第10話 今の自分の状況を考えてみればちょうどプラマイゼロな気がするが、どうなんだ?これは?

 メリヤスの家を出て、森の方へと歩けば、すぐに静かな自分だけの空間に身を置けた。


 村の方から音が聞こえてこないくらい離れた場所の大きな木の下、背中を預けて座れば、俺はぼそりと声を出す。


「どうなんだ?これは?」


 自分の脳内にある気持ちをそのまま言葉にしたものだった。俺は今、現在の自分が置かれてる状況をどう捉えていいか分からなくなっていたのだ。


 今のところの俺の価値観では1000年間の眠りの呪いから目覚めたこの状況がちょうどプラスでもマイナスでもないフラットなものに感じる……。


 綺麗にちょうどプラマイゼロ――。


 1000年間眠った、つまり1000年先の未来に思いもよらず飛ばされたようなもの。俺が得ていた富と名声は消え去って、親しかった人や大事な人と二度と会えなくなった。その事実はもちろん悲しい。


 未だこの世に自分の手にした物が無いということを実感できないにも関わらず、それについて考えれば絶望で頭が真っ白になってしまうほど……。


 けれど、一般的な感覚よりはその絶望は小さい気がする。何故なら俺には血の繋がった家族やかけがえのない仲間、結婚を約束していたような恋人といった存在がいないからだ。


 俺は冒険者を志して旅を始めてからずっと1人で旅をしている。共に旅をする仲間を作ったことが無くて探したことも無い。それ故に旅の道中で心から大切な人は生れなかったし、生まれ育った村に両親は物心ついた頃にはいなかった。


 どちらかと言えば1人が好きなほうである。そんな俺にも大切だと思える人はいくらかはいた。人間1人だけでは生きていけないし、頑張れない。だから大切な人がいるにはいるが、少ないほうだと思う。


 そして、俺の心を迷わせるのがこの1000年間の眠りから得られたことがデメリットだけではないということだ――。


「ステータスオープン」


 分かりやすく得られたメリットがこれである。思いがけず手に入れた、この人間の限界を超えた能力。もう1度見てみても目がおかしくなったのではないかと思う。


「一体これってどのくらい……」


 気になっていた俺はそこで右手にデコピンの構えを作った。親指に中指を引っかけて力を入れる。


 その右手を自分がもたれている木の幹にもっていって、さらに強く力を込めた。


「さすがに無理だよな……?」


 そう思って放ったデコピンは……鋭い音を立てて、直径1m以上はあろうかという木の幹を一瞬でへし折った……。


 葉音を激しく立てて倒れる木、近くの木にいた鳥たちは飛び立って、俺の足下には虫が落ちてきた…………。


 …………………………………………。


 なんだか夢を見ているようだった。眠りから覚めたばかりだというのに。


 全てが作り物に見える。それは起きてからずっとのことである。寝て起きたら世界も自分も大きく変わっていたなんて現実感がないのだ。それもこの状況をどう捉えていいか分からない理由だ。


 何かの拍子に夢から覚めて、また魔王軍の残党を討伐していく旅が再開する。そんな気がする。


 でもこれは現実で、頬をつねってみても痛いだけ。もうあの忙しい日々からは解放されたのだ。さらにメリットであると思えるのがこれである。もう終わりの見えない日々を頑張らなくてもいいのだ。


 あとは…………普通に生きていたら絶対に無理であった1000年後の未来を見ることができることが楽しみであったりする。もう既に知らない魔法アイテムを見たし、これからあんな感動がいくつもあると思うとこの先の生活も悪くない。


 考えを整理してみればメリットの方が多い気がするけど、俺は別に強くなることも未来を見ることも望んでいなかった。元から自分の強さには満足していたのに、これ以上強くなったからなんだと言うのだ。


 だから、もし今1000年前に戻って、世界が変わる代わりに強くなって未来にいけますと言われたら凄く迷う。


 とにかく、ちょうど喜ぶでも落ち込むでもないんだこの状況は――。


 俺は切り株になった大きな木に座って、昼飯で膨らんだ腹がまた減ってくるくらいの時間を過ごした。


 森の中なら何も変わっていない世界を眺めながら、頭の中で色んな思考のアプローチをしては、ああでもないこうでもないとやめる。時折、頭をからっぽにしてただずっと座っていた。


 ポジティブに考えるのなら、化け物じみたこの力で適当に無双して荒稼ぎした後に悠々自適な生活を送って幸せ…………けど、それも何か違う…………もしかしたらこの世界には過去に戻る方法もあるかも…………でも無理に頑張ってまで過去に戻りたいとも思わないな…………。


「じゃあ、俺のやりたいことってなんだろう?」


 気付けば、最初にここに座ったよりも随分が太陽が低い位置にあって、そろそろ戻ろうかと思った時に辿り着いた疑問がそれだった。


 自分で思っておいてなんだが、難しい質問だ。まず最初に思いつくのが俺がこんなにも頭を悩ませる理由を作ったあの呪術師をぶん殴ってやりたいってことだけど、復習を目的に生きようにも当の呪術師は確実に死んでしまっているのだ。


 じゃあ次はと考えてみても前回眠る前の欲求が浮かんでくる。それはもうよく考えなくても無理なことばかりで。また思考が行き止まる。


 そんな中、最終的に残ったやりたいことがいっぱい食べて、いっぱい眠ること。それだけだった。結局それかよと自分にツッコミたくなるようなことである。とても生きる目的にはなりそうもない――。


 メリヤスやウールを心配させるようなことになってはダメなので来た道を戻る。ポケットに手を突っ込んでぼーっと歩いた。まだ終わらない考え事と共に。


 もう笑うしかないのかもしれない。いくら考えたって無駄そうだから、とりあえずただ今を思うように生きてみて、何かが変わるのを待つしかないないのかも――。


「勇者様、遅かったですね。宴の準備ができておりますよ。さあ、こちらへ」


「宴?何のですか?」


「勇者様復活と我々の村が魔物の手から救われた祝いです。村の者もたくさん集まっております」


「え、ちょっと」


 メリヤスの家に戻るやいなや、俺はメリヤスに引っ張られるような形で村の酒場へ案内された。入るとそこには、村民らしき獣人族がたくさんいた。大人も子供も、女も子供も。既に酒瓶やジュースを手に持って。


「我らが勇者様が来られたぞ!10日後に我らの村を救ってくれるお方じゃ!」


「待ってました!」


「うおおおお!安眠様!勇者様!」


 その人たちはすぐに拍手を始めて、俺を中央の席へと導いた。皆が注目を集める中、期待に応えない訳にもいかなそうだった俺は拳を上げる。


 さらに沸き起こる拍手と歓声。俺の目の前には大量の料理とお酒が運ばれてきて…………そこからのことはもうよく覚えていない。

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