死闘
「ふん、余裕じゃないか。貴様が、ガキにしては素早いのはわかった。でも、俺は剣を持っているんだぜ。さっきは油断したが、今度はそうはいかない。依頼の件なんか知るか。俺が貴様を好きなように切り刻んでやる」
痛いところを突く。
リーチの差は絶望的だ。このクラスの相手に本気になられたら、そうそう近づけるもんじゃない。
それでも俺は、フェイントを駆使しながらなんとか突破を試みた。右へ左へ体を動かし、隙を突こうとする。
だが距離は、そのまま時間のロスを意味する。優れた剣士なら相手の動きに対応することは、さほど難しいことではない。
テッドの体に届く前にオレは何度も剣で追い払われた。体勢が崩れたところを追撃され、さらにそれをギリギリでかわす。
だめだ。近づけない。
触ればいい。ただ、一瞬だけ触れればいいんだ。それで勝てる。なんとか剣をすり抜けて……いや、考えろ。どうしてすり抜ける必要がある。触る場所は体のどこでもいいんだ。要は距離を縮めさえすればいい。
全ての感覚が研ぎ澄まされた。
音が聞こえる。
剣戟の音だ。ギースが苦戦している。
リディが負傷者に呼びかけている。何とか助けたい。オレたちへの攻撃を拒否して斬られた魔法使いだ。声の感じだと、まだ命がある。
行ってやらないと。オレが行ってやらないと。俺は回復術師だ。仲間を、命を救うためにオレはいる。
覚悟を決めると、オレは正面からテッドに迫った。こいつの剣筋は知っている。まっすぐに突き刺すように向けられた剣先を、オレはわざと避けずに飛びこんだ。
驚く顔が見える。
それはそうだろう。わざわざ自分から串刺しになろうなんて人間はそうはいない。激痛に気を失わないこと。それがこの勝負に勝つための唯一の不安要素だった。
「貴様……」
ほうら、つかまえた。
オレは腹を貫かれながら、ゼロ距離になったテッドの腕をにぎった。反転させた魔力を注ぎこむ。腕だけに範囲を限定して。ただし今度は容赦はしない。
「何をした」
気楽に聞くな。答えてやれるほど平気じゃないんだよ。
オレはテッドの腕がパンパンに膨れ上がっていくのを見た。中で液状化した細胞が暴れている。もう時間の問題だ。
「う、うわっ。うううわっああぁ」
パン。まるで風船がはじけるように。突然、テッドの腕が破裂した。
肉片を全身に浴びながら、俺は串刺しになったまま地面に振り落とされた。
よし。うまく体をひねったおかげで、地面に当たった衝撃で剣が抜けた。ただ、遅れて激痛が襲ってくる。
自由になった手で、オレは腹にある傷口を押さえた。
治療だ。まず血流を止めろ。破れた血管を、切り裂かれた筋肉を、折れた骨を。オレは自分自身に命令をするように、体内にありったけの魔力を注ぎこんだ。
「カイン、おまえはカインだな」
テッドは自分の右肩をつかみながら、俺を見下ろしていた。
肩から下は完全に消えている。魔法の威力はあった。だが、まだ立っている。
理想を言えば、そのまま倒れていてほしかった。だが、この力はまだ試行錯誤の途中だ。体を壊す加減が難しい。
「わかったぞ。その顔……。小さくなっちゃあいるが、間違いない。あの偉そうな回復術師だ。こんな戦い方ができる奴は他にはいない。やはり、殺し損ねていたか」
「覚えていてくれて嬉しいよ」
どうする。また戦うか。でも、治療が終わるまで三分。いや、最低でも二分はかかる。それまでは満足に動けない。残った左腕で剣を拾われたら終わりだ。
怒りと混乱を利用しろ。
こいつはオレほど冷静じゃない。苦しんで死なせたい。そんな余計なことを考えたせいで、トドメを刺し損ねた男だ。
「その右腕、治せるとしたらオレだけだぜ」
「ふん、自惚れるなよ。俺にはとって置きがあるんだ。覚えているか。おまえの認識票と引き換えにもらったエリクサーだ。おまえはもう必要ない。ヒーラーはこの世から消滅するんだ」
テッドは左手で落ちていた自分の剣を拾った。そして、それをオレに向けて振り上げる。
万事休すか。
その時、テッドの体が突然ピクリと揺れた。
矢だ。矢が振り上げた腕に刺さっている。
「カイル、大丈夫!」
テッドの剣が、音を立てて地面に落ちた。
リディだ。朝日に金色の髪が反射して、輝いて見える。
「くっ、くそ。サーベルタイガーの時にいた、あのエルフだな。この裏切り者め」
「ええ、そうね。見捨ててくれてありがとう」
リディは次の矢でテッドの脚を貫いた。
ほんの数日だけ、リディは『双頭の銀鷲』にいた。どうやらお互いに、そのことを言っているらしい。
テッドは膝をつくと、そのまま這うようにして弓矢の射線上から逃げた。
その間にもオレは治療を続けている。呼吸が楽になってきた。もうひと息だ。
「見ていろ。これが、エ、エリクサーだ……」
奴は矢が刺さったままの左腕で革製のポーチから薬瓶を取ると、失った腕の傷口ににふりかけてから残りを一気に飲み干した。
「う、うおぉぉぉ」
テッドは絶叫した。
回復と再生が始まる。オレもそう思っていた。
だが、腕が再生する気配はない。それどころか全身がどす黒く変色していく。
「体が、体が……」
「偽物をつかまされたみたいだな」
テッドは地面に転がり、苦しそうに胸をかきむしった。
「お、おい。カイン。なんとかしてくれ。仮にも昔は仲間だった間柄じゃないか。改心する。おまえに従う。だ、だから……」
「虫のいい話だな」
「目の前で苦しんでいる人間がいれば、敵でも救うんじゃなかったのか」
「ああ。確かに昔、そう言った」
腹の傷はだいたい治った。恐る恐る、立ち上がってみる。
「だが、救う順番は選ばせてもらう。助かりたければ、オレが戻るまで死なないでいるんだな」
まずはギース。そして負傷した魔法使いだ。彼女の方が危険なのかもしれないが、脅威となる敵が残っていては治療もできない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます