第18話 玄武

 トンガリ帽子を被った大きなイカ。一番近い見た目はイカなのだけど、帽子部分は巻貝のそれで、背面も殻で覆われている。

 全体的な形はイカに似るが、目玉が二個あるのが違いか。

 触腕(足)はイカと同じ10本で、体色が透明ではなく透き通った水色だ。

 触腕が外套(胴体)の二倍くらいの長さがあり、外套部分だけで2メートル半くらいあるから結構大きい。

 地球最大のイカはダイオウイカだったっけ。ダイオウイカは外套2メートル近くで、触腕を入れて6から7メートルなのでランドスクイーズのサイズはダイオウイカより大きい。

 そんな巨体が六体も空に浮かび、こちらを急襲してこようとしている。

 以前の俺ならランドスクイーズの群れに圧倒され腰が抜けていたかもしれない。

 しかし、巨大生物が闊歩するこの世界ではランドスクイーズでも驚くほどの大きさではないんだよな。

 青龍は更に大きいし、まあモンスターならこんなもんだろってサイズと言えばいいか……。

 

 うじゅるうじゅると足を動かしながらゆっくりと降りてくるランドスクイーズたち。

 そこへ、ユエが矢を放つ。

 シュルシュルと飛んだ矢はランドスクイーズの目に見事突き刺さる。

 撃たれたダメージのせいか、目に矢が刺さったランドスクイーズが地上まで落ちてきた。

 

「うらああ!」


 狙いすまし、棍を振り抜く。鈍い音がしてトンガリ帽子の殻が砕ける。

 流れるように棍を回転させ、連撃を放つと完全に殻が砕け散り、中にある重要器官をも潰す。

 落ちてきたランドスクイーズはこれで動かなくなったが、上空から次々と触腕が襲い来る。

 しゃがんだり、転がったりして触腕を回避していると、また一体、地上に落ちてきた。

 そいつの頭に棍を叩きつけ、仕留める。

 これを繰り返すことで、全てのランドスクイーズを倒すことができた。

 

「あちゃあ、バラバラにし過ぎたか」

「欠片を集めて持ち帰りましょう」


 ランドスクイーズの殻は良い素材になるらしく、クエストの採取対象だ。

 殻の大きさは指定されてないから、バラバラでも大丈夫かな?

 甲子園の砂を集めるがごとく、ランドスクイーズの殻を拾って袋に詰め込む。

 袋が一杯になるまでそれぞれ詰め込んだのだけど、ユエが二つ目の袋に殻を集めようとしゃがんだまま殻に手を伸ばす。

 太ももをぴっちりつけているからよいものの、チャイナドレスって足を開いたら丸見えになるよな。

 ……違う。彼女の艶めかしい太ももの話ではなく……。

 

 殻を掴んだ彼女の手首に自分の手を乗せ首を振る。

 

「少しでも休憩しよう」

「いよいよ、玄武ですか?」

「いや、俺の予想通りだとまだ一回ある。武技は温存で頼む」

「分かりました」


 崖の壁にもたれかかるようにして並んで座り込んだ。

 ふう。

 大きく息をつき、水袋を口にやる。ユエも俺と同じように壁に背を預け、水分補給をしていた。

 思った以上に楽勝だったな。前座も前座のランドスクイーズに苦戦しているようでは、撤退してやり直しだ。

 青龍と回避重視であったとはいえ、無傷で乗り切ることができていたから大丈夫だろうと高を括っていた。

 武器をサイから棍に変えて、本当に体が動くのかは実戦を経験しないとハッキリしない。

 うまく立ち回れるのもロンスーの肉体があってこそ。ありがたく使わせてもらうぞ。

 

 ゴゴゴゴゴ。

 地面が揺れ、何事かと二人揃って立ち上がる。

 口をキュッと引き締め、長弓に矢を番えるユエ。一方の俺は額から脂汗を流し、動揺を抑えるように棍を握りしめた。

 握った手から出る汗が止まらない。

 何故、地面が揺れる?

