第5話 おや、何やらズレが

 どうやってユエに声をかけようかと案を練っていたが、思わぬところでチャンスがやって来たんだ。

 それは、クエストの達成報告である。

 時計がないので時刻は分からないけど、暗くなってから竜の牙に入って、その後食事をしただろ。

 感覚的には22時を過ぎていると思う。

 時間が時間だからか4つある受付も1つしか開いていない。開いているところに驚きだけどさ。


「結構並んでいるな」

「わたしもビックリしました。こんな遅くに」


 彼女が達成報告に行くと言うのでついてきたんだ。

 渡りに船とはまさにこのこと。

 しかし、混んでいる理由は謎だ。彼女と同じように食事してから報告に来ているのか、今しがたクエストから戻ってきたのか……。

 俺にとっては並んでいる間に彼女と会話ができるので助かる。

 

「ユエはバスターを続けるつもりなんだよな?」

「はい」

「ティエンランたちと一緒に動くってのはどうだ? 彼らは誰かを騙したり、いざという時でも自分の命を投げ出してお互いに護り合えるんじゃないかと思うんだ」

「確かに。ティエンランとリーツゥーなら、安心して背中を任せることができますね」


 だろうだろう。

 ユエがティエンランらに同行を申し出なかったから、彼らに何か思うところがあったのかと思ったけど好印象のようでホッと胸を撫でおろす。

 ティエンランはドがつくほどの正直者で、義に厚い。それで損をすることもあるのだけど、彼はちょっとやそっとで折れるような奴じゃない。

 天狼伝の中のティエンランと現実世界の彼の性格が酷似していて、彼なら相棒とするに最適な人物だと思う。

 俺は彼の活躍を草場の影から祈るだけだがね。

 

 ん、彼女の表情が優れない。まだ何か彼とパーティを組むことに不安があるのだろうか。

 男と二人きりでパーティを組むとなると悩む気持ちも分からなくはない。リーツゥーもいるし、彼女は彼女でしっかり者だから熱くなったティエンランでも諫めてくれる。

 

「俺で聞けることなら相談に乗るよ」

「え、いいんですか! 遠慮なくお言葉に甘えちゃいますよ?」


 不安なことがあるなら解消しておいた方がいい。天狼伝ゲーム内の二人の事しか知らないけど、概ね間違ってないだろ。

 

 ◇◇◇

 

 ユエが無事クエストの報酬を受け取って、今日はもう休むだけとなった。

 宿はどうしようなんて思っていたが、よくよく考えてみると……新米バスターのティエンランらにも個室があるから、ベテランバスターたるロンスーこと俺にも個室があって然るべきである。

 竜の牙に隣接してバスター用の宿舎があることをそれとなくユエから聞き出した俺は、さっそく宿舎に向かう。

 宿舎って何だか妙に既視感がある建物だ。

 俺が一人暮らしをしていたアパートに作りが似ている。二階建てで両端に階段があって、合計3棟が横並びになっていた。

 分かりやすいことに、それぞれの宿舎棟の前に立て札があって、何号室は誰と名前が書いてある。

 ロンスー、ロンスーはっと。念のため、カードに描かれた名前と照合しつつ立て札から自分の名前を探り当てた。

 

 そんなわけで無事、自室に辿り着く。

 部屋は10畳くらいある。板張りの部屋で天井が低い。壁は石の上から漆喰を塗り固めたそのままで、現代日本のような快適さとは比べくでもないか。

 その辺はまあ仕方ないよな。

 ロンスーが生活していた部屋は武具以外にはベッドとクローゼットしかなかった。トイレも風呂も併設されているわけじゃないから、ここで食事をとることもないからかな。部屋を飾るアイテムの一つくらい置いてても良いとは思うのだけど。椅子と机のセットも欲しい。

 どんな武器や防具があるのかチェックしてみたいところだけど、突然の転移から今まで動きっぱなしだったからさすがにこれ以上何かをする気にはなれないよ。

 

 サイと腰につけていた小袋やら一式を取り外し、床に転がす。

 我ながら雑な扱いだけど、俺一人だし踏まなきゃ大丈夫だろ。

 

 コンコン――。

 ちょうど頭を枕につけた時に扉を叩く音が響く。

 腹筋だけで跳ね起き、扉口へ。

 

「相談……聞いて欲しいです……」

「何も今日じゃなくたっていいのに」

「ロンスーさんがクエストに行ってしまうと会えなくなってしまいます」

「確かに。顔色が優れないけど平気か?」

「少し、疲れているだけです。モンスターと戦うわけじゃありませんので、平気です」


 はにかんだ彼女がぐっと拳を握る。

 何で部屋が分かったんだ、と一瞬だけ考えたけど、俺と同じ理由でこの部屋を特定したんだろう。

 宿舎の位置さえ知らなかった俺よりは彼女の方がまだこの場所を把握している。

 俺が発見できたのだから、彼女に発見できないわけがない。

 言われてみるともっともだよな。電話連絡ができる社会じゃないから、俺が部屋にいるかいないかも分からない。

 バスターはクエストを受けて街の外へ行く仕事だし、日帰りで終わらないことも多々あるから余計に会うには難しいか。

 

「竜の牙に戻ろうか?」

「お部屋の中……でもいいですか?」


 深く考えずに彼女を部屋の中に迎え入れてから激しく後悔する。

 そうだった。この部屋には腰を降ろす場所は床かベッドの上しかないのだ。

 武器が転がる床で正座している彼女に申し訳ない気持ちになる。

 まだベッドの方がマシか? 

 混乱する俺とは対称的に彼女はうつむいたまま太ももの上に置いた手に力が入る。

 

「やっぱり外のがいいよな」

「いえ……他の方に聞かれるのも恥ずかしい、です」

「そ、そっか。それで相談って?」

「パーティのことでロンスーさんにお願いがあります」


 ティエンランに口利きして欲しいのかな?

 彼なら俺を挟まずとも快くユエをパーティに加えてくれるさ。

 一度だけとはいえ、一緒に戦った仲ということもある。

 

「俺にできることなら何でも協力するよ」

「ロンスーさんにしか頼めないんです」


 可愛いこと言ってくれるじゃないの、と謎の上から目線な感想を抱き、偉そうに両手を組んでうんうんと頷く。

 調子に乗った俺は、「言ってみたまえ」とばかりに彼女へ目線で促す。

 

「わたしとパーティを組んでくださいませんか?」

「へ?」

「や、やっぱりこんな新米とだと……数回だけでも、いえ、一度だけでもいいんです。ロンスーさんの雄姿を……あ、いえ。修行のためにも」

「ティエンランたちは……?」

「リーツゥーはティエンランが大好きみたいですし。ロンワンが生きていればそれでもよかったんですが……わたしはロンスーさんと、そ、その」

「あ、うん」

「ほんとですか!」


 茫然として、適当に相槌を打つ。

 ユエが何やら頬を染めて喜んでいるけど、頭に入ってこない。

 

「あ、あの」


 ユエがベッドに座る俺を見上げてくる。

 わざわざこちらに向き直って正座し直すものだから、チャイナドレスの端から除く艶めかしい太ももについ目がいってしまい慌てて視線を逸らす。

 しかしそこで俺は自分のやろうとしていたことに愕然となり、ワナワナと頭を抱えた。

 我ながら酷すぎる。何でこんなことに気が付かなかったんだ?


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