第4話 乾杯
深夜でも営業をしている歓楽街の一角にあるバスターの詰め所「竜の牙」に入る。
詰め所という表現をしたのはゲーム内でそう書かれているから。だけど、竜の牙は複合施設となっていて営業時間は施設にも寄るけどどこかしら開いている。
竜の牙には酒場兼レストラン、宿泊施設、温浴施設、クエスト受付所、アイテム引き取り所……などがあるのだ。
ゲームには特別なイベントの時以外に夜のシーンがなかったけど、現実世界となると昼夜があるし、時間も進む。
深夜でも開いていることはありがたいけど、経営的にどうなんだろうか。
なんて益体もないことを考えつつ、酒場に向かう。
「ロンスーさん!」
勢いよく席から立ち上がった短髪の少年はティエンランだった。
先に俺を見つけた彼が手を振り俺の名を呼ぶ。
ちゃんと二人分の席を開けて待っていてくれたんだな。
「遅くなってしまったよ」
「ロンスーさんだから、大丈夫と思ったけど。余りに遅いから心配で。でも良かった」
「徒歩でここまで戻ってきたから遅くなったんだ」
「昇竜を残してきたんだけど、いなかった?」
「青龍の雄叫びで逃げちゃったんじゃないか」
ティエンランは黒髪の少女と昇竜にまたがって帰ってきたそうだ。
馬車は二頭引きだったので、俺たちが乗って帰れるように一頭残してきたんだと。
とりあえず、何か飲み物を。
「水をくれ。ユエは?」
「わたしも……」
店員を呼ぶとすぐにピッチャーに入った水が運ばれてくる。
ふうう。生き返るう。
勢いよく飲んだから口の端から水がこぼれてしまった。
飲み物も食べ物も持っていなかったから、喉が渇いて仕方なかったんだ。水場を探そうかとも思ったのだけど、真っ直ぐ街へ進むことを優先した。
ユエも似たようなもので、一心不乱にこくこくと水を飲んでいる。
「ロンスーさん、ユエ、今日は俺のおごりだ。何でも食べてくれ」
「ティエンラン。俺の冗談を真に受けてたんだな。新米バスターにたかるわけないだろうが」
「ロンスーさんがいなかったら、俺たち全員死んでた。食べられるのも生きてりゃこそ。ロンワンは残念だったけど……」
「新規臭くなってしまったな。まずは食べよう。待っててくれたんだろ」
そうだった。黒焦げになった青年の名前はロンワンだった。俺がロンスーで彼がロンワン……適当に名付けした感が酷い。
テーブルには飲み物が乗っているだけで、食事の皿は何一つ置かれていない。食べた後片付けてもらったのかな、とか思ったけどティエンランの性格からしてそれはない。
その証拠に口惜しそうな顔をしていた彼も、腹の虫には勝てなかったようで店員を呼んでいる。
そういや、奢る奢らないの話で思い出したけど、お金ってどうなってんだ?
ゲーム内だとステータス画面を見たら現在の所持金が出た。手持ちのアイテムをアイテムボックス的な何かに収納できるのなら、道中飲まず食わずになることもなかったよな。
俺もユエも武器を持ち歩いているし、薬の類も腰から下げた袋の中に入っている。
お金はっとガサゴソと小袋をまさぐっていたら、適当に注文を終えたティエンランがクレジットカードを出して店員に見せていた。
店員も彼と同じようなクレジットカードをかざして何やらやり取りをしている。
察した俺は彼に声をかけた。
「俺が出すってのに」
「最初の注文だけでも、出させてよ。じゃなきゃ俺の気持ちが収まらない。いくら新米って言っても礼はしたいんだ」
「分かった分かった。ありがたくご馳走されるよ」
「もっと強くなったら、その時は全部奢らせて欲しい」
はにかむティエンランに苦笑しつつも頷く。
お金はあのカードでやり取りするんだな。ええと、俺のカードはっと。
あったあった。これかな。金属板っぽいシルバーのカードで、さっき見た通り大きさはクレジットカードと同じくらい。
彼らに注目されないようにチラッとカードを見たら自分の名前と数字が記入されていた。
手持ちは15万ゴルダ。多いのか少ないのか全然分からん。
このゲーム、ほとんど武器防具を買わないんだよな。モンスターから集めた素材を加工屋に持って行くと一律1万ゴルダで武具を作ってくれる。
ティエンランたちは「竜の牙」に自室があてがわれていたので宿代もかからないし、ゲームだったら食事もしない、ときたものだ。
商店で食べ物の値段を確かめてみればいいか。
そんなわけで、どおおんと肉の丸焼きがテーブルにおかれ、時を同じくして飲み物も運ばれてきた。
この肉……小型犬くらいあるけど羊の丸焼きか何かかな?
