第5話 影町通り商店街2
金髪女は黒いジャケットの内側から慣れたような自然なしぐさで拳銃をぬいた。
しっかりとしたツーハンドホールドでグリップを握り俺を狙っている姿はどこかで訓練されたような構えだ。
確実に当ててくる意志を感じる。
「どこの組だい?正直に言えば命は助けてやる」
勝ち誇った顔で薄く笑っている。
こういう事態は収拾がつかなくなるまで次々と変化しながら仕事が増え続けるのかもしれない。
全員を殺してしまえば楽だろうが、ここは日本皇国内なので、こんな違法な場所で銃を振りかざしている者にでさえ法律は優しく権利を押し付ける。
国家権力は過程を無視して俺を犯罪者にすることだろう。アンダーグラウンドな人間関係は硝煙にむせる戦場のほうがシンプルに解決できるから、この国では厄介ごとでしかない。
この街に来たことを重ねて後悔した。
「俺はカシマールって店に用事があってきたんだが、別にカチコミでもないしどこかの組織に所属もしていない、この間抜けな連中が仕掛けてきただけだ」
「ますます気に入らないね、うちの店に何の用だい?」
まさかとは思ったがカシマールの店主らしい、厄介ごとが膨らんだ。
「ある人物の紹介で来たんだが、聞いてないか?」
「ある人物?そんな話は聞いてない、そんな嘘をついても駄目だね、お前は私に撃たれて道端に這いつくばるしかない」
少し楽し気に笑った顔は人の命を握った奴が見せる腐った表情だ。
人命が安価な場所ではよく見る顔なことにうんざりした。
殺すか。そんな思いがよぎった時、金髪女のケータイがなり緊迫した場面に水を差してくれた。
「誰だいこんな時に……あんた動くんじゃないよ、ったく、何なん……ン?」
銃を片手持ちにして携帯の画面を確認した女が固まった。
正直このタイミングであれば楽勝でこの金髪を制圧できるが、女の表情で面白い展開になりそうなので見送った。
女は銃を所在なさげにどうするか決めかねながら電話で話しながらお辞儀をしたり、曇った表情で俺を見て泣きそうになったりしている。
状況がつかめない俺はどうでもよくなり腕組みをしながら電話が終わるのを待った。
「あ、あの、あなた様は介護士さんですか?、ハァ、それで、電話……変わってくれと……会長が……」
介護士である事に頷いた。
金髪女が申し訳なさそうに銃を下してケータイを差し出してきた。
最初に聞こえたのは「ガハハハッ」と景気よく笑う声だ。
「いや~すまんな、介護士君、話を通しておくの忘れていたよ、スマンスマン」
陽気に笑うこのおっさんは、魔王などと言われるオリヴァー・バウマン?
金髪女が会長とか言っていたような、カシマールは魔王オリバーがオーナーとでも言う事か?
「まあどうせねじ伏せたんだろ、一人ぐらい殺したか?」
楽しそうに話す魔王はわざと連絡してなかったのだろう。もうどうでもいいのでさっさと用事を済ませて帰りたかった。
電話を切ってから金髪女は俺の顔色を窺うように変な笑顔を見せてきた。
「会長の紹介だとは知らずに失礼しました。大変申し訳ありませんでした。それでご用は何でしょう。何なりとお申し付けください」
金髪女に漆黒のゼラニウムをもらいたいと話すと何のためらいもなく店に戻っていった。
途中道に転がる子分たちにケリをお見舞いしている姿はすでに滑稽としか言いようがなかった。
何の迷いもなく漆黒のゼラニウムを取りに行ったが、花が真っ黒のモノなど本当にあるのだろうか?葉が黒いものはネットで見たが花の黒いものはなかったと思う。
幻覚作用のあるおかしな植物だったらやだななどと思っているとレジ袋を携えて金髪女が戻ってきた。
中身を確認すると本当に真っ黒な花のゼラニウムがそこにあり、きちんと鉢植えされ奇妙な臭いを発している。青臭さに混じった糖類を煮詰めたような臭いにジャングルにでも迷い込んだような気分になる。
「これは本物なのか?造花とかではないのか?」
金髪女はその言葉を聞くと微妙に広角を上げて負け試合が僅差に追いついたような表情をした。
「実物を見るのは初めてですか?お客様は向こう側の魔人ではないのですか?」
魔人などとおかしなことを言い出した金髪女を憐れみを持って見下すと面白くなさそうに目をそらした。
「代金は会長からいただくことになっておりますので、どうぞお引き取り下さい」
「言われなくてもそうするよ」
裏町通りを出ると一気に力が抜けたような脱力感に襲われた。
物騒なことに巻き込まれるのはこれきりにしようなどと誓いでも立てるように普通の空気を呼吸した。
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