作戦会議に参加したときに2人1組で動いてもらうことが決まって、お前のおじいちゃんとしては、討伐作戦に参加する人間のなかで最も下っ端のお前と、作戦に参加する中で最も強い人にペアを組んでほしいんじゃ」


「それってつまりこいつがめちゃくちゃ強いってこと?そんなアホな。見たところ村の守り神だと思ってたら、しょーもない低級の精霊でしたってところじゃないの?」


「それがな……シャイナ……」


「冗談じゃないわよ。ちゃんと1から説明して――」

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