13 魔族の城

執事

 うつらうつらとした、そのぼんやりとした感覚の中で。オレは馬車が目的地に近づいたことを耳で感じていた。

 さっきから急に揺れが少なくなったのは、道が整備されているからだろう。

 ギィィィィ。城門が開く音か。しばらくして、一度停まっていた馬車がまた動き始める。

 ガタン。車輪が溝を越える。車輪から伝わる揺れの感じからすると、どうやら木でできた板の上を進んでいるようだ。

 すると跳ね橋か。あの男は主人の城に連れて行くと言った。跳ね橋があるということは、切り立った山の上にあるか、堀で囲まれているかのどちらかだ。少なくとも防御力の高い本格的な城であることは間違いない。


 橋を渡り終えると、また馬車が停まった。


「着いたのか」

 オレは目を開けた。例の男がドアを開ける。


「ようやく目覚めましたか。私は準備があるので、一度失礼させていただきます。迎えが来るまでこの馬車の中でお待ち下さい」


 続いて、もう一台の馬車も停まった。ギースたちの乗っている幌馬車だ。

 男が出て行ってから、オレは馬車のドアを細く開けてまわりを見た。どうやらここは城の中庭のようだ。馬車の停まる道の両側には草花の咲く整備された花壇がある。

 国境を出た時は夕方だったが、外はもう明るくなっていた。ドアから入ってきた空気の冷たさを考えると、まだ朝かもしれない。まさか一昼夜寝ていたとは思えないから、国境からここまでは馬車で半日くらいの距離にあることになる。


「おおぉい、カイル。大丈夫か」


 後ろからギースの声がした。

 ドアの隙間から顔を出すと、幌馬車から降りたばかりの場所で数人の兵士に囲まれている。リディも、シャルも一緒だ。


「何かあったら言えよ。俺たちが絶対に助けに行ってやる」


「忘れないで。私もついてるわ」


「わたしたちは、いつも一緒よ」


「ああ、わかってる。ありがとう」


 大声を出してみて、自分の声がカン高いことに改めて驚く。悲鳴みたいに聞こえないか心配だ。

 そのうちに、ギースたちは兵士に背中を押されるようにして建物の方に連れて行かれた。


「先に、部屋に案内してくれるそうだ。安心しろ。俺たちだって自分の身くらいは守れる。城の中でまた会おう」



 ギースたちが城の中に入ってからしばらくして、オレの馬車にも迎えが来た。パリッとした服を着た背の高い中年の男と、二人のメイドだ。


「これで顔をお拭きください」


 メイドは湯をかけて搾ったタオルを差し出した。まだ湯気が出ている。

 オレは顔を拭きながら、中年男の方を観察していた。もちろん初めて見る顔だ。だが、なんとなく知っているような気がする。それも悪い意味でだ。背の高さが違うから仕方がないとはいえ、そもそも見下ろされていることが気に食わない。


「私が誰だかわかりますか」


「さあな。バクトラに来るのは何年かぶりだ。そんなに有名人なのか」


「無理もありません。さっきまでは別の顔をしていましたからね。あなたの知っている顔は、これでしょう」


 突然、男の鼻が膨れたように見えた。それと同時に顎が縮み、唇も厚くなる。


「おまえ、まさか……」


「その、まさかですよ。昨日は見事な回復魔法を見せていただきました。これは、そのお返しです。ただし、このことは限られた人間しか知りません。城の中でも、私が連れてきた人間以外には他言無用でお願いします」


 男の顔はまた、小太りの商人から品のいい中年男に戻った。


「もし、しゃべったら?」


「あなたはご主人様のお客様ですが、お連れの方はそうではありません。私の一存で処分して良いことになっています。その意味は、おわかりですね。

 申し遅れました。私はこの城のあるじであるサルフィ伯爵の執事、ガルムと申します。以後、お見知り置きください」


「サルフィ伯爵か……」


「ご存知ですか」


「師匠の縁で、バクトラのことなら多少知っている。帝都に近い場所に領地を持ってる名門貴族だろう」


「さすがはカイル様。博識でいらっしゃる」


「黒幕はそいつなのか」


 ガルムはクククと笑った。その笑い方には聞き覚えがある。


「伯爵様はあくまで城の主人です。もちろん私にとっても名目上の主人ではありますが。私がお仕えするのは伯爵夫人のイレーヌ様、ただお一人です」


 なるほど、そいつが本当の黒幕か。

 伯爵夫人は皇帝陛下の愛人だという噂がある。もともとは庶民の出らしいが、皇帝陛下の目にとまり寵愛されるようになった。大貴族の夫と結婚させたのは、宮廷に出入りさせるための隠れみのだろう。


 ぐううぅぅっと腹が鳴った。

 この体になってから、前の二倍は食べるようになった。食べて寝る。それだけで一日の三分の二は終わってしまう。


「とりあえず腹が減った。何か食わせてくれ」


「もちろんです。こちらにおいでください。朝食をご用意させました。ご主人様がお待ちです」


「さあ、カイル様。手をお引きしましょう」


 メイドに手を引かれながら、オレは伯爵夫人のいる場所まで連れて行かれた。メイドの手は柔らかかったが、体温が少しだけ低いような気がした。

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