飲み物はカクテルか? 鮮やかな青色で炭酸がシュワシュワしている。
俺はともかく他は未成年だってのに。アルコール提供の年齢制限はなさそうだから、俺から何か言うつもりもないけど。
「無事の帰還を祝って乾杯」
「乾杯!」
ティエンランと女子二人に突っつかれ、乾杯の音頭を取ることになってしまった。
彼のおごりなんだから、彼が言えばいいのに。こういうのは苦手なんだよ。
うわ。青い液体、とってもおいしくない。かき氷のブルーハワイの原液を水で薄めて炭酸を混ぜたような……ノンアルコールの炭酸飲料だった。
「それにしてもすげえや。あんなとんでもない竜の前に立ちふさがって」
「青い竜は別格だ。あんなのと毎回戦っていたら命がいくつあっても無理だ。回避するならともかく、攻撃が通らん」
「ロンスーさんでも青りゅ、いて!」
「ん?」
「あ、いや。俺もいつかあいつを倒せるくらいに強くなりたい」
何か言いかけたティエンランだったが、何だったんだろうか。
隣に座る黒髪の少女がキッとティエンランを睨み、ティエンランも負けじとこちらには聞こえないくらいの声で何やら言い合っていた。
仲が良いのはよろしいことで。彼女はメインヒロインの幼馴染だし、お互いにいい関係が築けているのだろう。
微笑ましい気持ちになって二人を見やっていると、ドンとコップを勢いよく置く音に表情が元に戻った。
ユエがクソまずい青い液体を一息で飲み切ったらしい。余りのまずさにコップを叩きつけるようになってしまった様子。うん。その液体には怒っていい。
青い液体をちびりと飲み、思いっきり眉間にしわが寄る。む。一応、彼に奢ってもらったものだから、この表情はいただけない。いつの間にか俺の様子を窺っていたティエンランに液体のまずさを誤魔化すように口を開く。
「まあ、あんなもん、早々会うものじゃないからな。いざという時のために閃光瓶と、できれば金丹がありゃいいが高いから甘露水でも持っとけよ」
「そうする。閃光瓶は何となくわかるけど、金丹って?」
「傷を癒す最上位の薬だ。スタミナも回復するぞ」
「へえ」
相槌を打つティエンランの瞳はキラキラしていた。
最初のクエストで青龍と出会い、身が震える想いをしただろう。それでも彼は不安を抱えながらもバスターを続けていく。
俺が死ななかったことで恐怖が決意に勝ったらどうしようかと懸念していたが、さすがティエンラン。この程度じゃ折れない。
あの竜が青龍だという情報は、いずれ自分で掴んでくれ。俺から君に教えるにはまだ早い。
俺とティエンランの会話を少女二人はうんうん頷きながら聞いている。
こんな話が彼女らにとって面白いとは思えないけど、合わせてくれているんだなと心の中で感謝した。
「ロンスーさん。俺がもっともっと強くなったら……」
「一緒にクエストへ行くか」
「おう! 見てろよ。すぐにロンスーさんがビックリするくらい強くなってやる。その時は俺がロンスーさんの前に立って」
「おいおい。強くなったんなら一人で前に立つんじゃなくて、二人で敵に当たればいいだろう」
「確かに! あはは」
後ろ頭をかき屈託なく笑うティエンランに対し目を細める。
真っ直ぐな少年ってのは見ていて気持ちいいものだな。
この調子で三人で頑張っていってくれよ。すぐにもう一人仲間が入る。
「新米同士頑張って行けよ」
「リーツゥーはともかく、ユエとロンワンとはちょうど新米が近くにいたからって一時的にパーティを組んだだけだぜ?」
確かにクエストを受ける時にちょうど新米が四人いたからってことでパーティを組んだ。
しかし、青龍の襲撃がありユエとの絆が深まり……。
あれ、ユエは黙ったまま肉を口に運んでいる。
ここで元気よく「あたしも付いて行く」とか言って、彼女がティエンランらと行動を共にするはずなのだけど……。
ティエンランと黒髪の少女がいる前で聞くのも気が引ける。
どうしたものか。彼女がティエンランと共に行動しないとなるとちょっと困ったことになる。
一抹の不安を抱えながらも宴会はお開きとなった。
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