第12話 ブラックロックの街へようこそ

「おおお」

「ドラゴンズロアとはまるで違いますね!」

 

 御者台からブラックロックの街並みを眺め、感嘆の声が漏れる。

 ユエも両手を合わせ、目をキラキラさせていた。

 ドラゴンズロアの街ではゲームの世界がそのまま現実になったかのような街並みにいたく感動したものだ。

 ゲーム内の映像ならブラックロックの街を見ているが、目の前で現実となるとやはりまるで異なる。

 ブラックロックは黒曜石が豊富で、街の至るところに黒曜石が使われていた。今馬車が進んでいる石畳も黒曜石だし、家屋の壁にも黒曜石の板を張ったものが多い。この分だと床材にも黒曜石の板を使っていそう。ゲームだと単に黒色かあ。画面が黒っぽくて何だか暗い感じのする街だ、なんて思っていたが現実だとまるで違うな。素晴らしい臨場感だ。臨場感って言い方は変だよな。今ここに俺がいて、手に触れることもできれば視界も匂いも……。

 匂いといえば、さっきからいい匂いが漂っていてお腹が鳴りっぱなしだ。

 ぐうう。

 俺の腹が盛大に悲鳴をあげる。ユエも頬を染めているが、そろそろ昼食の時間だものな。彼女もお腹が空いているに違いない。

 

「き、聞こえちゃいました?」

「いや。自分の腹の音が凄くて」

「そ、そうですか。え、ええと。美味しそうな香りですが、今まで嗅いだことのない匂いです」

「食べながら宿を探したいところだけど、馬車を停めてもいいのかな」


 俺たちの会話が聞こえていたのかというタイミングで、とことこ馬車に並んで歩く少年が串焼きをどうぞと見せてくる。

 ありがたくその場で串焼きを二本購入して、ユエに一本渡した。

 

 お、おお。

 これはまごうことなきイカの姿焼きだ。甘辛いタレらしきものが濡られていてもわもわと湯気があがる。

 

「美味しそう。ではさっそく」


 こいつは、うまい!

 ずっと調味料が塩だけだったのもある。野外調理は捕獲した動物を血抜きして焼くか、鍋で野草と一緒に煮るしかないのだ。

 カレールーみたいな固形調味料があれば料理を楽しめたかもしれないが、そんなものはなかった。

 口内に広がるイカのプリプリとした触感とじわっと出てくる旨味に舌鼓を打つ。


「おいしいです。特に足の辺りがコリコリしていて」

「イカの足。ゲソというのだけど、美味しいよな」

「先に宿を探そう」

「わたしたちはバスターなのですから、まずバスター詰め所からの方がよろしいのでは……?」

「確かに」


 そうだった。俺たちはバスターだったんだ。

 バスターなら、詰め所に行き申請すれば個室を与えられるはず。ただし、登録には何らかのクエストを受けない。

 新米のティエンランたちがそうだったからな。

 主要施設しか表現されていなかったゲームと異なり、現実のブラックロックはとても広かったが詰め所はすぐに見つかった。

 バスターの詰め所「黒の衝撃」の扉をくぐる。

 ドラゴンズロアの「竜の牙」とデザインこそ違えど、間取りが全く同じだった。詰め所の規格とかがあるかもしれない。

 ゲーム的だなあと思わなくもないが、俺たちにとっては好都合だ。迷わずに済む。

 

 受付でクエストを受注している時にちょっとした事件が起こる。

 

「では、『蛍光色の採取』クエストの受領と部屋の手配、承りました」

「ありがとう」

「お部屋は同部屋となりますが、よろしいでしょうか?」

「う、うーん」

「わたしは構いません」


 受付嬢の提案に悩む俺に対し、ユエが即答した。

 一ヶ月近く一緒に夜営しているわけだから、ユエも今更抵抗感はない様子。

 それでも暖かい部屋の中といつ猛獣が来るか分からぬ交代で見張りをするような夜営とじゃ大きく赴きが異なるだろ。

 まさかとは思うが、彼女は部屋の中でも交代で見張りをするつもりなのだろうか。

 街中だと危険な猛獣やモンスターは来襲しないが、不貞の輩が侵入することを否定できない。

 無何有むかうシリーズという超貴重品を所持していることだし……俺の警戒心が足りなかった。

 しっかりと気が回る相棒に目を細める。

 受付嬢から部屋の鍵と受注証を受け取った時、後ろから40歳前後くらいの大柄なバスターに絡まれた。

 

「おいおい、女連れで見ねえ顔だが他の街から来た凄腕かと思ってたら、蛍光色かよ。兄ちゃん、その歳で初級者用なんてバスター辞めた方がいいんじゃねえか」

「……」


 いたいた。こういう奴。

 初めて別の街に来た時にドヤ顔で声をかけてくるモブだ。

 俺はティエンランのような10代の少年じゃないから、セリフも変わるのか。

 天狼伝ゲームと同じようなシチュエーションに遭遇したことで、イライラするどころか逆にホッとした気持ちになる。

 モブのバスターらまでゲームと同じような奴がいるとなると、細かい部分までゲームの仕様と設定に近い世界なのだろうと。

 ゲームと酷似していれば酷似しているほど、俺にとって都合がいい。

   

「図星をつかれてだんまりかあ。いつまで経っても実力のないベテラン初心者さんよお。あはははは」

「……」


 ごちゃごちゃと囀っている。仲間もいたようで、手を叩いてガハガハ笑っているが同じような体躯と装備だから雑なコピーかよ、との感想を抱く。

 いいよなあ、こいつらは。同じモブでもストーリーの本筋に絡まないし呑気に酒を飲んで陽気にその日暮らしをしている。

 こちとら冒頭で華麗に散るモブだってのに。俺もあいつらみたいなモブだったら、純粋にこの世界を楽しめたかもしれない。

 言いたいことを言ったら酒を飲みに消えるだろ。

 モブ仲間のよしみで、このまま黙っておいてやろう。

 なんて仏心を出したら、事態は思ってもみない方向に進む。

 

「綺麗な姉ちゃんじゃねえか。こんなうだつの上がらない兄ちゃんとじゃなくて、俺たちとクエストやろうや。楽して強くなれるぜ」

「違います!」


 男がユエの肩に伸ばそうとした手を払いのけ、立ち上がった彼女がキッと彼らを睨みつける。


「ロンスーさんは強いんです! わたしが駆け出しだから、気を遣ってくださっているんです!」

「おうおう。分かった分かった。もう言わねえって。出来ない男に惚れる女ってやつか。人の恋路は邪魔しねえ。じゃあな!」


 毒気が抜かれたようにきょとんとした男たちはヒラヒラと手を振って食堂の方へ歩いて行った。

 結果的にあいつらがいなくなくなったわけだが、ユエの気持ちを考えていなかったことに反省する。


「すまんな。ユエ。俺がちゃんと言うべきだった」

「わ、わたし、余計なことを。す、すいません。ロンスーさんが黙っていらっしゃったのに」

「あいつらもそのうち俺たちの強さを思い知ることになるさ。その時が見ものだな」

「ロンスーさんならすぐに知らしめることができます!」

「ユエもな。数ヶ月で今の俺なんて吹けば飛ぶほどの実力をつけるさ」

「わ、わたしが、ですか……」

「そのための『蛍光色』だ。きっとうまくいくはずさ」


 そううそぶき、片目をつぶる。

 準備をしたらさっそく出かけることにしよう。天空の城もあったんだ。きっと「あの場所」もあるはず。

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