第9話 クリア後ダンジョン
一メートルほど高さがある石柱が等間隔で並んでいる。
目的の場所は大雑把にしか分からない。そもそも存在するかしないかも半々だったが、石柱を見て俄かに現実味を帯びてきた。
ある。あるぞこれは。
「こんなところに人工物が」
「石柱に沿ってゆっくりと進もう」
幸いここまで竜車に乗ったまま進めている。
5分も立たないうちに黒曜石でできた石碑が見えてきた。
うん。あったあった。こんな石碑が。ここだけ何故かアルファベットで文字が刻まれていたんだよな。
『Castle in the sky』
石碑の前で竜車を停め、刻まれた文字を見上げる。
「見たことのない文字ですね」
「天空の城と書いている」
「読めるのですか!」
「あ、うん。古代文字の一つで。ほら、神話を集めていたろ。それで断片的にだけど読むことができるようになったんだ」
キラキラと目を輝かすユエの視線が痛い。
もちろん、真っ赤な嘘である。本当のことを説明しようにも、どう説明したらいいものか複雑過ぎるからさ。
「空に浮かぶお城があるなんて。素敵ですね」
「過去にはあった、のかもな」
空を見上げると、彼女もつられて顔を上に向ける。
ぐるりと首を回した彼女は口元にえくぼを作って、小さく首を振った。
「でも、夢があるよね」囁くように呟いた彼女の声に「そうだな」と心の中で頷きを返す。
ここの地形と人工物は
再び竜車の御者台へ戻った
手綱を握りながら、記憶を辿る。
ええと、確か石碑を挟んで真っ直ぐ進んで、大きな木を右へ。
「あった。あの横穴へ入ろう」
「はい」
洞窟は下へ下へ下るようになっていて傾斜が結構きつい。ランタンを取り落とさぬよう、転ばぬよう慎重に進む。
5分ほど進むと行き止まりに到達した。
「ロンスーさん?」
ユエが不安げに俺の名を呼ぶ。
「掘るぞ。ランタンを持って照らしていてもらえるか?」
「崩れてきたりしませんか……」
「ほら、下へ下へと傾斜があるから、下へ掘る分にはまず大丈夫だろ」
「確かに」
さて、硬い岩盤じゃなきゃいいんだけど。
持参したツルハシで壁をコンコンと叩いてみる。お、さくっとツルハシが入りそうだ。
ザクザクザク。
シャベルに切り替えた方がよさそうだな。
問題ない。シャベルも背負って来ているぜ。
ザク、ドサー。ザク、ドサー。みるみるうちに土が後方で山を作っている。
「いいね。これは早い」
「ほ、本当に掘るんですね」
「そのためにツルハシとシャベルを持ってきたわけだしな」
「あ、あの……」
「疑問に思ったことはすぐに聞いてくれていいって。って何度目だ。余りに奇抜な行動過ぎて聞くのも憚られたってところか?」
「き、奇妙だなどとは思っては……」
作業の手を停めずユエと会話を交わす。
ランタンを片手に持ちながらも、彼女は甲斐甲斐しく俺の頬や目元についた砂埃を拭ってくれた。
「この下にあるはずなんだよ」
「な、何が……」
「ふふ」
「ま、まさか」
ザク! ザク! ザク!
うお。急に抵抗が無くなったから転びそうになってしまった。
そこへひんやりとした風が俺の頬を撫でる。
「きたあああ!」
「天空の城……ですか」
思わずシャベルを投げ捨て両手をあげた。
ユエとハイタッチをしようとしたが、彼女は驚き過ぎて固まってしまっている。
「そうだよ! やったぜ! あったんだよ。地下に!」
「行きますよね?」
「もちろん!」
意味深に天空の城と刻まれた石碑に、「ここだよ」と言わんばかりの洞窟がさ。
だけど、ゲームだと行き止まりになっていたら何もしようがない。
天空の城が地下にあることはゲームをしたことがある人なら誰もが知ること。
ただし、ゲームをクリアした人に限る。
四神を全て打倒し、エンディングが流れ、最後にゴゴゴゴゴという地鳴りの音と共に地面が割れて城が空へ浮き上がるシーンが映し出されるんだ。
この地中から空へ浮かぶ城こそ、クリア後のダンジョン「天空の城」である。
四神が幅を利かせているこの世界ではまだ地下に埋まったままの。
「ま、待ってください。短刀だけじゃなく、装備もとってきた方がいいのでは」
「コウモリくらいなら短刀で十分さ。ここにはモンスターがいない」
「発生源……でしたっけ……がいないから……?」
「その通り」
クリア後なら裏ボスが待ち構えているから、モンスターがひしめき合っているけど、今は「まだ」裏ボスはいない。
四神を倒さないと裏ボスが生まれないからな。先んじてクリア後ダンジョン「天空の城」に来れたメリットは計り知れない。
「穴も広げたし。いざ行かん」
「はい」
ユエの手を取り、開けた穴を覗き込む。
う、うーん。ロープがいるかも。
ランタンで照らすと城の屋根が見えるのだけど、ここから高低差が5メートル以上ある。
問題ない。ちゃんと登攀グッズも持ってきている。その分、武器も防具も置いてきたけどな!
◇◇◇
無事に屋根に降り立った俺たちは振り子の要領で窓から室内に入る。
「不可思議な部屋ですね」
「確かに」
ランタンの灯りは俺とユエの顔を含め室内を確かに室内を照らしていた。
だが、床と壁に届いた光は吸い込まれるように消失している。壁と床の色は黒に銀色のラメが入ったような色合いで、光を受けてもいないのにラメはハッキリとこの目で捉えることができた。
ここは通称「宇宙部屋」とゲームでは呼ばれていた部屋だ。
部屋は広く、紫水晶でできた階段があって、その先には円形の台座があり、台座の上には双剣が浮かんでいる。
「あの浮かんでいる双剣を頂いて行くぞ」
「い、いいのですか」
「誰のものでもない。この先使われることもない。なら、俺たちが使っても問題ないだろ」
「そういうものですか」
「倒したモンスターの素材と同じさ。クエスト途中で道端に転がっている素材や薬草は取得した人のものだろ?」
パチリと片目をつぶり、にっと口角をあげた。
ユエが今後も気にするようだったら、事が終わった後にこの場所へ戻せばいい。平和な世の中になったらクリア後ダンジョンにあるような武器など無用の長物になる。
「こ、この双剣。普通じゃないですよ……」
「天空の城にある武器は俺が知る限り、最強だ。これ以上の一品は存在しない」
クリア前のボスに対し、クリア後のダンジョン産の武器を持って挑む。
薄紫色――通称「月色」の刀身を持つ
浮かぶ双剣を眺めるユエの横から手を伸ばし、双剣の柄を手に取った。
鞘から刀身を出してみると、記憶の通り月色だ。見ていると吸い込まれそうになる、そんな魅力を持った双剣だった。
「持っててもらえるか?」
「き、貴重なものですので、ロンスーさんがお持ちになった方が」
「全部は俺じゃ持てないから、手分けしよう」
「ぜ、全部とは……?」
「バスターの扱う武器種はいくつあるか知っているよな?」
「8つです。まさか全種あるんですか?」
無言で頷きを返すとユエがくらりと崩れ落ちそうになってしまったので、彼女の背中を支える。
さてと、残りも集めるとしようか。ここが双剣の場所だったってことは、大丈夫だ。マップは頭の中に入っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます