第2話 俺は……逃走する!

 つい「俺に任せろ」なんて口走ってしまったが、ここを上手く乗り切れば俺にとってもメリットは大きい。

 天狼伝はモンスター溢れる超危険な世界になっている。対峙する青龍を含む四神と呼ばれるボスたちが続々と眷属を生み出しているからだ。

 青龍の圧倒的な力を前に委縮しながらも、真っ直ぐ奴を意思の強さを感じさせる目で見つめる少年の名はティエンラン。

 いくつかの悲劇と苦難を乗り越えた彼が四神を討伐する、のが天狼伝ゲームの大雑把過ぎるストーリーである。

 ここが彼にとってのスタート地点だ。

 この時点で彼は対峙するドラゴンが青龍ということは知らないが、バスターが甘い物じゃないことを痛感する。この経験があったからこそ、彼は強くなっていく。

 二人のヒロインと共に。

 

「逃げろ。ティエンラン! 二人を連れて」


 振り向かずに叫ぶ。

 当たり前だが、いくら四神を倒す予定のティエンランといえども俺の命と天秤にかけ、どちらが大事かと問われれば、俺の命に決まっている。

 できれば彼には生き残って欲しい。俺の今後の生活のためにね。

 いつまでもモンスターがわんさか溢れてくる世界で暮らしたくなんてないもの。うん。彼には頑張って頂きたい。

 ティエンランと少女二人の駆け出す足音が耳に届く。

 よし、彼は言われた通りにちゃんと逃げている。

 戦闘経験なぞまるでない俺であるが、問題ないだろうと半ば確信していた。

 腰から下げたサイを両手に握る。サイは時代劇で「御用御用」と叫ぶ警官ならぬ同心や与力が使う武器みたいなのだが、L字からもう一本枝分かれしており三又になっていた。

 十手と違い、突き刺すこともできる。

 ……といっても青龍の硬い鱗を貫けるものではないが……。

 サイを握ると本能的に理解した。この武器の使い方、体の動かし方を。

 行ける!

 信じられないほど体が軽い。数十メートルくらいジャンプできるんじゃないかってほどに。

 

 背中を向けて逃走するティエンランらを遮るように前に出て、サイを構える。


 ――グルウウウオオオオ!

 首をあげた青龍が物凄い咆哮をあげた。余りの音量に体がビリビリと揺さぶられる。

 元の俺だったなら、完全に委縮し立っていることさえできなかっただろう。

 だが、ロンスーは違う。歴戦のバスターなのだ。

 護るべき新米がうまく逃げおおせるまでこの場に留まると決めた。これで奮わぬロンスーではない。

 恐怖を覚えるどころか、俺の体は熱く滾り、内なる闘志が今か今かと開放される時を待っているかのよう。

 

「うおおおお」


 雄叫びをあげて接近する俺に向け、太く長い尻尾が横凪に襲い来る。

 両手を前に突き出し、サイで尻尾を受け止め吹き飛ばされる勢いを上に。

 高く飛び上がった俺はくるりと回転しつつ、両手のサイを青龍の右前脚の肘辺りに振るう。

 ギイインと金属同士が打ち合わさるような鈍い音がして、手首に衝撃が走った。

 か、硬い。硬すぎるだろ!

 

 ゲームではいい感じで戦っているように見えたロンスーと青龍だが、相当に実力差がある。

 よくこんな硬い鱗を捨て身の一撃とはいえ傷つけることができたな。

 未だ手首は痺れているが、サイを取り落とすことはなかった。

 

 ピカリと先ほど切りつけた右前脚の爪先が光る。

 とっさに体を屈め、サイを頭の上に突き出した。

 サイに掠めるようにして何かが俺の頭上を突き抜けたようだ。


「こいつは避けるだけでもタフだな……」

 

 愚痴っている間にも爪先が光り、弾丸のような塊が飛んでくる。

 首を捻り、サイで弾き、襲い来る弾丸を凌ぐ。

 

「ユエ!」


 悲壮なティエンランの叫び声が耳に届いた。

 お団子頭の少女が転んだんだな。

 ゲームで何度も見た光景だ。振り向かずとも分かる。

 

「ティエンラン。そのまま逃げろ! 戻るな!」

「しかし!」


 「しかし」じゃねえよ! お前がお団子頭を助けると一緒にその場に留まるだろうが。

 俺は決死の覚悟で青龍に突撃する気なんてないぞ。

 

「心配するな。後で落ちあおう。街でな!」

「で、でも……」


 喋っている間にも青龍の尻尾が俺の胴へ迫って来る。

 これを地面につかんばかりにのけぞって何とか回避。

 右手を地面につけ、肘を追って手の力だけで後方へ跳躍する。

 

 後方へチラリと目をやり、立ち止まるティエンランを睨みつけた。

 たじろく彼に顎で「行け」と示す。

 しかし、お団子頭に近寄ろうとしないものの、彼は未だに動こうとしない。

 何だってんだよ、もう。助けにきたら自分の命も危ういとか考えないのか、こいつは!

 自分の命をも厭わない主人公ってのは、映像で見ている分には共感できるものだけど、実際に自分も関わっているとなるとめんどくさいことこの上ない。

 このまま接近戦でのらりくらりと躱しつつ、青龍が諦めるまで待とうと思っていたが仕方ない。

 なるべくならティエンランも生き残って欲しいから……。

 

「見ていろ、ティエンラン。そして、納得したら逃げろ!」

「お、おう」

「後で奢れよ!」


 パチリと片目をつぶり、前傾姿勢になって青龍から飛ぶ弾丸を躱す。

 距離を取ると、アレが来るんだよな。ロンスー唯一の見せ場なのだが、魅せると死亡コース一直線である。

 ぐぐぐっと力を溜めながら、お団子頭の前に立つ。

 

「ユエ」

「も、申し訳ありません。腰が抜けてしまい……」

「いい。俺が合図をしたら手を伸ばしてくれ」


 お団子頭の少女――ユエの様子は後方のため窺い知ることはできないが、頷いてくれたと判断。

 「どうだ」と目でティエンランに示すと、彼もようやく踵を返し黒髪の少女の元へ向かってくれた。

 ゲームでは助けに来たティエンランとユエに向け――。

 ほら来たぞアレが。

 青龍の口元に炎がチラチラと見え隠れし始めた。距離を取ると青龍はブレスで攻撃してくるんだ。

 決死の覚悟で一撃なら弾き飛ばすことができるのだろうけど、大ダメージは必至である。

 受けてはいけない。

 捨て身の時ではなく、ここで使わせてもらうぞ。

 体内で気力を蓄積し、ゆっくりと数を数えていく。

 

 青龍の口から炎のブレスが吐き出される。

 二、三……。

 腰を落とし、サイを握る両手に力を込めた。

 四、五!

 射程は至近距離だが、青龍の鱗をも切り裂く威力のこいつなら行けるはずだ!

 

「第三のわざ 烈風!」


 ブレスが俺に触れるか触れないかのところで、腕をクロスさせ溜めた力を開放する。

 サイから鉄をも切り裂く真空波が生まれ出た。

 

「第三の……武技……!」


 ユエの呟く声がブレスと真空波がぶつかり合う音でかき消される。

 ドゴオオオオオン。

 ブレスと真空波が相殺し合い、消滅した。


「ユエ!」

「……は、はい」

 

 手を伸ばすユエの腕を掴みグイっと引き寄せる。

 そのまま彼女を姫抱きして、ティエンランの向かった方向とは逆へ駆け出す。

 ここは逃げの一手だ!


「あばよ!」


 ――グガアアアアアアア。

 軽い調子で青龍に言ってみたが、まあそうですよねええ。

 咆哮をあげた青龍の口元に再びチリチリと炎が溢れ出てくる。

 ティエンランの姿はもう見えない。よっし、うまく逃げてくれたみたいだな。

 先に逃がしたから彼が足をくじくことがなかったのが幸いだった。

 後は俺がこいつを撒けば哀れな青年以外は全員生存できる。

 

 ブレスなんてなんのその。ブレスを吐き出すまでには溜めが必要だし、その間は身動きしない。

 先ほどブレスを受け止めた位置から30メートルほど離れたところで、再度のブレスが吐き出された。

 直角に右方向へ方向転換し、これを回避。

 これだけ離れていれば、回避することは容易いこと。弾丸の方が余程厄介だよ。


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