第15話 テツダエ

 ブラックロックの街に到着し、寄り道せず真っ直ぐにバスターの詰め所「黒の衝撃」に向かう。

 初めてこの街を訪れた時のように腹は減っていたが、どうにもイカの串焼きを食べる気にならなくてね。ずっとウネウネ動く触手を殴り倒し続けていたことがトラウマになっていたようだ。イカのゲソを見るだけで拒絶反応が起こりそうだよ、ほんとにもう……。

 もう二度とやらんぞ、スナギンチャク叩きは。

 

 まずはあのヌメヌメしたやつ……ではなく、ぶよぶよしたボールを処分したい。しばらく見たくないからな。

 そうと決まれば、依頼書の通り買い取りをしてくれる「黒の衝撃」以外に行き先はない。

 げっそりとした顔でユエを見やる。さすがの彼女も辟易しているようで、口には出さなかったが普段よりも動きが鈍い気がする。

 黒の衝撃に入ってふらふら足どりで依頼所のお姉さんに蛍光色を持ってくると告げ、裏手に停めてある竜車に向かおうとした時――。


「お、ベテラン初心者の。しばらく見ねえから蛍光色で大怪我したのか、他の街へ逃げてったのかと思ったぜ! はははは」

「……」

「相変わらずダンマリかよ。ま、まあ、少しは心配したんだぜ。声をかけた奴がくたばったら、俺の酒がまずくなるからなあ」

「……テツダエ」

「ん?」

「オレ、サケ、オゴル。オマエ、テツダエ」

「ちょ、おい! 凄え力だな! 分かった、分かったから、何だよもう」


 二人組の男のうちうるさい方の肩を掴み、グイグイと押して、竜車の方へ進む。

 相棒の男も渋々といった感じで舌打ちし、後に続く。なんのかんので二人とも相棒想いなんだな。

 ふ、ふふふ。は、はははは。


 不気味な笑い声を出すと、肩を掴んだ男の口元がピクピクしていた。


 小一時間後――。

 

「ま、まだあるのかよ!」

「竜車は案外容積があるんだ。ほら、高さがこんなにあるだろ」


 俺たちの竜車は屋根のあるタイプだからな、屋根無しとは積み込める量が段違いなんだぜ。


「どうやってここまで詰め込んだんだよ!」

「ええい。ユエを見習って黙って動け」

「お前もな!」


 この男、生意気言いやがって。蛍光色を投げ込んでやろうか。ぶよぶよしてるぞ。

 依頼所と竜車を往復すること、何度目か数えるのをやめるほど往復している。

 依頼所のお姉さんの口が開きっぱなしで、悟りの境地に達したのかもしれない。

 ちゃんと買取をしてくれたら、彼女が賢者として覚醒していようがそのままだろうがどっちでもいいさ。


「これで最後です」

「お、おお」

 

 ついに終わる。この単調作業が。

 ユエの抱える大きなずだ袋を掴んで彼女の代わりに背負う。

 よ、よおおおし。


「では、買い取りを」

「……」

「お姉さん!」

「……」

「ね、寝てる? それなら、王子の目覚めのキスをしちゃ……我ながらかなり気持ち悪いセリフだな……忘れてくれ」

「……どうぞ」


 カウンターに両手をついて背伸びしたお姉さんが「んっ」と唇を上に向ける。

 冗談に冗談を返して困らせようってやつだな。

 ここは、彼女のやっと意識が戻ってくれたので。ささっとやることを済ましてしまおうじゃないか。


「買取をお願いします」

「はい、重量で計測してもよろしいでしょうか。数……よりお安くなりますが。いえ、数えて下さるなら問題ありません。数えますか? 数え……」

「重量でお願いします!」

「私どもはバスターの皆様を信用しております。数を誤魔化すなんて微塵たりとも考えておりません」

「重量でお願いします」

「キス……してくれたらいいですよ」

「それはもういいですから。俺が悪かったですって! ですから、重量で」


 彼女がやっと席に座ってくれた。

 初級者クエストとはいえ、通常一個だけ蛍光色を採取して帰ってくるものなのだ。

 これが……いや、もう考えたくない。

 ユエと報酬を半分にして、男らには酒だけでなく食事代も渡した。

 彼らは放心状態になったいたけど、酒を飲めば元に戻るだろ。


「終わった、終わった」

「あ、あの。ロンスーさん。彼女さんがお待ちでは」

「俺に愛人がいたとでも?」

「い、いるんですね」

「いないから! ご飯を食べような」


 受付のお姉さんと俺が恋仲なんて設定はない。無いよな?

