第29話 ハンバーガー

 空に浮かんだハンバーガーがケチャップを飛ばして来る。

 アレに当たるとマズイ。絵的には遊んでいるように見えるかもしれないが、俺とユエは必死だ。

 ケチャップのまき散らしがひと段落ついた隙に、大きく真上へ跳躍する。

 

「三の業 乱舞風撃」

「三の業 抜刀つばめ返し」


 扇から青と紫の三日月が幾重にも飛び交いハンバーガーのパテを削る。一方でユエの抜刀つばめ返しがレタスの一部を切り裂いた。

 反撃とばかりに薄切りのピクルスが深々と地面を抉る。中身を撒き散らしながら攻撃するハンバーガーなのだけど、ずっと攻撃を凌いでいても中身が全部無くなってしまうわけではない。

 どこから具を補充しているのかなんて考えたくもないが、予想はつく。

 光が巨人となり、砂に転じハンバーガーになった。となれば、空気中に漂う光の元みたいなものがピクルスやケチャップになってるんじゃないかと。

 っち、今度はマスタードビームか。

 大きく横にステップしてそれを回避し、ようやく青龍刀を構える。


「ユエ!」

「第三の業 極星」


 光に包まれた矢がハンバーガーのど真中へ突き刺さった。対するハンバーガーは怒り心頭と言わんばかりにパカっと口を開くかのように重なるパテを縦に開き、地面に降り立つ。

 開いたパテとパテの間が赤く染まっていく。

 ケチャップブレスか!

 しかし、地に降り立つのを待ち構えていた俺の方が早い。

 青龍刀を横に薙ぐ。


「第三の業 覇竜斬」


 中華風の龍が空へ昇るようなエフェクトが浮かび、ハンバーガーのトマトとパテの一部を弾き飛ばす。

 ノックバックするハンバーガーへ今度は双剣に持ち替えたユエの業が入る。


「第三の業 百花繚乱」


 舞うように双剣を振るい、ハンバーガーへ蓮撃を叩き込んでいくユエ。

 業の効果時間が最も長いのが百花繚乱である。

 つまり、この隙に俺も次を準備できるというわけさ。


 ユエの攻撃によってハンバーガーは鳥にあちこちを啄まれたような姿になっていた。

 あと少し……か。


「ユエ、離れて」


 即反応したユエが背面飛びで俺の後ろへ着地する。

 緊張からジワリとサイを握る手に汗が滲む。

 三、四……五。

 やるぞ。覚悟を決めろ!


「行くぞおお。第三の業 烈風!」


 ハンバーガーの懐へ潜り込み、サイを構えたまま回転する。

 俺の体を軸に暴風が巻き起こり、容赦なくハンバーガーの中身をズタズタにしていく。


『おめでとう!』


 頭の中に声が響き、ハンバーガーの残った体がパアンと爆発する。

 何故か全てがケチャップに変わった状態で。

 ハンバーガーの懐へ潜り込んだ俺にこれを回避する手段はなく、全身ケチャップまみれになってしまう。

 分かっていたことだけど、酷い演出だと思わないか?

