親ガチャ無料10連

はねのあき

親ガチャ無料10連<前編>

 天気予報が外れて雨が降った。

 強い雨だった。

 傘を持ってきていなかった私は、迎えに来てくれるよう母にスマホで連絡を入れた。


 葉月姉さんと一緒に下駄箱近くで待っていると、私たちの傘を抱えてどんくさく走る女性が校門から入ってくるのが見えた。


「うげえ、玲ママじゃん」


 葉月姉さんが露骨に嫌な顔をした。

 そして私の方を向いて、苦笑する。

 私も苦笑を返す。

 確かに玲ママが来るのは「大ハズレ」だった。

 こういう時は夏美ママか亜子ママだったら嬉しい。


 玲ママはエプロンを着けたまま運転をしてきたようだった。

 生活感丸出しでダサい格好。

 下駄箱に私たちの姿を見つけると、どんくさいままのラストスパートをかけて駆け寄ってくる。

 全力で走ってもとろい。


「ごめんね、葉月ちゃん、早希ちゃん。待った?」


 しかも無駄に体力を使って息を切らす。

 ぜいぜいと言っている玲ママから私たちは傘を取る。


「私たち待ちくたびれてキレたりしないからそんな走らなくていいのに」


 私は玲ママに呆れ半分優しさ半分でそう言った。


「でも待たせちゃったら悪いでしょう」


 こうやって親身に言ってあげても玲ママはどんくさい走りをやめない。

 そこが呆れるところで、少しいらつくところだ。

 待ちくたびれる方がよっぽどストレスにならない。


「そうだ。お菓子持ってきたんだけど食べる?」


 膨らんだエプロンのポケットからビスケットが出てくる。

 二枚ずつ包装されたビスケットだ。

 葉月姉さんはダイエット中だからと受け取らなかったので、私が二袋もらった。

 私だって体重が気になるけれど、せっかく持ってきたのに受け取ってもらえなかったら玲ママが流石に可哀想だと思った。


 玲ママは親としてハズレだ。

 どんくさいのは身体だけじゃなくて、察しも悪い。

 せめてもの救いは私たちの実の親じゃないってことだろう。

 私と葉月姉さんは玲ママと血がつながっていない。

 そして私と葉月姉さんも、それぞれ異なる両親から生まれた子供だ。

 私たちの家庭事情は複雑とまでは言わないけれど、正確に説明するのにはちょっと時間がかかる関係だった。


 玲ママのおぼつかない運転に文字通り私と葉月姉さんは揺られる。

 ハンドルを握る玲ママの指先には真新しい絆創膏が巻かれていた。


「また怪我したの?」


「お昼のお手伝いしたんだけどね、大根すりおろす時にやっちゃった」


 葉月姉さんが小さな声で「何度目」と漏らした。

 私は努めて明るい声で、


「もう。気を付けなきゃダメって言ってるでしょ~」


 とおどけながら注意する。

 玲ママは笑う。


「これじゃあ私と早希ちゃん、どっちがお母さんかわからないね」


「ママ、そこの信号右だよ」


 葉月姉さんに言われ、玲ママは慌てて右折のウインカーを出す。

 本当、どんくさい。

 私たちがナビをしてあげないとまともに運転もできないんじゃないか。



 気の休まらないドライブを経て私たちは家に帰った。

 町の住宅地から少し外れたところにある私たちの家は外見には豪邸に見える。

 しかし実態を知ればそんないいものではない。


 つまりは五世帯住宅という風変わりな家を建てるためだけに生活に少し不便な立地が選ばれていて、五つの世帯が住んでいると思えば妥当な大きさに感じられる程度の家なのだった。