 ロンスーはプロローグで死亡するモブキャラで、詳しい設定なんて定まっていない。単に「ベテランバスターでサイを極めている」と紹介されているだけだ。

 ……やめよう、深く考えることは。

 ロブスターぽいオードブルに失礼では無いか。このプリプリの身にフォークを突き立てることこそ、今の俺がやることである。


 プツン、お、おお。いい歯応え。

 味はエビだな、うん。辛めのソースとよく合う。

 魚介料理が多いブラックロックの街だけど、港街というわけではないんだよな。この食材はブラックロックの周辺で捕獲されている。


「どうされました? やはり、あの人のことを?」

「違うって。俺たちが食べている料理って、元はモンスターなのかなって」

「そうかも、しれません」

「今夜少し、話がしたい。今後に関わることだ」

「は、はい」


 神妙な顔で小さく頷くユエに対し片目をつぶりおどけてみせた。

 俺が深刻になっていてはいけないよな。

 まずは、事実を彼女に説明することにしよう。これまでの行動と検証結果から、ゲームの仕様と同じと考えて間違いなさそうだから、ね。


 次々に料理を注文し、久しぶりの手の込んだ食べ物に舌鼓を打つ。

 街は良い。お金を払えば美味しい料理が出てくるし、屋根のある暖かな寝床まである。


 ◇◇◇


 その日の晩、ユエはベッドに俺は椅子に腰掛けて持ち込んだサイダーのようなものを飲んでいた。

 こういう時はアルコールでも飲みながら気楽に、と行きたいところだったんだけど俺だけ酔っ払うのも気が引ける。

 ユエは両手でコップを挟み、熱い飲み物を飲むかのようにちびちびと口をつけていた。

 普段の彼女と違った小動物的な仕草が可愛い。

 

「はふはふ……?」

「聞いて欲しい話があるんだ」

「愛人、ですか? できれば、恋人の方が……」

「その話はもういいってば……モンスターのことだ」


 上目遣いで小悪魔的な笑みを浮かべていたユエの表情がすっと引き締まる。

 彼女に聞いてもらって、改めて結論を出したい。後押しして欲しいだけなのかも、と我ながら自分の情けなさを噛みしめつつ説明を続ける。

 

「四つの街にはそれぞれモンスターが溢れ出ている話の続きだ」

「はい。四つの街で出会うモンスターは特徴が違うとおっしゃっていて、ブラックロックのモンスターを見て実感しました」

「うん。モンスターらは時間経過と共にどんどん湧いている。原因となるモンスターが各地域に一体いるんだ」

「元凶……ですね」

「うん。特別な四体のモンスターを四神と呼ぶ。数え方も一体二体じゃなくて一柱、二柱と呼ぶのかな」

「それも古代の文献を集めて情報を得られたのですね」

「そそ。文献だけじゃなくおとぎ話と実地調査もした。四神は青龍、玄武、白虎、朱雀と言う。出会い方も分かっている」


 両腕で自分を抱くようにして、目を瞑ったユエの唇が震えている。

 彼女は俺が何をしようとしているのか察してくれたようだった。

 

「ま、まさか。四神を……」

「そう。ブラックロックには四神の一柱「玄武」がいる」

「ロンスーさんなら、きっと」

「ユエ。無理にとは言わない。でも、できれば一緒に戦って欲しいんだ」

「はい。ロンスーさんの助けになるのなら、ユエはご一緒したいです」

「でも、俺は迷っているんだ。玄武を倒せばブラックロック一帯はモンスターに怯えることなく暮らすことができる」

「いいことじゃないですか! まさに英雄の御業です」


 モンスターがいない世界。

 この世界の人が待ち望む夢だ……と俺は信じている。

 モンスターの討伐も一番の目的は街の平和を守るためだ。

 モンスターによって人の住むことができる地域が相当狭くなっている。農業もままならず、中央大山脈地帯は例外だけど開拓されていない。

 それは、世界人口の少なさから来ているのではないかと。

 モンスターの防衛に多大な労力を割き、尻すぼみの世界……それがこの世界の現状なのでは?

 最前線の拠点となる四つの街が発展したのもモンスターからの防衛のためだ。

 

 そいつを、その悲劇的な均衡を打ち砕く。

 ティエンランが。俺も一柱だけ協力するつもりだけどね。

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