第16話 お兄さん

 ……と偉そうな理想を語ったが、モンスターのいない世界を望むのは俺自身である。

 自分のために、四神を打ち倒したい。

 今の状態でも結構快適に生活できるまで技術力が高いから、平和な世の中になったらダラダラ過ごすことができそうだ。

 命を懸けて戦うなんて俺の柄じゃない。雑魚モンスター相手でも怪我する可能性だってあるんだぞ。

 目的のために体を張っているが、他の誰かがやってくれるなら喜んで交代するよ。

 

 独りよがりな平和の待望だから、今まで気にも留めなかった。

 

「ブラックロックの街からモンスターが一掃される。正確にはモンスターが新たに生み出されなくなる。俺はこれが良い事だと思っていたんだ」

「良い事しかないのでは……本当にモンスターがいなくなるの、でしたら」

「街で食事しただろ、露店で串を食べたじゃないか。あれって、モンスターなのかな」

「イノシシや鳥と同じような動物と思ってました」

「平和になれば農業だって畜産だって存分にできるようになるよな」

「はい! 街の人の生活を憂いでおられたのですね……」

「うん。本当に玄武を倒していいものかって」

「モンスターを生み出すモンスターだったら、上級クエストのうーーんと上のクエストですよ。生きて帰ることだけを考えられた方が……とユエは思います」


 真摯な彼女の瞳に頭をハンマーで殴られたような衝撃を受ける。

 彼女に後押しをしてもらいたい、なんて偽りだ。俺は彼女の意見だからとどこか責任転嫁しようとしていた。

 彼女がハッキリと答えを示さなくて幸いだった。

 俺が、俺の意思で、決めるべき。

 腹は決まった。あくまで俺は自分本位で行く。それで不幸になる人がいたとしても、だ。

 何様だよ。俺はただのこの世界に住む矮小な人間の一人だろ。

 ゲームの仕様を知っているからといって神にでもなったようなつもりでいたのか?

 俺は馬鹿だ。

 唯の個人が人類社会全ての平和を。なんておこがましいにもほどがある。

 俺は俺。だから、俺の幸せのためにやりたいことをやる。

 これでいい。これしかできないから。

 

「ユエは死なせない。必ず守る。俺たちは玄武に挑戦する」


 立ち上がり、ベッドに座る彼女に向け手を伸ばす。

 しかと俺の手を握り俺に引っ張り上げられるようにして立ち上がった彼女が微笑む。


「英雄の御業を。誰にも成し得ぬ夢を成しに。その時隣にいることがどれほど幸せなことでしょうか」

「付き合わせてしまって」


 俺の言葉を遮るようにして彼女が声を重ねる。

 

「わたしはどうしてもバスターになりたかったんです。新米のわたしをロンスーさんはパーティを組んでくれました。どこへでも、どこまでも。ロンスーさんが否と言わなければ、足手まといでも、ついていきます!」

「ありがとう。ユエ」


 いじらしい彼女を思わず抱きしめてしまった。

 彼女はギュッと俺の胸を掴み、頬を寄せる。


「聞かせてもらっても、いいかな?」

「何故、バスターになりたかったか、ですか?」

「うん」

「よくあることです」


 そう前置きして、彼女は語り始めた。

 ドラゴンズロアから北西に三日ほどのところにある小さな村でユエは産まれた。頼りになる寡黙な兄と甘えん坊の妹に挟まれスクスク育つ。

 彼女が幼いうちはモンスターの姿を滅多に見かけることはなかったそうで、見かけたとしてもドラゴンズロアで有名な最弱雑魚敵オレンジリザードだけだったという。

 オレンジリザードは昇竜の色違いのようなモンスターで体色がオレンジ色と良く目立つ。強さも熊と勝負して勝てるか勝てないかくらいかな。

 「こいつが自然発生した生物だとしたら、目立ちすぎて餌も獲れず絶滅していそうだ」なんて益体もないことを考えたりしたこともある俺である。

 閑話休題。話をユエの過去に戻す。

 彼女が12歳の頃からぽつぽつとオレンジリザードを見かけるようになり、ついには別のモンスターまで発生するようになった。

 バスターの姿もチラホラと見かけるようになったが、ドラゴンズロアから離れているこの地にわざわざモンスターを狩りにくる人たちは稀だったそうだ。

 そんな折、空からドラゴンフライという飛竜タイプのモンスターが群を為して来襲する。群れといってもユエの記憶によると五体か六体くらいだったそうな。

 村にバスターはいない。逃げようにも相手は空を飛んでいるから、追い付かれてしまう。

 それ故、村人たちは決死の覚悟で奮戦し、彼女の両親と兄はドラゴンフライを一体仕留めるものの、大怪我を負い亡くなる。妹は炎のブレスが原因の家屋火災で煙にまかれ帰らぬ人となった。

 ユエは消化活動に参加していて、唯一生き残ったのだと。

 その後、村は復興されたが彼女の家族はもういない。バスターになって、自分たちのような悲劇を減らしたい。

 彼女は双剣の練習をして、武技を習得し、バスターになった。

 護られるのではなく、護りたい。

 ついに夢が叶うも、モンスターは彼女が想像する遥か上をいっていた。


「あの巨大な蒼い龍を見た時、震えました。護らなきゃ、わたしが。なんて、笑っちゃまいますよね」

「そんなことはない。あの蒼い龍は青龍。ドラゴンズロアを統べる四神の一柱だよ」

「あれが、わたしの」

「気持ちは分かる。だけど、復讐心から青龍と戦いたいというなら、待機してもらう」

「分かってます。ロンスーさんの仰ることは。玄武が倒れれば、青龍もいつか倒れます。真に人の手で四神を滅ぼすことができるのなら……」

「玄武に全力を尽くそう。俺たちと最も相性が良い四神だから」


 にっと口角をあげ、離れていた彼女を抱き寄せる。大丈夫、大丈夫と彼女の背中をさすり、自分にも言い聞かせる。

 玄武なぞ、図体の大きいだけの雑魚だ。俺たちなら倒せるさ。


「暖かい、です。お兄さん、みたい」


 そう声を漏らす彼女をしばらくの間抱きしめ、まだ見ぬ玄武のことに思いを馳せる。

 「よくある悲劇だ」と彼女は言っていた。今更な疑問だけど、モンスターは何で人を襲うんだろうな?

 モンスターだからだよ、と言われてしまえばそんなもんだよな、としか返せないし納得してしまう。


「んー」

「すいません。服が濡れちゃいましたね」

「それは全然構わない。モンスターってさ、人間以外の動物は滅多に襲わないよな。昇竜を放置しても、これまで(昇竜は)襲われたことがない」

「人を倒すことでモンスターは強くなれる、と人づてに聞いたことがあります。強い人間ほどよい。だから、バスターがいればバスターから狙うとかなんとか」

「確かに! ストンと腹落ちしたよ」


 ユエの考察は限りなく真実に近いんじゃないかと思う。

 モンスターはバスターとそれ以外の人がいたら、バスターから狙う。

 護衛役から狙ってくれるなんてバカな奴らだぜ、なんて思っていたが、より強い者に誘引される習性があるなら納得だ。

 バスターになるためには、武技を習得しなきゃならない。その時点で一般の人よりは強くなる。

 強くなるのは生み出されるモンスターという可能性もあるか。つまり、四神が強化されるという線だな。


 お、おっと。このまま彼女を放置するなんて、酷すぎるぞ、俺。

 ユエの肩に両手を乗せ、俺なりに精一杯の優しい微笑みを向ける。

 対する彼女はポッと頬を染め、顎を上にあげた。

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