 地震はランドシュリンプを倒した後だろ。

 いや、今は考えるのはよそう。結果的にやることは変わらない。

 

「ユエ。武技は解禁だ。奴が来る」

「それって……」

「そうだ。どうやら敵さんは待ちくたびれたみたいだぜ」

「万全で挑めますね!」


 吹っ切った俺は軽い調子でユエに向けパチリと片目を閉じる。

 彼女もにこやかにいつもの調子で言葉を返してくれた。

 やはり彼女がいてくれてよかったよ。

 武器、武技は万全だ。あとは気持ちの問題。この気持ちってのが最も不安定で難しい。

 でも、彼女がいれば憂いはなくなる。

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ。

 ますます揺れが酷くなり、崩れそうになるバランスを手足を使って膝を少し落とし体勢を保つ。


「気をつけろ!」


 自分への戒めを込めて、叫ぶ。

 俺の声がかき消されるほどの轟音が響き、砂丘が盛り上がる。

 ザバアアと砂粒が舞い上がり、まるで海面を跳ねるクジラのように中から深紅の甲羅が姿を現した。

 

「し、島ですか……」


 ユエがそう漏らすのも無理はない。

 砂の海から浮かび上がった深紅の甲羅はゆうに三十メートルはある。

 ビタンとエビのような尻尾が砂腹を叩き、島のような巨体が宙を舞う。


「あれが玄武だ」


 ユエも既に分かっていると思うが、このセリフのまた半ば自分に向けて言ったものだ。

 島のような巨体「玄武」は天狼伝ゲームの中で最も大きなモンスターだった。

 砂の中を海の中のように進む特殊能力を持つ玄武は神出鬼没……なはずなのだけど、ゲーム内で玄武に会える場所はここだけだ。

 

 ドシイイイン。

 跳ねた玄武が地面に降り立つ。もわもわと砂煙があがり、くしゅんとくしゃみが出てしまう。

 砂埃が晴れ、玄武の全貌が明らかになる。

 で、でかいな。人がまるでちり芥のようだ。

 玄武の姿は亀を模した異形……パーツが別物と言うか何と言うか。

 深紅の蟹のような甲羅に、尻尾はエビで、頭はウツボ……ぽい。決して亀の顔ではないことは確か。

 足はカエルみたいなヌメヌメしているが外側を護るようにフジツボみたいなものがびっしりと付着している。

 

「頭を武技で集中的に狙う。奴の攻撃は超広範囲だ。だけど、伏せれば凌げる」

「承知です。一の業から、ですか?」

「何でも。頭を狙えるなら。踏みつけられないようにだけ、気を付けてくれ。俺は突っ込む」

「ご武運を」


 奴は俺たちの存在に気が付いている……というより俺たちがいるからここに現れた。

 ロックオンされているにもかかわらず、すぐに攻撃してこない。

 ふむ。登場から動き出すまでに少し間があるところも天狼伝ゲームと同じか。

 まあ、奴にとってこれくらいのサービスなんてサービスにもならん……ってことである。

 奴の特徴は圧倒的な防御力だ。多少叩かれたところでビクともしない。

 あくまで「通常プレイ」ならな。しかし、見ていろよ。 


 ユエと頷き合い、玄武の頭に向かって全速力で駆け始める。

 彼女は彼女で矢を番え、「溜め」に入った。

 俺も奴の初撃の前に間に合うかどうか、ギリギリ……かも。

 

「行きます。二の業 流星!」


 先んじてユエの凛とした声が耳に届く。

 放つ矢が光に包まれ、輝きを増し、ラクビーボールのような流星となって玄武の額に突き刺さった。

 

『グガアアアアアアア』


 玄武の凄まじい咆哮が鼓膜を揺らす。

 よっし、攻撃が通るようだな。

 玄武に挑む頃の武器だと、二の業で何とか傷をつけることができる程度だった。そうなると三の業で勝負になるのだけど、三の業は一日一回だろ?

 だけど、玄武を仕留めるには弱点の頭に三の業を八回入れなければ倒れない。四人パーティで二と三の業を全部叩きこみ、日付が変わって再び業を使えるようになったら、再度、二と三の業を放ち、ようやく討伐完了になるんだ。

 とんでもなくタフなボス。それが玄武である。

 まあ、その分、攻撃を躱すことはさして難しくない……が、堅いにも程度ってもんがあるだろ、というのがゲームをした人の感想で、俺も同じだ。

 

 一つ、二つ……心の中で数を数え気力を溜めていく。

 ち、直接殴りつけるには間に合わなさそうだ。玄武の目が赤く光ったから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る