第11話 この世は俺の物

 その宴は長く長く催された。次の日も、そのまた次の日も―。昼夜問わず、村人たちが入れ替わりに酒場に訪れて、酒と料理とうるさい時間を過ごした――。


 俺もかなりの時間その宴へ参加した。主役として扱われた俺は何もかもを忘れて酒に没頭した。疲れたら寝て、起きたらまた酒を飲む。数日間そんな生活を送った。


 俺にとっては初めて会った人達だけれど、村人たちにとって俺は親しみのある神様。かなりフレンドリーに接してきて、隣に座りたがる人はたくさんいたし、じゃんじゃん酒も注いでくれた。


 それがすこぶる気分を上げてくれて、俺も村人たちに心を開くのに時間はかからなかった。


 大人数で肩を組んで乾杯し、好き放題にべらべらと何でも喋った。既に自分が勇者だということがバレていたのを問い詰める隙も無かったので、もういいやと自分の武勇伝やらも胸を張って語った。


 話を聞く人達のリアクションも良かったので、自分が話してばかりになった。こちらが聞きたい話もたくさんあったのだけど、人の話は右から左へ通り抜けた。仮に聞いてもすぐに忘れる気がしたし。


 そうしている内に、胸に抱えた不安は無くなっていた。酒に酔っている今の一時だけの感情かもしれないけど、何でもできる気がした……。


 今が楽しければ後はどうでもいい。このまま死んだって別に……。そんな気持ちで鬼のように何リットルもの酒を飲んだのだった……。



「――あれ?もう皆終わり?」


 宴が始まってから3日目の夜に俺は笑いながら言った。


「もう俺は限界だよ……」


「私もさすがにもう飲めないわ……」


 時刻はまだそこまで遅くない。にもかかわらず、昨日や一昨日よりも疲弊しきった村人たちの姿が周りにはあった。テーブルに突っ伏して、グラスからも手を離してしまっている。


「まだ全然飲んでないのに」


 そんな中で俺は休むことなく肉を喰らい、酒を飲む。


「今日はもう僕、帰ります」


「あたしも……吐きそう」


 長い尻尾が生えた眼鏡の男と、ウサギの耳が生えた女が目の前から立ち上がって店の方へ出ていった。


 それを皮切りに、他のテーブルに座っている人も続々と帰り支度を初めて、店を出ていく。カウンターの方を見ると酒場のマスターも料理を作る手を止めて、休んでいた。俺以外は解散の流れに入っている。


 さすがに連日連夜の宴で、皆体力を消費してしまっているらしい。


「安眠様、おやすみなさい」


「明日も飲みましょう!」


「うん。また明日」


 まだある程度元気が残っている人は俺の肩を叩いて出ていった。頬を真っ赤に染めて、足をふらつかせながら……。


 さっきまで賑やかだったのに一気に静かになった酒場。残っているのは本当に店で眠ってしまている人だけ。そんな人を見ながら、俺は残っていた酒を一気飲みで腹に入れる……。そして……。


「まあ、しょうがないか。3日連続だもんな……」


 腕を組んでそう言った。


 自分はまだまだいけたけど、外に出た俺はメリヤスとウールの家へ真っ直ぐに歩き始める。今の自分の仮宿へ、上半身のストレッチでもしながら。


 眠って体力がついたからか、酒がいくらでも飲める体になっていた。元々酒に強いほうだったけど、飲んでも飲んでも気持ち悪くなったり二日酔いしたりすることがない。今の俺にとって酒は、ただ気分を良くしてくれてぐっすり眠れるようになる夢のような飲み物になっていた。


 また明日もこうして酒を飲んで、帰って寝るという生活を送れる。なんて幸せなんだろう。俺が望んでいたのはきっとこれだ。


 夜の帰り道、俺は1人でにやける。


 それでもう少ししたら、ちゃちゃっと近辺の魔物とやらを最強になった力で退治してやって、また称えられて宴が始まる。


 その後も適当に魔物を倒して金を稼げば優雅な暮らしを手に入れられるだろう。俺の人生勝ったようなもんじゃないか。


 何一つ問題はない。不安に思うことは一切ない。


 夜空の星を見ながらそう思った。この星も全て俺様のものだ。


「帰りましたー!」


「おかえりなさいませ。勇者様。お風呂の準備ができておりますよ」


「ありがとうございます。入ります」


 家に帰れば温かい風呂に浸かって、鼻唄を歌う。疲れてない体でも温かい湯は気持ちが良くって、心地良い眠気もじんわりと身に染みてくる……。


「安眠様、今日も替えの服を洗濯しておきました。横のカゴに入っております」


「ありがとうウールちゃん……」


「布団も日中外に干しておいたので、よく眠れると思います。あと、お風呂上がりのお水どうぞ」


「うわ、気が利くね。…………。じゃあ、俺眠いからもう寝るよ」


「はい。おやすみなさい」


「おやすみ……」


 風呂から出れば、かわいい娘が出迎えてくれて、おまけに氷の入った水をくれる。幸せを絵に描いたような光景だ。


 そして、酒を飲み終わって一息ついたときに訪れる眠気に身を任せて……ベッドに直行する。


 そこで待っているのは数ある幸せの中でも1番幸せな瞬間。眠りに入る時間だ。俺用に空けてくれた部屋で大の字になると、また俺はにやけて……目を閉じる。


 明かりを点けることなく、暗い部屋に収まると……俺はヒツジを数える間もなく眠りに落ちた……。


 深く深く…………………………。


 温かい布団でぐっすりと…………………………。


 …………………………。


 全てが完璧だと眠る前にも思った……。


「きゃあああああああああああ」


 しかし、その日は朝が来る前に悲鳴で目を覚ました。

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