第3話 最も大切なもの、それは自分の命だ

「思った以上にしつこかったな……」


 大自然のままといっても森林地帯ではなく、木々がまばらに生えているだけだった。

 身を隠すにもなかなかままならずに、ひたすら逃げ続けティエンランと狩りをしていたであろうエリアまで戻って来る。

 ここは木どころか草もほぼ生えていない荒地でゴツゴツとした岩肌が露出していた。

 何度も何度も青龍にブレスで攻撃されて、視界良好だからいい的だったよ。なんとか横穴を見つけて、潜り込み奴が諦めるまで待って今に至る。

 巨体だけに横穴には入ってこれないし、手を伸ばしても入口僅かにしか届かないからな。

 ギャーギャー外で吠えていたが、ようやく立ち去ってくれた。

 

 ほっと息を撫でおろしていると、姫抱きしたままのユエが細い眉を寄せる。

 

「ん? どうした?」

「武技を使わないのですね」

「烈風はさっきので打ち止めだ。第二、第一の業を使ってもいいけど、洞窟が崩れるかもしれないだろ」

 

 第一と第二の業では第三に比べ威力が落ちるのだ。これでは青龍に傷をつけることも難しいだろうな。

 洞窟がってのは照れ隠しに過ぎない。何かカッコいいことを言いたくなってしまっただけなんだ。言わせんな、恥ずかしい。

 俺の心中など露知らず、ユエはしおらしい顔で謝罪の言葉を述べる。


「申し訳ありません。足手まといで……」

「何言ってんだ。新米バスターのお守を任されたんだ。これも仕事のうちだろ」


 強がっているけど、正直なところ逃げることしか頭になかった。ダメージを与えることができる烈風は第三の業だから一日一回で打ち止めだし。

 彼女は武技の一日の使用回数を知らないのだろうか? 新米だから第一の業のことしかまだ知らないかもしれない。

 こういう時は、下手に刺激して逆上されたらどうなるか分からん。

 静かに嵐が過ぎるのを待つに限る。

 

 今度は何だ。彼女が太ももを擦り付けもじもじし始めた。

 赤系のチャイナドレスの裾は短く、スリットが動き白磁のような滑らかな肌をした太ももが艶めかしい。

 

「あ、あの」

「どこか怪我したか? 甘露水くらいなら持ってたかも」

「いえ。怪我ではなく……そろそろ、おろして欲しい……です」

「すまん」


 逃げている時ならともかく、意識するとこちらも恥ずかしくなってきた。

 謝罪と共に彼女を地面におろす。

 が、生まれたての小鹿のように脚をプルプルさせた彼女の肩を支える。

 彼女、そもそも腰が抜けて動けなくなっていたんだものな。

 そっと彼女を座らせ、隣に腰かける。

 ひんやりとした岩肌が心地いい。青龍から逃げおおせた興奮が覚めてくるに従って、無言の空間に気まずくなってきた。

 お互いの息遣いだけが洞窟内を満たし、時折外から聞こえてきる風のそよぐ音がより謎の緊張感をかぎたてる。

 

「双剣の武技って何だったっけ?」

「第一の業が迅雷、第二の業が竜波、第三の業が百花繚乱……と聞いています」

「スピード重視の武技が多いんだな」

「はい。わたしはまだ迅雷しか使うことができません」

 

 ユエの装備は双剣だったはず。記憶が正しかったようで武技話になるが、取ってつけた話だけにすぐに会話が途切れてしまった。

 街で出会って初の討伐に後ろからついて来ていただけの俺と彼女には接点らしき接点はない。

 青年が焼かれるというショッキングな出来事があったばかりだし、彼女の口数が少なくても当然と言えば当然か。

 

