第13話 同室ならばやることは一つ

 ――その日の晩。

 あてがわれた部屋はドラゴンズロアの個室と同じ調度品、家具が設置されていた。部屋の広さは二人用のためなのか若干広い。

 もう一つの違いは、ベッドがシングルからセミダブルサイズになっていることくらいか。


「ベ、ベッドが一つなのですね」

「みたいだな。まあ、問題ない」

「久しぶりの屋根のある部屋だ。水浴びもできたし、ぐっすり眠れそうだな」

「は、はい」


 そっぽを向いた彼女が荷物を床に卸す。「せ、せめて香油くらいは……」なんてことを呟いていたけど、水浴び場所には石鹸もあったし嫌な臭いは取れてるだろ。

 朝までの時間はそれほど長くはない。

 

「座って喋ったりしたいところだけど、せっかくの部屋だ。すぐに寝ようか」


 ぽっと頬を染めた彼女がすとんとベッドに腰を下ろす。

 いつも彼女から休んでもらうようにしているので、順番が、なんてことも伝えずとも済む。この辺は夜営を共にした仲だからこそ。

 

「いつもの通りに起こす」

「え……」


 ドカリと椅子に座り、親指を立てる。

 シーツを口元に寄せもじもじしていた彼女の手からシーツが落ちた。


「初めて来る街だものな。いくらバスター用の部屋とはいえ、警戒するに越したことはない。ユエが言ってくれなきゃ、無警戒に寝ていたよ」

「え、あ、はい。そうですね」


 きょとんと呆気に取られていた様子の彼女だったが、すぐにベッドに潜り込んだのだった。

 

 ◇◇◇

 

 準備を整えた俺たちは「蛍光色の採取」をこなすべく、ブラックロックの街を出る。

 このクエストは「通常プレイ」だとまず受注することはない。モブバスターの男が言っていた通り、本クエストは初級者用のクエストだからだ。

 ゲームのストーリーでブラックロックの街まで来ることができるようになるのは、ゲーム中盤以降だった。

 その頃になると、ティエンランパーティはバスターの中でも上級に手をかけたくらいになっている。

 ゲームの雰囲気作りとして各街から新米バスターが旅立っているという設定なので、各街には初級者用クエストがあるし、相応の雑魚モンスターもいるのだ。

 

「随分遠くまで行くのですね」

「街からほど近いところにも蛍光色を落とすモンスターはいるんだけど、蛍光色集めはついでだからね」

「修行……でしたか」

「うん」


 強いモンスターほど街から遠いところにいるので、一日じゃ生息地まで到達できない。

 逆に初級者が相手をするような弱いモンスターは街から近いところにいる。単に蛍光色を採取して持ち帰るだけなら、日帰りでも大丈夫な距離だ。

 ユエがふと疑問を口にしても不思議ではない。一応、彼女には「修行」だと伝えてはいたのだけどね。

 どうも弱いモンスター相手に修行というところがピンとこないらしい。

 

「普通に考えれば、手強いモンスターと戦うことが修行だよな」

「いえ。ロンスーさんがおっしゃることです」

「あてが外れたら、常識的な修行に切り替える。騙されたと思って付き合って欲しい」

「ロンスーさんとならどこへでも」


 まるで疑う様子を見せず目を細めるユエ。

 それはそれでどうなんだろうか、と思いつつもこれ以上口を挟むでもなく、竜車は進む。

 お団子頭から伸びるユエの赤い髪が風に揺れ、つい彼女の凛とした美しい横顔に見惚れてしまった。

 いかんいかん。前を向いてなきゃ、手綱を握るのは俺なのだから。

 

 ◇◇◇

 

 息を呑むほどの幻想的な景観に二人揃って声をあげる。

 小高い丘の上から見下ろすは、湖だった。周囲に草木はなく、岩肌が露出している。

 周囲の景色が鏡で映したかのように湖面に映りこんでいた。相当透明度が高いのか、どんな原理で鏡のようになっているのかは分からない。

 唯々、美しい景色に感動するだけだった。

 

