第19話 弱すぎる四神

「ユエ。来るぞ!」

 

 そう叫び、砂を被らんばかりに勢いよく地面に伏せる。

 時を同じくして玄武がエビの尻尾を高く上げ、振り下ろす。

 地響きがして、奴の全身から衝撃波が放たれた。

 砂埃が舞い上がるものの、伏せた俺の僅か上を衝撃波が駆け抜ける。

 

 ……四、五。

 その間も俺は気力を溜めていた。

 奴の頭と俺の距離はだいたい10メートル前後というところ。

 

 棍を支えにして一息に立ち上がり、構える。

 

「三の業 抜刀つばめ返し!」


 棍を下から斜めに振り上げた。

 すると、棍の軌跡が光の刃となりて、玄武の頭部へ目にも止まらぬ速さで突き刺さる。

 ゴトリと鼻から斜めに斬れた玄武の頭部が地に落ちた。

 

「三の業 極星!」


 間髪入れずユエの声。

 天に向けて放った矢が光り輝く隕石となり、斬れた玄武の頭部を焼く。

 

 ゴゴゴゴゴゴ。ドシイイイイン。

 玄武の体から力が抜け、轟音を立てて地面に崩れ落ちた。

 え、えええ。

 いくらクリア後の最強武器「無何有むかうシリーズ」を使ったとはいえ、余りに脆すぎないか?

 いやでも、ユエの二の業「流星」で怒りの咆哮をあげていたし、かすり傷程度じゃすまなかったってこと?

 わ、分からん。しかし、倒したことが信じられない。

 

「た、倒したのですか……?」


「残った片目は完全に光を失っている……念のためしばらく警戒しよう」


 構えを解かぬままユエが驚愕の声を漏らす。

 俺は俺で半信半疑のまま、茫然と立ち尽くすばかり。口が半開きになっているが、いつでも動けるよう棍から手を離していない。

 

 ジワリと汗が滲み、乾いた風が頬を撫でる。

 本当に倒した……のか。

 いや、まさか。

 

「一発喰らわせてみる」


 後ろを向かずユエに伝え、玄武の腹へと回り込む。

 一、二、三……。よし。

 

「二の業 回転強撃」


 腕を上にピンと伸ばし、バトンを回す要領で棍を一回転させる。

 ガツンガツンと玄武の甲羅へ棍がぶち当たった。動かぬ敵なら当てるのは容易い。

 棍が当たった箇所の甲羅が砕け、ボロ、ボロと落ちてきた。

 玄武の反応は全くない。

 

「本当に倒したらしい……」


 砕けた甲羅に手を伸ばし、掴み上げる。深紅の甲羅は確かに玄武のもので間違いない。自分で砕いて自分で拾ったんだしな。

 弱い。弱すぎる。

 玄武が弱いのは俺にとって歓迎すべきことだが、想定と異なるとなると不安が募る。

 ランドスクイーズの後、ゲームなら次にランドシュリンプが出てきて、玄武に続く。

 ランドシュリンプは出てこないわ、玄武の甲羅が二の業で砕けてしまうわ、で一体何が起こっているのか分析しなければ……。

 俺ことモブのロンスーが死ななかったために出てしまった歪みの影響ではないことを祈るしかない。

 最悪矛盾が生じた世界そのものが崩壊……何てことに、いや、止めよう。何で俺が世界のために自殺なんてしなきゃなんないんだ。

 

「ロンスーさん」


 いつの間にか俺の横まで来ていたユエが俺の名を呼ぶ。

 その声でハッとなって袋小路にハマりそうになった自分の思考をブルブルと首を振って断ち切る。

 昏い考えに陥る俺と異なり、彼女は玄武の様子をずっと観察していた。

 彼女が指さす先、玄武の尻尾の先から燐光が浮かんでいるではないか。

 

