第6話 ご家族面会1

 自分の部屋に変な臭いのする怪しげな花を置くのは心許ない。

 受け取った瞬間に判断してそのまま職場に向かった。

 今日は施設長がゴルフに行っているので事務所にはいないはずなので都合がいい。

 ボランティアでの買い物支援などバレると面倒でしかないからだ。

 

 施設に着くとほかのスタッフには忘れ物をしたと言い訳してジン老師の部屋に向かった。

 ノックして部屋に入ると待っていましたとばかりに、残り少ない筋力を使い手を挙げた。

 漆黒のゼラニウムの事は忘れないでいる。このことについては認知機能は低下していないらしい。

 目的を持つことはいい事なのだろう。

「持ってきましたよ、これで騒がないでくださいね」

 うんうんと言いながらゼラニウムを眺めるジンさんの顔はとても認知症を患っている人には見えないほど快活な表情をしているので、今月のモニタリングにはしっかりと記載しようと思った。

「それで次の満月は……18日後か、やっと戻れる……」

 月の朔望の周期まではっきりしてるとはこの爺さんは本当に認知症なのかと疑問がわいてきた。

 考えてみれば昼間はおとなしくテレビを見ている。認知症の人はテレビをおとなしく見ることは少ない。状態に関してはモニタリングでもそんなことばかり書いていたように思う。

 そのほかは新月と満月についての記述しか出てこないだろう珍しいモノだとケアマネも理解しているだろう。

 それにしてもこの爺さんは怪しい……。

 そんな推理をしているとドアがノックされた。

「お父さん、おひさしぶりで……あらお客さんだった?」

 長女の面会日だった事を忘れていたので少し驚いた顔をしてしまった。

 施設的にルール違反をしている事に若干の罪悪感がある。

「いや、違います!職員の円井です。すいません帰り際に少し様子を見に来ただけです。すぐ出ますのでどうぞこちらへ」

 そう言ってそそくさとベッドわきを長女に譲った。長男はめったに顔を見せないが長女は週に一度は面会に来る。

 そして今日は孫娘も一緒だ。

「はて?お前さんらは誰じゃったかの~」

「いやだ、お父さんとうとう娘の顔も忘れてしまったんですか?」

 やはりコントの様なわざとらしいボケ方している。

 孫娘は隅で様子をうかがっていて、あまり積極的に関わることはないようだ。

 さっさと退散しようとドアを向くと長女に呼び止められた。

「すいません職員さん、花瓶にお水を汲んでくるので少しだけ見ててもらえますか?」

 

 孫娘とジン老師と俺、3人になった空間は気まずい。

 孫娘は中学1年とか言ってたな、この孫娘からは妙なオーラが出ているように感じるが根拠は何もない。

「ミコ、こっちに来なさい、お小遣いを上げるよ」

 ジン老師が正気に戻ったように孫娘をよんだ。孫娘は俺を見て困惑した顔をしながらジン老師のそばに寄った。

「おじい様、ボケたふり、いいの?」

 娘が困った顔で俺とジン老師を交互に見た。

「おお良いんだ。その若者は事情を察してるからの」

 そうだったんですか?全然気づいていませんでしたが、とか言う気もないので黙ったまま。孫に頷いた。

「それじゃあこれで好きなものを買いなさい」

「おじい様、これは?貯金通帳とカード?」

 明らかに孫へのお小遣いというより遺産相続という感じの状態だ。

 開かれた通帳をチラ見すると俺の今の年収の3倍くらいの金額が記帳されている。

 孫娘はまた訳が分からず困った顔をした。

「おじいちゃんはね、もうすぐ旅に出るんだよ、だから今自由にできるお金を全部ミコにあげるんだよ、ミコはおじいちゃんのために頑張ってくれたからね。無駄遣いしちゃだめだよ、意味のある投資をしなさい、ミコならできるよ」

 孫娘は伏目がちに頷いた。

「向こうの世界に行くんだね」

 ジン老師は本気で異世界に行くつもりなのだろうか、俺はどうしたものかとため息をついた。物事が現実離れしているのに、現実へと何かが近づいてきているような不安が俺の中で大きくなった。

 初めて銃を手にしたとき、初めて戦場に立った時、初めて人を……そんな気分に近いのは、空気感の問題で嫌な予感を察知しているからかもしれない。

 錯覚だと自分に言い聞かせている自分がいる事にも困惑しながらジン老師と孫娘のやり取りを見守った。

「おじい様、これ、いつもの、いっぱい呪文をかけて描いたよ」

 孫娘が絵手紙を差し出した。えっ?呪文?

「おお、ありがとう、これが最後になるのは惜しいが元気で生きるんじゃぞ」


 長女が戻りまたボケが始まった。孫娘はその光景に少し微笑んだ。

 俺は疑問がわき出てくる。

 こんなに家族に愛されているのに、無理をしてまで異世界に戻り、今さら復讐などするものだろうか?それほどの執着とは何か……ああ、いかんな、そんなことに興味を示すものじゃないと深読みするのを中止した。

 居室を後にして廊下を歩いていると後ろから孫娘が駆け寄ってきた。

「あっ、あの、次の満月に旅に出るんですよね、もしかしてその日は夜勤ですか?」

「いや、違うけど、どうしたの?」

 答えると小さな声でそうですかと言って戻っていった。なんだか落ちこんだように見えたのは気のせいだろうか?

 確かに次の満月は気になるが俺は夜勤じゃないし関わるのは得策じゃないように思う。ジン老師が何か大騒ぎして大事にでもなったら厄介だな~ぐらいの気楽な考えでごまかした。

 担当夜勤者は多少の事故報告書は覚悟した方がいいだろう。

 俺は関わらない……

 ただ、胸の中でこの生活が現実なのだと思い込みながら言い訳ばかりする意識がモヤモヤと湧いてきては無理に蓋をしている事には気づいている。

 悪い兆候だ。


 

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