 幸い、このケチャップは俺の体にダメージを与えることは無いようだ。

 もしかしたら、このケチャップで体が溶けるんじゃないか、とか考えていたので、飛び込む時に覚悟を要した。


「ロンスーさん!」

「念のため俺の体には触れないでくれ。もし水か何かを持っていたらかけて欲しい」


 心配するユエが俺の名を呼ぶ。すぐにでも水浴びしたいよ、ほんとにもう。

 ユエはティエンランやリーツゥにも協力を仰ぎ、俺の体にドバドバと金丹をかけてくれた。

 高級回復薬で水浴びとか、なんて贅沢なんだ。

 落ち着いたところで周囲を見渡すと、散乱したケチャップだけが残り、他には何もなかった。このケチャップもいずれ砂と化すだろう。

 ユエが穏やかな顔で俺を見上げる。


「これで、全て終わりですね」

「いや、もう一つ、ある」

「この奇怪なモンスターより強いものがまだ?」

「モンスターはもうおしまいだ。行かなきゃならない場所がある」


 そう、俺の新居にね。

 この後、リーツゥから8種類の武器全てで第三の業が使えることを突っ込まれたりしつつ、竜車の元まで戻る。

 念には念を。死んだ目でスナギンチャクを狩り続けた苦労がここで実った。

 せっかく業を覚えるならコンプリートしようって思ってからが長かったよ……。


 ◇◇◇


 ティエンランらが青龍討伐で祝福される中、こっそりと詰め所を抜け出し、懐かしのあの場所へ向かう。

 あとから「何でいなくなったんだ!」とか突っ込まれるだろうけど、聞こえぬ、省みぬ。俺の目的が優先だ。あばよお。とっつああん。


 竜車に乗り、ひたすら進む。目指すは中央大山脈である。

 一度行ったことがあるから、ユエに手綱を任せた。俺? 俺はダメだ。迷う。何しろ一回しか行ったことがないのだから。


「ロンスーさん、とても大事なことを忘れてませんか?」


 前を向いたままユエが問いかけてくる。

 何かあったっけ?

 首をかしげていると、ユエが物憂げに言葉を続ける。


「ロンスーさんの肩に」

「そういや、ハシビロコウのやつがいないな」

「き、気が付いておられなかったのですか!?巨神を仕留めた後からずっといないのです」

「飛べるし、野に帰ったんじゃないかな」

「あれほどロンスーさんを慕っていたのに……」

「ハシビロコウは平和な世になったことを察知したんじゃないかな。それで、大空へ飛び立ったんじゃ」


 正直、ユエに言われなければずっと気が付かなかった自信があるぞ。

 奴とは短い付き合いだったけど……特に可もなく不可もなく……だったな。元気に生きろよ。ハシビロコウ。


 道中は順調で、イノシシなんかにも出会うことができお腹も満たされた。

 石碑の元まで到達したところで、愕然となる。

 石碑から先は大きなクレーターが出来ており、底が見えないほどの深さになっていた。

 天空の城が跡形もなくなくなっているじゃないか!


「な、な……」


 わなわなと崩れ落ちそうになる体を必死で押しとどめるが、声にならない声が出る。口元も覚束かず、まともに喋ることもできなくなっていた。

 そ、そんな。どうしてこんなことが。

 待て、よく考えてみろ。

 いや、考えたさ。宇宙部屋の中で玉座があった部屋に起動スイッチがある。単に起動スイッチを押しただけでは天空の城は浮き上がることはない。

 前提条件はこれは四神が倒れ、宝玉が壊れること。これらを満たして起動スイッチを押せば、地下深くに埋まっていた天空の城は空へと浮かび上がるのだ。


「ロンスーさん」

「う、あ……」

「ロンスーさん!」

「あ、あう……」

「ロンスーさん! どうされたんですか!」

「あうあうあー」

「しょ、正気に戻ってくれないのでしたら、キ、キスしますよ?」


 ユエの顔で視界が一杯になり、そこでようやく多少ショックから立ち直ることができた。

 彼女の肩を両手で掴み、「もう大丈夫だ」と示す。


「すまん。取り乱した」

「そこで元に戻るなんて……ずるいです」

「ん?」

「何でもないです。ロンスーさんはロンスーさんです。元に戻ってくださったのなら何が起こっているのか教えてくださいませんか?」


 コクコクとハムスターのように頷きを返し、天を指さす。

 

「地下に埋まっていた天空の城があっただろ」

「あれは城だったんですね」

「うん。それが、空高くに行ってしまった。想定では中に起動する仕掛けがあって、城に入った後に空へ行くつもりだったんだ。ユエと一緒に空からの眺めを見たら最高だろうなってさ」

「それは……素敵です」


 しかし、国破れて山河あり……じゃない夢破れて山河あり。

 城の中にいさえすれば、地上に降りることだって世界中を旅することだってできるのに。

 天空の城は真っ直ぐ上を眺めても米粒ほどにだって見えてこない。どれだけ高高度に行ってしまったんだろうか。

 これじゃあ、到達する手段がないぞ。天狼伝ゲームでは飛竜に乗って乗り込むんだったっけ。

 飛竜はまだ何匹も生存しているだろうけど、俺に手懐けることはできるだろうか。


 途方に暮れていると。

 ぐばあああ――という鳴き声が聞こえてきた。

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