「すまん。ユエ。こんな時にボーっとしてしまっていた」

「いえ。あの光は?」

「四神が倒れると光となって消えるという言い伝えがある。その光が再び集まり、玄武になるとも」

「そ、そんな。倒しても復活するというのですか?」

「すぐには、というわけじゃないと思う。そこでだ」


 懐から宝来の玉を取り出し、上に掲げる。

 光となった玄武が再び実体を持ち玄武になる、という話は口から出たでまかせ。

 嘘ではないと俺は思っているけどね。

 倒された四神は光になる。この後、この宝来の玉に吸収されて封印されるという設定だった。

 封印されなければ、復活するんじゃないかと思って、彼女にそう伝えたというわけ。

 天空の城に安置したままでも、宝来の玉が玄武の光を封印してくれるのだけど、敢えて持ってきたのには俺なりの考えがあってだ。

 

 尻尾の先から始まった燐光は加速度的に勢いを増し、見る間に玄武の体全体を眩いばかりの光と変えた。

 余りの光量に掲げた宝来の玉へ光が吸収されているのかされていないのかまるで判別できない……。

 光が消えた後には、僅かばかりの玄武の甲羅だけ。


「この甲羅は持って帰ろうか。よい武具になる」

「はい!」

 

 一抱えほどもある玄武の甲羅を両手で持ち上げたユエを「俺が持つ」と手で示す。

 背中に甲羅を括りつけ、竜車まで戻ことにしたのだった。


 ◇◇◇

 

「玄武と戦うより疲れた……」


 甲羅は重い。鉄の塊でも背負っているんじゃないかってほどに。

 登りより下りがよりきつかったよ。そして、降りてから気が付いたのも余計に疲労感が増した。

 何にって? 下りは甲羅をロープに括り付けて先に降ろしちゃえばよかったってさ。

 超硬質な素材なんだし、多少崖にぶつかったくらいじゃビクしないだろうから。よく考えてみれば、欠けてしまっても構わないか。

 それならいっそ、崖上から甲羅を放り投げればよかった。それならロープで降ろす手間も省ける。

 

 両足を投げ出し、巨木に背をつけ大きく息を吐く。

 へばっている俺とは正反対にユエは甲斐甲斐しく昇竜に餌を与えていた。本当に彼女には頭が下がるよ。

 動いてくれる彼女を見てもすぐに動く気いならず、地面に手をついたままぼーっと彼女を見上げていた。

 

「納得されて……らっしゃらないんですね」


 昇竜の頭を撫で、しゃがみ込み俺から背を向けた姿勢で彼女が呟くように俺に言葉を投げかける。

 

「そう、かな」

「はい。目標だった玄武を討伐したというのに少しも喜ばれてません」

「嬉しいは、嬉しいんだけど……」

「わたし、じゃ、ダメですか。ロンスーさんの心の内を聞かせていただくには足りませんか……」

「いや、俺も考えがまとまってなくて。それでもよければ、聞いて欲しい」


 俺は馬鹿だ。もう何度目だよ、こうして後悔するのは。

 いっそゲームのこともそのままユエに伝えてしまおうと思ったが、思いとどまる。

 ゲームが存在しないこの世界にゲームというものを……あ、そうか。

 

「ユエ。信じられない話かもしれないけど、俺には奇妙な記憶がある」

「ロンスーさんのおっしゃることでしたら、どれほど荒唐無稽でもロンスーさんが嘘をついているとは思いません!」


 唐突な俺の言動にもユエはにこやかに応じてくれる。


「とてもリアルな夢というか、物語と言えばいいか。俺にはある未来の可能性の一つを物語として知っている」

「未来……ですか」

「うん。ユエと初めて会った時に一緒に新米だったティエンラン。彼の物語なんだ」

「ティエンラン。青龍刀を使っていた少年でしたよね」


 俺は堰を切ったように天狼伝ゲームの大雑把なストーリーを語り始める。

 ストーリーは登場人物を伏せ、ティエンランと四神との戦いについてだけに絞った。

 枝葉末節まで語ると話の本筋が見えてこないからと思ってのことだ。

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