第4話 影町通り商店街

 渡されたメモ用紙を見てため息をつく。

 だいじな休日が俺にとってどうでもいい用事で台無しになる事に腹立たしさもある。

 断れなかったのは無防備な精神に魔王とやらの何かしらの力が関与したのかと疑問しかない。


〈影町通り商店街2丁目3の6、特殊植物取り扱い店カシマール〉

 

影町通り商店街とは、この町……いや、現在の平和な日本皇国において、数か所しかないアンダーグラウンドな場所、商店街とは名ばかりで、武器や麻薬、偽造品など非合法な商品、完全にアウトな風俗店などがひしめきあう普通にとっての劣悪な場所だ。

 一般市民は立ち入らない方が無難である。

 そもそも店名がカシマールなどと謳うロシア語、特殊植物は麻薬のイメージしか湧いてこないない、やばさ10倍の店なのは明らかだ。

 

 一見普通の商店街の装いが妙にきな臭く感じたのは足を踏み入れてすぐだ。

 よくわからないが町全体に腐臭と思われるモノが沁みついて嗅覚を刺激するし、昼間なのに道端には酔っ払いなのか死んでいるのか分からない男が転がっている。

 俺は目的地目指してなるべく目立たないようにゆっくりと歩き出した。

 変に警戒心丸出しで目立つということは余計なトラブルに巻き込まれる可能性が高い。

 数年ぶりに緊張しながら自分をコントロールしているのはここが敵地と認識しているからだろう。

 5分ほど歩き何とか目的地が見えてくると、この場所にうまく溶け込み擬態できたような気になった。

 そんな気のゆるみに付け込まれたように突然建物の隙間から男が勢いよく飛び出してきた。わざとらしいその勢いにつられるように素早く身をかわし、うっかり背負い込む様に投げ飛ばしてしまった。

 見事に宙を舞う男は一回転して床に転がった。

 なんと美しい一本背負いが決まったことだろう。

 普通の街歩きではそんな反射神経は休眠状態だがこの街の空気が俺を緊張させ殺気を感じ取り投げ飛ばしたのかもしれない。

 床に転がった男は苦痛に顔を歪ませ唸っている。手に持っていたらしいガラス瓶が割れて中の液体が衣服を汚しているのは気の毒に思う。

 だが……明らかに金を取る気満々でぶつかってくると言う古典、いや伝統芸か、そんな男の哀れな姿にいささか笑いがこみ上げてきたところだったが、すぐにため息が漏れ出てきた。

 次に来る予想しやすい展開が見えたからだ。

 いかつい3人組が予定していたかのようなタイミングでまっすぐこちらに近づいてきた。

 ロシア人ではなく東洋人だが日本人ではなさそうだ。

 はっきりとわかるおかしな表情は整形にでも失敗した半島人だろうか?

 髪形と顔、服装がどれもなんとなくズレている。半島のアイドルを模したような髪形が滑稽さを引き立てる事になっていることに気づいていないのだろうか?

「オイオイ、ニイサン何やってくれてんの?こいつはウチの組の者なんだが」

 ヤクザである事を隠しもしないで少し甲高い声の兄貴分らしい男が言った。

「この男が自分でぶつかってきたんだが……」

 この連中が聞く耳を持っていないことは明白だが一応確認だ。

「アニッさん、オイッチみてたっすよ、このニッさんが投げ飛ばしたところを」

 最初のアニキ分の因縁に乗っかるように小太りで小さいほうの子分が楽しげに言った。

 息遣いが荒く落ち着きがない男だ。

「あ~頼んでいた高級ワイン割れてますね、弁償だよあんた」

「チッ!」

 余計な仕事が増えた事に思わず舌打ちしてしまう。

 勤務中は穏やかな表情で高齢者に接している自分を忘れたような苛立ちがどうしても抑えられないでいる。

「てめぇ、今舌打ちしやがったよな、あ~なめてんのか!ただで済むと思うなよ」

「ニッさん、早いとこ有り金全部、財布ごとだしなよ、アニッさんキレると手がつけられないよ!」

 答えるのも面倒になり何とか冷静さを取り戻そうとした。

 一度ため息をついた。

 が、

 諦めた。

 俺は呼吸を整えると自然体から一気に加速し、そのままアニキ分の喉に、親指と人差し指の股の間を勢いよく食らわせた。

 兄貴分は抵抗する間もなくその場に崩れ落ちるように白目をむいている。

 にぎやかしの子分はチジミ上がっていたが、静かにしていたほうの男が無言でナイフを抜いた。

 本気の目は明らかに俺を殺そうとためらいがない。

 鋭く切り込んできた肢体を最小の動きでかわすと、男は勢い余ってバランスを崩し躓いて転倒した。

 ナイフを持っている右手首を踏みつけると、あっさりナイフを手放してくれた。

 そのナイフ取り上げ男の左目に近づけると、さっきまでの本気の目は鳴りを潜め震えながら涙目になり、小さな声で勘弁してくれと呟いたのが風に流され消えていった。

 賑やかしの男は茫然とその場にへたり込んだ。ナイフ男はうつ伏せのまま小便を漏らしていた。

 少しやりすぎたかなどと反省しても始まらない。

 さっきから事の成り行きを物陰から見守っている町の連中の視線が俺に敵意を向けているのをヒリヒリと感じている。

 俺だけがその場に立っていた。

 ゆっくりとした拍手をしながら中年の金髪白人女が睨みつけるように歩み寄ってきた。

 この商店街の街並みとは対照的に黒いジャケットを羽織りきちんとした身なりで隙が無い女だ。

「お兄さん、よくもうちの小僧たちをかわいがってくれたね、堅気なのかい?随分と場馴れしているようだ。ハハハハハ!」小気味よく笑っているが絶対的に笑顔ではない。

「で?どこの組のカチコミなんだい?私のシマと分かって荒らしに来たのなら褒めてやる。生きては帰れねえけどな」

 





 

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