「サイの武技を初めて拝見しました。それも第三の業なんて……ロンスーさんだからこそですね」

「俺だからこそってわけじゃあないんだけど、第三の業まで使えるとなると数は少ない」

「そうなのですか」

「武技のことはどこまで知っている?」

「え、えと。武器の種類によって武技が違っていて、練習したら習得できる……でしたか?」


 丁度いい。彼女が歩くことができるようになるまで、武技について語ることにしよう。

 いい話題ができたとワキワキしながら、自分のゲーム知識を彼女に披露する。


「モンスターを討伐するクエストを受けるにはバスターにならないといけない。バスターになるには武技を使えることが条件だ」

「はい。迅雷を習得し、わたしはバスターになることができました。まさかモンスターがあれほど強いなんて……」

「俺も驚いた。長い間バスター生活をしているが、初だ。もう二度とないくらいの強さを誇るモンスターと思っていていい」

「そうなのですね、少しだけホッとしました」

「うん。話を戻すと、武技は体の内なる力……気力を溜め開放することで使う。どの武器種でも使う事のできる武技は三つ。一日に使うことができる最大回数も同じだ」

「わたしは迅雷が二回まででしたら使うことができます」

「バスターに成りたてだとそんなもんだ。第一の業なら一日で最大五回まで使えるようになる。あと、武技の威力だったっけ」

 

 そこで話を切り、指を三本立てた。

 俺の指をじっと見つめ、息を飲むユエ。


「そんな難しい話じゃないさ。気楽に聞いてくれ」

「大事なことだと思って……」

「いや、感覚で分かることだよ。武技の威力は『使う業』と『武器の強さ』で決まる。威力は誰が放っても同じだ」

「ふむふむ。勉強になります。先生」

「はは。もう一つあるぞ、ユエ君」

「なんでしょうか、先生」

「武技を使うには業の名前を口にしないといけない。あ、これは知っているか」


 「はい」と言ってピシっと右手をあげるユエに吹き出してしまう。

 彼女も伸ばした腕を追ってくすくすと声をあげた。

 

「そろそろ大丈夫そうか?」

「はい。ありがとうございます。正直に言います。ちょっと怖い人だなと思っていました。ですが、とても優しい方で……何と言いますか」

「そういうことは本人の前で言うもんじゃないぞ」

「す、すいません。何か言わなきゃと……」


 真っ赤になって顔をふせる彼女にやれやれと人差し指を回す。

 多少打ち解けてきたところで、お互いに立ち上がりティエンランらが待つ街へ向かうことにした。

 

 ◇◇◇

 

 ティエランにとって始まりの街ドラゴンズロアまでは歩いて五時間くらい……。

 行きはダチョウくらいの大きさがある二足歩行のトカゲこと昇竜が引く屋根の無い竜車に乗って近くまでやってきたんだったか。

 帰還時はもちろん竜車が待っているわけもなく、迷いそうになりながらも帰ってきた。

 当たりはすっかり夜のとばりが落ち、街灯がない街は家屋から漏れるオレンジ色の光だけになっている。


「夜の街、漏れる光が素敵だと思いませんか?」

「そうだな。オレンジ色の光は暖かみがあるよな」


 平然と自分の感想をユエへ返しているが、内心物語の中のような街並みにワクワクが止まらないでいた。

 彼女が隣で歩いていなければ、キョロキョロと辺りを見渡して「おおお」なんて呟いていたかもしれない。


「他の街はどうなっているんでしょうね。ロンスーさんは他の街へ行ったことがありますか?」

「俺はドラゴンズロアを拠点にしていたからな」

「わたしと同じですね」

「ごめん、行ったことはあるんだ。だけど、殆どはこの街で過ごしていた」

「そうなのですね」


 何が嬉しいのかユエはニコニコしながら俺を見上げてくる。

 ひょっとしたらロンスーは他の街に行ったことがないかもしれないけど、まあいいだろう。

 プロローグ前に退場する彼のプロフィールが書かれている攻略サイトなんてあるわけもなし。公式でも特に彼については触れていなかった。

 所詮モブキャラよ……。

 ゲームでは他の街に行ったことがある。だから、行ったことにしてもいいのだ。

 天狼伝ゲームの世界では、ここを含めて街は四つしかない。

 四神に対応し、拠点となる街という設定だ。

 青龍の眷属に対応するのはここドラゴンズロア。他の街もそれぞれの眷属モンスターを討伐するクエストを受けることができる。

 

 この時まで俺は自分が生き残ったことによるストーリーへの影響なんて微塵も考えていなかった。

 まさか大幅な方針変更を迫られることになろうとは、この時の俺は知る由もない。


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