第8話 .竜車は進む

 竜車を停車させたついでに、軽食を取ることにした。

 といっても、御者台に座ったままという味気のないものだったけど。周囲は俺たち以外に人の姿はない。


「ユエがいてくれなかったら、と思うとゾッとするよ」

「地図が優れているのですよ。特にこちらの地図が」


 三枚ある地図のうち一枚を引っ張るユエ。

 彼女が示した地図は行商人用の地図だ。俺たちのいた街ドラゴンズロアからホワイトクリスタルという街まで至るための道順が記載してある。

 俺が真っ先に購入を決めた地図は全土が大まかに記載された地図で、東西南北に四つの街があって中央に山脈が描かれていた。

 ドラゴンズロアは東側にあって、逆に西側にあるのがブラックロックという街だ。ブラックロックの方角に真っ直ぐ進めばいいだけだろ、なんて考えていたが甘すぎた。

 地図を睨みながらゴクゴクと水を飲んでいると、ユエの目線に気が付き水袋から口を離す。

 水かと思い、彼女に水袋を差し出すと「ん」と不思議そうなに首を傾げられてしまったけど、すぐに水袋へ口をつけた。

 

「……ん。ありがとうございます」

「喉が渇いてなかったか」

「いえ。ロンスーさんが飲み終わってから頂こうと思ってました」

「そ、そうか」


 気を遣わせてしまったよな。

 ユエは両手を水袋に添えて、再び水をコクコクと飲み始めている。

 じっと見ていたら、彼女の手が止まった。

 

「ロンスーさんの推測通りでしたね」

「ん? 何の話だ?」

「モンスターがいない、という話です」

「そうだな。確かに」


 天狼伝ゲームと同じ設定だったから、俺としてはそこまで驚くことではなかったので、数日前から気にもとめていなかった……と真剣な顔で語りかけるユエを前にして心の内をぶっちゃけるわけにもいかない。

 水袋を俺に手渡しつつ、彼女が続けて問いかけてくる。

 

「中央大山脈にはモンスターがいない、それはモンスターの発生源が大山脈にいないから、でしたか」

「発生源の話は推測の域を出ないけどね。行商人たちは山脈の麓を迂回しているけど、モンスターに出会ったという話を聞かない。理由は分からないけど、モンスターがいないというのは既に知られている事実ではある」

「ロンスーさんの『推測』を聞かせて頂けませんか?」

「もちろんだ。竜車を動かしながらでも語ろう」

「はい!」


 何でも聞いてくれと言ったが、彼女が自分から聞きたいといったことがモンスターの発生源のこととは。

 推測だ。与太話だ。と念を押して伝えているから別に語ってもよいだろう。彼女ならそこらかしこで吹聴したりなんてしないだろうし。

 

 昇竜がぐるるると喉を鳴らし走り始める。

 ガラガラと車輪の回る音が響き始め、再び竜車が進み始めた。

 鳥の囀りと風で揺れる葉、稀に聞こえてくる何の動物か分からぬ吠え声……モンスターのいない世界はやはり良い。

 玄武を倒した後は中央大山脈のどこかで自給自足生活もいいなと考え始めたところで、すぐにその夢を破棄する。

 自給自足生活ってテレビで見るとすぐに憧れるけど、実際やってみたら絶対に後悔するって。買い物ができない生活がどれほど大変か分からぬ俺ではない。

 アイテムボックスのように無限に謎空間へアイテムを収納できるのなら話は別だけど。

 

「無理に、とは言いませんので……」

「あ、いや。何から喋ろうかと考えていて」


 鳥の囀りに耳を傾けていたら、つい。都会の喧騒から離れて、なんて気分でいてしまった。

 そのうち逆に都会の喧騒が懐かしくなるのかもな。

 お、おっと。

 ユエの顔がますます曇ってきた。う、うーん、どう語ろうか。よし。

 

「クエストついでに断片断片でいろんな情報を聞いたりしていてさ。それを繋げ合わせた物語……」

「ワクワクしてきました」

「むかしむかし、人々はモンスターのいない世界で平和に暮らしていました――」


 そこへ突如、四体のモンスターが出現した。

 四体のモンスターは新たな眷属を生み出すことができて、それぞれ大陸の東西南北に陣取る。

 この四体のモンスターは元凶となることから、畏敬の念を込めて四神と呼ばれるようになった。

 人々は四神の眷属に対抗するため、武技を編み出す。

 

「興味深い神話です。東西南北に四神がいるからそれぞれの街が防波堤であり拠点となっている、という推測ですね」

「うん。中央には四神にあたる元凶がいないから、モンスターもいない」

「一つ気になることがあります。バスターがクエストで討伐するモンスターは眷属なのですよね?」

「と、俺は思っている。ユエはドラゴンズロアのモンスターしか知らないかもだけど、各地の街で受注できる討伐対象のモンスターはまるで違うんだよ」

「新米向けから全て、ですか?」

「うん。一つたりとも被っていない。属性……はこの世界にはないか。ええと、系統といえばいいのかな」

「系統……ですか」

「空を飛ぶ鳥、イノシシなどの獣、昇竜のような鱗を持つ生き物、いろいろ系統があるだろ」

「はい。ドラゴンズロアでモンスターといえば昇竜のようなものという認識です」

「これがさ、活用している地図にも乗っているホワイトクリスタルだと、イノシシや狼のような獣みたいなモンスターばかりなんだ」

「それで神話に信憑性があるとお考えになったのですね!」


 天狼伝ゲームではそうだった。ドラゴンズロアでの買い物ついでに受注できるクエストを見てきたけど、爬虫類型のモンスターばかりだったんだ。

 全部が全部ゲームと同じだと鵜呑みにしたら危険ではある。

 今のところ、天狼伝ゲームの設定通りなのだけど過信は禁物! 

 目指す先もゲームの設定頼り……うまく行けばラッキーくらいの気持ちでいよう。

 うんうんと自分に言い聞かせていると、手綱から手を離しグッと両手を握りしめたユエがこちらに笑顔を向けてきた。

 

「無駄足になる可能性が高いから、とおっしゃっていましたが、中央大山脈にも何か伝説があったのですか?」

「うん。神話だからこの機会に本当かどうか確かめたかったんだ。ちょうどドラゴンズロアから移動したかったしね」

「お聞きしても?」

「そんな窺うような目で見なくたっていいよ。最初に言っただろ。聞きたいことがあれば遠慮なく聞いてくれって。答えることができないものは回答できないって言うからさ」

「はい!」

「中央大山脈の中央には伝説がある。空振りしたとしても次の行き先はブラックロックだったからちょうどよいかなって」

「ブラックロック……。あ、大陸の反対側ですか! 中央を直進するのが近いですね」

「直進しようと思う人はいないだろうけどね」

「深い山の中です。一つ街を経由した方が道も開拓されてますし、確実に到着できますものね」


 ドラゴンズロアの街が東でブラックロックの街が西だったのはたまたまだ。

 ハイパーレベリングをするに一番都合がいいのがブラックロックだった。理由はそれだけだったんだけど、都合よく大陸の左右だったという……。

 「中央」まで竜車で進めればいいけど、無理そうなら昇竜に騎乗して進む。そうなれば、食糧をたんまり積み込んでいる積荷を整理しなきゃならなくなる。

 できればこのまま進みたいところだ。

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