第17話 崖を登りましょうかね

「過去を聞かせてくれてありがとう。俺じゃ代わりにならないとは思うけど、これからも頼む」

「いえ! そのようなことは……ロンスーさんとお会いできて、修行は確かに厳しかったですが、安らぎも覚えています」

「俺もそうだよ」

「ロンスーさん」


 ユエが肩に置いた俺の手に自分の手を添える。そこへ彼女は頬を寄せた。

 安らぎ……か。たった一人でモブキャラになってしまって、彼女がいてくれたことでどれだけ救われたことか。


「だから、ユエ」

「はい!」

「俺のことは兄と思ってくれると嬉しい」

「…………は、はい」


 一瞬、とても不満そうに眉を寄せた彼女だったが、戸惑ったように頷く。

 支えになってくれた。だから俺も彼女を支えたい。

 家族のようにというのはおこがましい考えかもしれないけど……。

 頷いてくれたものの、彼女の表情の変化が気がかりだ。

 

「さすがに兄さんは言い過ぎだよな」

「わ、わたしはロンスーさんとお呼びたいです。博識でわたしの師でもありますので」

「呼びたいように呼んでくれたら」

「はい!」


 今度は満面の笑顔で返してくれた。

 この日も交代で見張りをして朝まで過ごす。

 

 ◇◇◇

 

 保存食を買い込み、しっかりとクエストを受注してブラックロックの街を出る。

 受注したクエストはもちろん玄武の討伐ではない。

 玄武の存在さえおとぎ話状態で、実在が疑われている状態だからな。

 

「ロンスーさん、道はお任せしてよいんですよね?」

「うん。ん? このクエストはついでだよ。目的が玄武であることは変わらない」

「彼女さ……受付のお姉さんがクエストを受けた時に驚いておられましたね」

「一応、上級クエストになるのかな。中級でもいいくらいの相手……かなあ」


 ブラックロックで受注可能なクエストで最高難度なものは「ショウグンクラブ」の甲羅採取だと思う。

 こいつは玄武の側近レベルのモンスターで、ゲームプレイヤーの間では「中ボス」と呼ばれていたりする。

 実力を試す分にはよい相手だが、出現場所が分からない。ブラックロックエリアでやったことって例のスナギンチャク狩りを経てから即玄武が俺のプレイパターンだったから仕方ないのだ。

 

「確か目的地まで二日か三日ほどでしたか?」

「うん。ノンビリ行こう」


 御者台に並んで座るユエがコクリと頷くと、お団子頭から垂れた髪束も彼女の動きに合わせて揺れる。

 

 そんなこんなで進むこと三日間。

 木々深い山の中だったけど、何とか竜車が進める場所を探しつつここまでやって来た。

 こんな大自然の中でかつ山間部だというのに竜車が問題なく進むことができるのは、天狼伝ゲームのフィールドと似ているからなのだろう。

 

 そそり立つ崖の下で竜車を停め、ここで一晩を明かす。

 早朝から崖登りをしたのだけど、ロンスーの高い身体能力があって楽々登り切ることができた。元の俺だったら3メートルくらい登ったら力尽きていたと思う。

 崖の高さは15メートルくらいで、途中で落ちたらただじゃすまない。


「ロープを降ろすぞー」


 崖下で待つユエに向けて手を振る。

 腰にグルグル巻きにしたロープをほどいて、崖下へ投げ込んだ。

 ユエは自分の細い腰にロープを括りつけ登り始める。万が一の命綱ってわけさ。

 反対側は俺がしっかりと持って岩に足を引っかけ万全の構えを取っている。

 俺の心配をよそに、ユエは俺より速いくらいの速度で難なく上まで登り切った。


「ロープは要らなかったかもな」

「いえ。ロンスーさんの気遣いが嬉しいです」

「……万が一もある。下りも俺が先に行く」

「はい!」

 

 照れ隠しで彼女から目を逸らし、伸びたロープを腰に巻きつける俺であった。

 登ってきた側と反対側も3メートルくらいですぐ崖だ。高さも同じくらい。

 

 上から見ると地形がよくわかる。

 崖が円形に取り囲んだ砂地。あの場は砂丘のようにサラサラの砂粒になっていることを俺は知っている。

 実際に見ると、思ったより広いな。

 

 下を見ないようにして崖を降り、砂地に立つ。立つだけで靴が少し沈み込んだような感触がした。

 相当柔らかい。足を取られないように注意しなきゃだな。

 すぐにユエも降りてきて、崖を背に並んで周囲の様子を窺う。

 今のところ、敵の気配はない。

 

「戦闘になったら、手筈通り俺が前に突っ込む」

「精一杯サポートします」


 背中に携えた無何有むかうの棍へ手を触れた。乱戦になった場合にも備え、腰にサイも吊り下げている。

 ロンスーの元々の得意武器はサイで、ゲームでプレイヤースキルと呼ばれていた体の動かし方に関してなら棍はまだサイの域にまで達していないかも。

 しかし、棍も遠い目になるくらい振り回したから、体に棍がどのような武器なのか染みついている。大丈夫だ。問題ない。

 一方、ユエの武器は長弓にした。備えとする武器は双剣か扇で迷ったが、双剣を選んだ。

 最終的に彼女にどちらにするか選んだ結果、双剣に決めた。

 彼女にとって双剣は一番最初に練習を始め、武技を習得した武器種だから、思い入れも深い。どちらでもいいよと言えば、彼女が双剣を選ぶのは当然と言えば当然だ。

 双剣と扇は二本で一セットなところは同じ。間合いも似たようなものだ。

 七種ある武器の中では、サイの次に間合いが短い。

 俺とユエの攻撃をかいくぐって接近したモンスターがいた場合にユエは双剣に得物を切り替えてもらう。

 

「ユエの実力に不安があるから、後方で弓を射てくれというわけじゃない」

「……分かってます」 


 矢筒の様子を確かめていたユエに対し小姑のように言ってしまった。

 彼女が重々理解してくれてることは分かっているんだけど、つい、さ。

 当初は背中合わせでと目論んでいた……のだが、長柄の武器を振り回すと却って戦い辛くなってしまったのだ。

 慣れの問題だとは思う。玄武を討伐したら、じっくり立ち回りの練習をしようとユエと話をしている。

 

 ん? やけに身軽じゃないかって?

 そうなんだ。崖登りをするから残りの武器は竜車の中に置いてきた。

 昇竜も待機させているし、夜には竜車に戻るつもりでいる。

 ユエの持つ矢筒なら矢の補充も必要無いから、手持ち武器以外は多少の水と携帯食、包帯、甘露水くらいかな。

 

「このままここで待機しよう。バスターがいるとなれば、きっと向こうからやって来る」

「はい。ランドスクイーズ……でしたか」

「うん。クエストの対象モンスターだから棘を持ち帰らないと」

「露店の串焼きみたいなモンスターでしたね」


 そうかなあ。

 依頼を受ける際にモンスターのイラストがあれば閲覧することが可能だ。

 ランドスクイーズのイラストを見たユエは串焼きみたい、と言ったのだろうけど、足は確かにイカっぽい。

 名前もスクイーズ……イカだしな。

 

「来た!」

「え?」


 しまった。ユエに言ってなかったか。

 ここのランドスクイーズは特別性なんだってことを。正直、見た目は同じだけど完全に別種だよな。

 あれじゃあ、ランドじゃなくて――。

 

「ユエ、上だ。射程距離に入ったら弓を射てくれ」

「う、上ですか! きゃ」


 空から降りてくるランドスクイーズ(実物)の不気味さにユエが小さく悲鳴をあげる。

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