「よく迷わずに来れたものだ……」

「ご存知の場所ではなかったのですか?」

「何度か街からここまで来たことはあったんだけど、ユエも知っている通り俺は方向感覚がさ」

「そのようなことは」


 天空の城と異なり、ゲーム内で何度もブラックロックの街からこの場所まで来たことがある。

 似たような道と景色があったから、なんとかここまで辿り着くことができた。予想外だったのは、実際に見るこの場所がここまで美しいものだったということくらいだ。

 

 岸辺に降り立つユエと、背後にある湖はまるで一枚の絵画のようだった。

 チャイナ服にお団子頭ってのが、ステレオタイプ過ぎるきらいはあるけど、個人的には嫌いじゃない。

 

 水辺の前で艶めかしい白磁のように滑らかな太ももを晒ししゃがみ込むユエに待ったをかける。

 

「ユエ。まだ水に触れるな」

「は、はい」


 ビクッとお団子頭が揺れた。


「必要のない道具は全部置いて、ユエは双剣のみで」

「どちらを持てば良いですか?」

「どっちでもいいけど、せっかくだから無何有むかうの双剣にしようか。俺も無何有むかうを使う」

「はい!」


 馬車の中に入り、背負うことができるように加工した木箱を開ける。

 ユエのアイデアで最強武器「無何有むかうシリーズ」を隠せて、かつ持ち運びもしやすいようにと背負って戦えるように木箱を用意したんだ。

 これなら、全部持ち運びつつ動き回るに支障がなくなる。一応、俺とユエで持つ武器を分けることができるように、木箱を二つ用意している。

 サイはもう武技を三種覚えているから、他の武器種にするつもりだけど、どれにしようかな。

 よし、扱い安そうな棍にするか。長い棒だから、攻撃を当てることも容易い。

 本当は弓にしようと思ったのだけど、ユエが慣れてきてからのがいいだろう。矢をうまくあてることができる自信がないから……使う時はユエに引っ張ってもらわないといけないかもしれないからね。

 

 横に並んでコクリと頷き合う。

 湖の中へ足を踏み入れた。深さはくるぶしくらいしかない。この湖はとても浅く、確か一番深いところでも膝下くらいまでしかなかった記憶だ。

 

 ボコボコボコ。

 前方に泡が立ち始め、八体の細い触手を持つ不気味なモンスターが一斉に顔を出した。

 木の幹のような胴体の上部から触手が放射状に広がり、ウネウネと動いている。

 体幹は濃い茶色で触手は純白だった。高さは1メートルと少しってところ。


「少し、気持ち悪いですね……」

「ハナギンチャクの化け物みたいなやつだ。玄武の生み出す眷属は触手とかカニとかイカとかそんな感じのものが多い」

「ハナギンチャク……という生物は存じ上げておりませんが、アレに似ているんですね……」

「まあ、そんなところ。右4体は任せた。俺は左側をやる」


 前へ踏み出し、棍を上から下へハナギンチャクの化け物に叩きつける。

 ぐしゃっと音がして、ハナギンチャクの化け物が破裂した。

 どんどん行くぞおお。

 棍を横に振るい、まとめて二体のハナギンチャクの化け物を消滅させる。

 チラリと横目でユエの姿を確認すると、双剣を右、左と振るって二体のモンスターを仕留めていたようだった。

 一撃で倒せることは当然と思っていたが、無何有むかうシリーズで初級者用モンスターはオーバーキルってもんじゃねえな。

 

「四体、仕留めました!」

「いけそうか?」

「これなら、最初に受けたクエスト途中のモンスターより楽です」

「よかった。この場所のハナギンチャクは……ほら来たぞ」


 ボコボコボコ。

 先ほどと同じ場所に泡が立ち始め、八体のハナギンチャクが姿を現す。

 よっし、天狼伝ゲームと同じだ。

 この場所のハナギンチャクは……無限湧き、かつ、全滅させると即湧く。

 どんどん行くぜ。ヒャッハー。

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