 私たちの五世帯住宅、それぞれの世帯に血のつながりはない。

 他人同士でも身を寄せ合うことのメリットがあると信じて、シェアハウスみたいに共同生活をし始めたのが私たちの親というわけだ。


 私や葉月姉さんが生まれた時にはもうこの奇怪な家は建っていた。

 だからある意味で、私たちは合計十人の父と母に囲まれて育ってきた。

 玲ママは十人の両親のうちの一人だ。


 私の本当の母はキッチンに立っていた。


 母は料理が大の得意で、五世帯分の食事を引き受けている。

 量を作らなければいけないのもそうだが凝った料理を作るのも好きで手間を惜しまない母は二時間から三時間かけて料理をすることも珍しくなかった。

 今日も大きな鍋でスープを煮込んでいる。


「お母さん、ただいま」


 声をかけると綺麗な黒い髪の母は私の方を向き、優しい声で「おかえり」と言ってくれる。

 料理の邪魔だからと短くしているのがもったいないくらい母の髪は綺麗だ。

 幸いにもその遺伝子を受け継いだ私は、母の代わりに髪を伸ばしている。


「なんか手伝うことある?」


「ありがとね。でも今はないかな」


 今は鍋の様子を見ているだけで他に調理をしていないようだった。

 母は来る者拒まずという人で手伝いの申し出は基本的に拒絶しない。

 どんくさい玲ママでも受け入れる。

 そして玲ママは手に怪我をする。


 たとえ手伝いに来る人が一人もいなくても、一日三回、十数人の食事を作れる。

 母のことを私はすごいと思う。

 毎日料理していて、だけど手には傷一つない。

 仕事にせよ家事にせよ、並外れた能力で子供の日常を支えてくれているというのは、親としてのランクが高い。


 五世帯共有のリビングには夏美ママがいた。

 夏美ママは葉月姉さんのお母さんだ。

 夏美ママはタブレット片手にテレビを見ていた。


「なんだ、夏美ママいるんじゃん。迎えに来てくれればよかったのに」


 と私は言った。

 夏美ママは運転が上手だから安心して車に乗っていられる。

 道に迷うこともない。


 料理ができる私の母、それと夏美ママと玲ママは家にいることが多い。

 三人が家事の担当で、残り二人の母と五人の父は仕事をしている。


「ごめんごめん、ちょっと新しい掃除機買おうかなって思って調べてたんだよ」


 大体の家事は夏美ママと玲ママで分担している。

 だけど玲ママが玲ママなので夏美ママが家事部門のリーダーみたいなものだった。

 夏美ママも頼りになる人だ。

 料理ばかりしている母よりもお母さんっぽいかもしれない。


 そこに玲ママがやってきて、夏美ママにスマホのカメラを向ける。


「夏美ちゃん、写真撮るよー」


 そう言って、タブレットに掃除機の資料を映した夏美ママを撮影する。

 そこもまた玲ママの親っぽくないところだった。

 親が写真を撮るなら普通は子供の写真を撮るものだ。

 玲ママも私たちのことを撮らないわけではないが、それよりも今夏美ママのことを撮ったみたいに頻繁に大人の方を撮っている。

 SNSにアップするわけでもないのに、そんな写真を撮ってどうするんだか、といつも思う。

 仕方ないので私が気を利かせて、


「玲ママ、私も撮ってよ。ほらピース」


 とこちらからカメラの前に移動してやるのだ。

 そこに葉月姉さんがやってきたから、二人の写真も撮ってもらう。

 こういう子供たちの写真っていうのが親にとっては記念の写真で大切なのだ。

 玲ママはそういうのわかった方がいいと思う。


 写真を何枚か撮らせた後、四人でくつろいでいると葉月姉さんが唐突に、


「そういえば玲ママって子供作らないの」


 と聞いた。


 この家に五組の夫婦がいるが、玲ママの夫婦にだけ子供がいなかった。

 他の四組には一人ずつ子供がいた。

 しかしなぜ今そんなことを聞くのか、と意図の見えない質問に夏美ママと玲ママは固まる。

 二人は知らないけれど、私は最近葉月姉さんに彼氏ができたことを知っていた。

 私たちはまだ中学生なのに、葉月姉さんはもうその彼氏と結婚するつもりでいる。

 今の問いかけも、たぶんそういう浮かれた気持ちの発露だったんだろう。


 ママ二人が黙って空気が悪くなるのが嫌だった私は慌てて玲ママの味方につく。


「ママの中だと玲ママが一番若いんだし、焦る必要はないんじゃないの。私たちだって玲ママの子供みたいなもんだしさ、だからもう四人も子供いるわけだから、別に無理して作ることもないと私は思うなあ」


「そうそう。それにほら私ってドジなところあるから、子供をちゃんと育てられるか不安なの。もしかしたらちゃんと幸せにしてあげられないんじゃないかって」


 私は玲ママのその言葉に同意してしまう。


「あ、それわかる。玲ママ、ドジだもんね。不安だから作らないって賢明な判断だと思うし、それを他人がとやかく言うべきじゃないのかも」


 後から考えればそれは酷い言葉だった。

 玲ママが自分でそう言うのと違って、他人がそんなこと言ったら、まるで玲ママに子供を育てる資格がないみたいではないか。


 それなのに私が同意してしまったのは、玲ママが実の親じゃなくて本当によかったと思っていたからだった。

 この家に暮らす五人の父と五人の母。

 もし親を選べるのなら少なくとも玲ママだけはご免だと思っていたのだ。

 親としてあまりに頼りなくて、どんくさい姿は大人として尊敬できなくて、そんな遺伝子をもらっても困る。

 十人の親にランク付けをするなら玲ママは文句なしの最下位だった。


 私は自分の発言を後悔することになる。

 なぜならこんな話をした一週間後、玲ママの妊娠が判明したからだ。

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