合流
オレは頭の中にある地図を頼りに、リディたちのいる場所に向かった。
一刻も早く合流したい。本当は走りたいところを我慢して、ギースが捕らえている人質の緩慢な動作に合わせて歩く。
「ここに兵隊は何人くらいいるの」
オレはまだ、子どものふりをしていた。
伯爵の精神状態は普通じゃない。下手に刺激して、豹変されても困る。
「私が城を相続した時は二百人ほどだった。イレーヌが輿入れの時に百人ほど連れて来たから、今は三百人くらいだろう」
「意外と少ないね」
「坊や、私たちはいつも戦争をしているわけじゃないんだ。兵士には給料を払わなければならない。だから戦争の時には別に傭兵を雇う。この城には五千人は入れるが、そうなったら通路まで兵士で溢れてしまうだろう」
「バクトラは、いつも戦争ばかりしているって聞いたぜ」
ギースが口を挟む。
「それは南や西にある国との話だ。周りにある全ての国と同時に戦争をしたら、いくら強大な帝国でも滅びてしまう。この城はダルシア王国に対する備えだから、今は平和なものだ」
伯爵は、質問には何でも答えてくれた。使う人間に従う。それが道具としての彼の行動原理であるらしかった。
「おい、ちょっと待て」
突然、ギースが足を止めて伯爵の肩を引いた。
階段の下の方から騒がしい声がする。
オレは一度引き返してから、もう一度、見つからないように慎重にのぞきこんだ。
階段の降り口は、背中を向けた人間で階段の下が埋まっていた。武装した兵士や魔法使いらしい女性の姿もある。もちろん全て敵だ。
「カイル、どうする?」
声をひそめて、ギースが話しかけてきた。
「リディたちはこの先にいる。このまま前に進むしかない。こっちには人質がいるんだ。うまく利用して道を空けさせよう」
「俺はバクトラ語は話せないぜ」
「自分の言葉でいい。ここは国境から近いから、誰か一人くらいは通じるだろう。後は向こうが勝手に翻訳してくれる」
「よっ、よし。わかった」
ギースは伯爵の喉元に短剣を突きつけながら、階段の真上に身をさらした。
さっきまでのヒソヒソ話が嘘のように大声を出す。
「貴様ら、目ン玉を広げて俺の方を見やがれ! ただし攻撃しようとはするなよ。こっちには人質がいるんだ。落ち着いて、俺の命令を聞け!」
ガシャガシャガシャ。驚いた兵士たちの鎧と鎧がぶつかる。
「お、おい。こいつは今、なんて言ったんだ」
「ダルシア語だ。人質を取ったから命令に従えって言ってる」
「ちょっと待て。人質って……ううぉあっ、伯爵様だ。落ち着け、こちらからは絶対に仕掛けるな! 特に魔法使いと弓兵。間違っても撃つな!」
「でもそれじゃあ挟み撃ちだぜ。向こうの敵はどうする」
「そんなこと知るかっ!」
兵士たちの反応で、大体の状況はわかった。
階段の下にある通路の先にリディとシャルがいる。目の前にいるのはそれを鎮圧しようとして集まった兵隊たちだ。剣士と弓兵と魔法使い。何十人もの人間がごちゃごちゃと固まっている。
狭い通路の両側で魔法使いが向かい合えば、どちらも攻撃できない。攻撃し合えば両方とも死ぬ。つまり、
「ほうら、ほうら。あんたらの大切な伯爵様だぞ」
ギースがよく見えるように、短刀を伯爵に突きつけた。
「卑怯だぞ。伯爵様を渡せ!」
「そうして欲しければ道を空けろ。それと俺たちの馬車も返してもらう。跳ね橋を下ろして、いつでも出発できるようにしておけ。伯爵は安全な場所まで逃げたら返す」
完全にこっちが悪人だな。
オレは苦笑した。だが、ここで兵士たちに説明している余裕はない。エリクサーのカラクリとか、魔族とか。ここにいるのは、おそらく何も知らない連中だ。
敵の動きが止まった。だが、言う通りに道を空けてくれる気配もない。
指揮官がいないんだな。
急に集められた連中だ。どうしたらいいか、お互いに顔を見合わせるだけで時間を浪費している。
「おじさん、道を空けるように言ってあげて」
「私はただの操り人形だ。自分から何かをすることはない」
「それなら、ボクが操るよ。さあ、命乞いをして。あの人たちを、ここからどかすんだ」
「坊やがそうしろと言うなら、そうしよう」
伯爵が大きく空気を吸った。
「私を見殺しにするつもりか! 早くこの男の言う通りにしろ!」
「し、しかし伯爵様。執事のガルム殿に騒動の当事者は全員、必ず捕らえよと命じられています」
「それは、私の命を犠牲にしてでも従わねばならない命令なのか。おまえたちは誰に従っている。伯爵家か、執事か。この場ではっきりと示してみよ!」
「はっ、は……」
兵士たちは左腕を胸のあたりにつけて敬礼すると、隊列を細長く組み直して道を空けた。ギースが伯爵の喉元に短剣を突きつけながら、自分のアゴをクイっと動かす。
「そのままゆっくり、向こうに行くんだ。弓矢を持っている奴はそこに置いていけ。後ろから射られちゃたまらないからな。後はさっきの指示通りだ。伯爵様は必ず、五体満足で返してやる」
オレたちは兵士の横を通過して階段を降りた。
「カイル、こっちよ。こっち」
階段を降り切ると、通路の半分近くを埋めた瓦礫の向こうに、二つの人影が大きく手を振っているのが見えた。
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