親ガチャ無料10連<後編>

 玲ママが妊娠しているとわかって、私はすぐ失言を謝罪した。


「全然気にしないでよ。そんなことあったっけ? って思っちゃったくらい、私も気にしてなかったから」


 と玲ママは簡単に私を許した。

 あまりにあっさりすぎて、本当に許してくれたのか疑ってしまうほどだった。


 だから私の罪悪感は消えず、もやもやとした気持ちが残った。

 いや、私がもやもやとしているのは罪悪感というだけではなかった。

 私の中には、口に出すべきでないこととは言え、玲ママが親として頼りないという気持ちが確かにあった。

 だから不安を抱いてしまうのだ。

 玲ママから生まれた子供は、玲ママが母親であることを幸せに思うだろうか、と。


 しかも玲ママの子は、こんな変な家に生まれてくるのだ。

 普通の家庭とは言えない五世帯の家に。


「そういえば玲ママはどうしてこんな家で暮らそうと思ったの?」


 と私は質問をしてみた。

 なぜ夫婦二人ではなくこんな形を選んだのだろう。


「それは子供を育てられる自信がなかったからかな。私、子供の愛し方っていうのを両親から教えてもらえなかったの」


 玲ママは、自身が親から暴行を受けていたことを簡潔に語った。

 母親はすぐに激高して手を上げる人で、父親はそれを見て見ぬ振りをしていたそうだ。

 その経験から玲ママは自分に子供が生まれても同じことをしてしまうのではないかという恐怖で、子供を生むことに消極的になった。


 だから自分を支えてくれる人が夫以外にも欲しかった。

 たくさんの人に支えてもらえて安心できる場所で子供を育てようと玲ママは考えたのだ。


「ここに来て正解だったわ。だって早希ちゃんたちのことは平気だったの。だから大丈夫って思えたんだけど、それでも血のつながった子供にも同じように振る舞えるのか、なぜだか怖くなってしまうのね。勇気を出せず迷っているうちに十何年も経っちゃった」


「ようやく勇気が持てた?」


「ううん。悩むことに疲れちゃったのかな。いつまでも悩んでいられる問題でもないしね」


 玲ママは育児が怖くてこの家で暮らすことにした。

 では私の母はどうしてここを選んだのだろう。

 母に聞くのは怖かった。

 私の母、玲ママよりも親として優れていると思っている母が欠陥を抱えているという現実を突きつけられたら、私はそれを直視できそうになかった。

 今の母は大人数の食事を毎日作るすごい人だ。

 その優秀なイメージを崩したくない。

 自分の両親は人間としても親としても優秀で、そんな素晴らしい両親の間に生まれて幸せだったと、そんな優しいゆりかごのイメージに抱かれていたい。

 自らそのイメージを壊すわけにはいかなかった。


 この家はきっと、かりそめのゆりかごだ。

 夫婦二人だけでは優しいものを築き上げられなかった人間たちがここに寄せ集まって、どうにかゆりかごの形を作った。

 それがこの五世帯の家なのだ。


 もしこの家に新しく子供が生まれてくるというのなら、その子をきちんとゆりかごの中に納めてあげなくてはいけない。

 私が母のことを優秀な人間と思えているみたいに新しく生まれてくる子にも玲ママのことを素晴らしい母親だと思わせてあげるべきなのだ。


 母はいつもキッチンにいる。

 日中の大半の時間をキッチンで過ごしている。

 よくよく考えれば、いくら大人数の食事の支度をするからってずっとキッチンに張り付いているのも異常だ。

 家事は料理の他にもある。

 料理以外の家事は夏美ママや玲ママに任せきりだ。


 私は母の欠陥を考える思考を止めて、優れた親である母に声をかける。


「お母さん、お願いがあるんだけど聞いてもらってもいい?」


「どうしたの?」


 母は魚をさばいているところだった。

 私は魚のさばき方を知らない。

 だから魚をさばける母をすごい人だと尊敬できる。


「玲ママって料理する度に怪我とかするでしょ」


「そうね」


「だから玲ママって、親としてすごく頼りないと思うんだよね。子育てですごい大変な思いするんじゃないのかな。みんなでサポートしてあげた方がいいと思う」


 私が尊敬する、大好きな母ならきっと玲ママのことをきっちりサポートしてくれる。

 だって私のことだってしっかり育ててくれたのだから。


 母は三枚におろした魚の身と中骨をそれぞれ別のトレーに分けて置く。

 中骨のトレーにはペーパータオルが敷かれている。

 揚げて骨せんべいにするのだ。


「サポートしてあげた方がいいのはそう。私もそのつもり。だけど玲ちゃんのことはそこまで心配しなくても大丈夫でしょ。私よりよっぽどしっかりしてる」


 と次の魚をさばきながら母は言った。

 そんなのお世辞だと思った。

 五つの家族が暮らすこの家ではとにかく誰の悪口も言わずに褒めておく方がトラブルは少ないだろう。

 だから母は本音を言わずに玲ママを褒めるようなことを言うのだと私は思った。

 だけど母は本心から玲ママを褒めているのだった。


「確かに玲ちゃん、料理してる時によく怪我するよね。でも、ちゃんと美味しい料理作れるでしょ。私と違って掃除もできるし車の運転だってしてくれる。失敗することもあるけど、一人でなんでもできるのが玲ちゃんだから」


 言われてみれば玲ママはどんな家事もやる。

 どの家事もやっているから余計に失敗したところを私たちに目撃されやすいのかもしれなかった。


「早希が赤ちゃんの頃なんて、玲ちゃん大活躍だったんだよ。早希が泣いた時、私がいくらあやしても泣き止まないのに、玲ちゃんが来るとすぐに泣き止んで笑い出すんだもん。あれは悔しかったなあ」


 私は母の話を聞いて、幼い頃を思い出した。

 赤ちゃんの頃の記憶はなかったけれど、三歳とか四歳の時、私は母よりも玲ママに懐いていた気がした。

 玲ママは母よりも私たちに構ってくれたから好きだった。


「それだけじゃないんだよ。玲ちゃんってよく写真撮るでしょ」


「うん。撮ってる。私たちじゃなくてお母さんたちのこと撮ってて、意味ないなって思う」


「あるよ、意味。あれね、私たちがちゃんと父親や母親をやれているって自信がつくように、記録をしてくれているんだから」


 母は私に包み隠すことなく話してしまう。

 私が気付き始めていたことを、そして怖いから見ない振りをしたいと思ったことを、真実であったと私に教える。

 この五世帯住宅という奇妙な家が生まれたのは、二人の力だけで子供を幸せにする自信を持てなかった夫婦が五組集まったからだということを。

 十人も親がいれば子供に不幸な思いはさせないはず。

 そんな不確かな希望が作った関係なのだ。


 そして玲ママは不安に満ちた親たちを勇気づけるために写真を撮り始めた。

 親として頑張っている姿を綺麗に写真に収めれば、ちゃんと親をやれていると自信がつく。

 そのために玲ママは子供ではなく親の写真を撮っているのだった。


「早希は中学生だから、もうわかるよね? 大人になっても、親になっても、みんな完璧な人間にはなれない。欠陥だらけなんだよ」


 私はうなずく。

 小学生の頃は少しも気付かなかったけれど、中学生にもなると大人たちの粗に目が行くようになった。

 それで大人のことが嫌いになった。

 尊敬できる大人を求めるようになった。


「私たちは自分の欠陥が怖くて、とても子供を育てるに足る人間じゃないと思った。それでも幸せな家庭を築きたくてここに集まったんだ。そうやってお互いの欠陥が明るみに出ないようにしないと、子供を生めなかった」


 玲ママだけが自分の欠点をいつも表に出していた。

 もしかしたらそれが今まで子供を作れなかった原因なのかもしれないと母は言った。

 玲ママが子供を作らずにいたことは、母たちにとって負い目だったのだ。


「だから玲ちゃんが妊娠したことは自分のことみたいに嬉しいんだ。玲ちゃんのことなのに、まるで自分が人間的に成長したいみたいな、そんな気持ち」


 母の告白は私を不安にさせる。

 母には私に見せていない裏側がある。

 もしそれを見てしまった時、私は母に幻滅するかもしれない。

 美しい母親像が崩れていくのが私は怖かった。

 けれど私は中学生で、大人が完璧じゃないってことはもうわかっている。

 そんな現実を怒ったり受け入れたりできる。

 玲ママと生まれてくる子には助けが必要だという現実が私にはわかっていた。

 だから玲ママを助けることを母に任せるだけではいけない。

 私もこの家の一員として、ゆりかごのパーツになろうと思った。

 私も完璧な人間なんかじゃないけれど、誰かの欠陥を隠すくらいはできるかもしれない。


 私は書斎に向かった。

 父たちが使っている部屋で、そこには本棚にたくさんの本が詰められている。

 きっと育児の本もある。

 私の十人の親はそれを読んで赤ちゃんの育て方を懸命に勉強したに違いないのだ。


 しかし書斎には先客がいた。


「あれ、早希ちゃんどうしたの?」


 玲ママが本棚の目の前に椅子を置いて、本を読んでいた。

 それは私が探そうとした育児の本だった。

 どんくさいと思っていた玲ママは、私の思い付きよりも早く行動していた。

 その姿は立派な親の姿だった。


「別になにも!」


 私も子育てを手伝うなんて照れくさくて言えなかった。

 スマホのカメラで玲ママを撮って、悪戯っ子みたいに私は走った。

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親ガチャ無料10連 はねのあき @hanenoaki

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