第7話 ご家族面会2
休日の惰眠をかき消すようにスマホの着信音が鳴り響く。
画面には施設長の名前が表示されているので、要件については大体の見当はついた。
このままシカトするという選択肢が無い事はない。
が、特に用事もない、する事と言えば横になってテレビを見ながら時間をつぶし、夕方になったら近所の弁当屋のから揚げで酒を飲むくらいだ。
我ながら情けなくなる休日に用事が出来たと思えばそれでいい。
「円井君申し訳ないが今日、夜勤出られない?」
夜勤と聞いて少し拍子抜けした。このまま出勤と思っていたので少し目が冴え始めていたからだ。夜勤となるともう一度寝る必要がある。
俺は覚醒しだした意識を強制停止させ、そのまま布団に戻り目を閉じた。
どんな状況でも寝られるのは訓練のたまもの……Zzz
出勤して申し送りを聞いた俺は自分の浅はかさにウンザリしている。
「今日は満月ですので、202号室陣内さんの巡回訪室時は異常行動に注意してください……」
今日は例の満月でジン老師が魔法での転移など企んでいる日だ。
失念していた事実に現役を退いてからの年月を感じている。
間違った情報で立つ戦場なら間違いなく命はない。
まあ命のやり取りはないだろうから、インシデント報告と運が悪ければ事故報告書数枚だろうか?
一度大きく息を吐いた。ため息ではないつもりだけど……
日勤リーダーだった仁美さんが申し送り終了後近寄ってくると肩を叩いて小声で「当たるね~ファイト」と言ってくれたことに苦笑いで返してから業務を始める。
どんな状況でも嫌な顔をせず利用者様には笑顔で対応する。
訓練された笑顔も随分と板についてきたと自負しているのでこの夜も上手く乗り切って、明日は勤務終了後に牛丼チェーンの朝定食をいただいて帰るのを励みに業務に没頭した。
就寝介助も一通り終えるころ、105号室の金子さんが不穏になった。
何度もナースコールがなる。
そのたびに「何かいるのよ、奥の風呂場に何かいる、私見たのよ」と言って怖がっているのをなだめた。
金子さんはレビー小体型認知症ではあるが幻視の症状は強く出ていないはず、症状が進んだのか?などと本日の夜勤者小暮くんと顔を見合わせた。
ちなみに小暮君は極度のビビりで、前職では「一人夜勤が怖くて」と言うのが退職の理由だ。この状況に今も少し青い顔をしている。ご逝去のあった次の日は寝込んでしまうのでこの仕事に向いていないのかもしれない。
「金子さん、今確認してきますから、大丈夫ですよ」
そう言って宥めるのだが、自分で確認するからと聞かないことに業を煮やして俺が一緒に浴室のある廊下の奥へと歩いた。
小暮君には2階の担当を任せ、俺は金子さんを連れて浴室のドアを開けた。
確かに何者かの気配がする。
「誰かいますか?」
当然返事などない、俺はこの状況を危険と判断した。
「ほら金子さん、誰もいないでしょ」
そこの誰かにわざと聞こえるように言った。
少し空気が緩んだような気がしたので、「おかしいわね~」と言う金子さんを居室に戻した。
やばい奴なら安全に制圧しないと利用者様に危害が及ぶ可能性もある。
確実に敵の背後を取らねばならない。
俺は金子さんを居室に戻した後、廊下の照明を落とし、音が出ないようにシューズを脱ぐと気配を消して風呂場に戻った。
誰かが歩く音と何か荷物をあさっている音がする。
プシュッ!
炭酸の飲料を開栓したした音がする。
かなりの素人がもぐりこんだようだ。
俺は記録用のボールペンのペン先を音が出ないように後ろ手でゆっくりと押し出した。
ドアの音が出ないように開けるのは動き出しの力加減が必要だがなれたものだ。
10センチほど開いた隙間から息を殺し中を確認する。
敵は油断してるのか奥の個浴の照明をつけて椅子に座ってくつろいでいるのを確認した。
敵のいる脱衣室は暗い、個浴とは反対側の機械浴室は照明が消えたままだ。
薄暗い中、逆光なので後ろ姿で顔は確認はできそうにない。
ゆっくりとした動作で動き出す。微妙な気流の流れに乗るように人としての気配を消して脱衣室に紛れ込んだ。
ほんの6畳ほどの広さに椅子が置いてあり、着座した敵の背後に立つ。
訓練通り音もなく侵入。
闇と一つになっている感覚、そっと腕を前に出して素早く口を抑え込みボールペンの先を首の横に押し付けた。相手はもがくが椅子も一緒にホールドしているのでバタバタと足音だけがなる。
「静かにしろ、突き刺すぞ」
少しだけ強くボールペンんを突き立てた。
「騒ぐな、できるな!」
そう言うと抑え込まれている腕に手で合図をよこし頷くような仕草をした。
「よし、離すぞ、騒ぐなよ」
そう言って開放するとせき込んだまま椅子からずり落ちてしゃがみこんだ。やけに小さなシルエットに困惑する。
照明を点灯して姿を確認すると本当に子供だった。
しかも女の子?
よく見るとジン老師のお孫様。
「何してんだ?こんな時間に?」
「殺す気ですか!」
荒い呼吸のまま絞り出した声が本気で死にかけたとでも言いたげな視線んで睨んでいる。しかもよく見ると失禁している様子で泣きそうだ。
あれっ?俺はやりすぎた?
「私はおじい様と一緒に異世界に行きたいだけよ」
よくわからんが泣きそうな表情で訴えかけていた。
「そう言われても、面会時間はとっくに過ぎているんだが」
俺はため息をついて、事故報告書になんと記載すればいいか考えていた。
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