制圧

「あいつの言ってることは本当なのか」

 ギースがオレにしか聞こえないように言った。


「人質が本当にいるなら、オレたちに見せるはずだ。オレはあいつをよく知ってる。どうせデタラメだ。さあ、いいぞ。放してくれ」


 ギースが腕をゆるめた。

 体がストンと地面に落ちる。足がついた瞬間、オレは地面との反動を利用してそのままテッドに向かって跳躍した。


「なんだ、このガキ!」


 テッドは反射的に避けた。反応は悪くない。だが俺は、すれ違いざまに横っ腹に当て身を食らわせていた。

 もちろん威力などない。革の鎧に触れただけだ。だが、反転させた魔力がこもっている。殺さないように、慎重に加減して。ただ、戦闘能力を奪いさえすればいい。

 確認する時間はなかったが、前の時とは違う手応えがあった。体の内部から反発してくるうねりのような感覚だ。たぶん体内組織は生きている。

 オレはテッドには構わずに突進した。剣を持った男たちもオレに向かってくる。


「な、何をした……」


 二人目の戦士の腹を打った時、後ろから苦しそうなテッドの声が聞こえた。声を出す元気があるなら大丈夫だ。三人目、四人目。打撃が当たる瞬間、敵がぐふっと息を漏らす。もう、人間を内側から破裂させるような真似はごめんだ。あれをやると自分の心まで腐ってしまう。俺は回復術師だ。ただの殺人者じゃない。


「ギース、例の商人を捕らえてくれ」

 オレは戦いながら叫んだ。


「わかった。任せとけ」


 わずかの間に状況は激変していた。

 小さい子どもが目にも止まらぬ速さで動き、誰かと接触するたびに相手が倒れる。

 そして敵がパニックを起こしている間に、リディが矢を放ち始めた。男たちの肩や腕に次々に矢が突き刺さる。この距離でこの正確さ。さすが、ベリオスがスカウトしただけのことはある。

 オレはギースに道を作ってやるために、残っている戦士の掃討に取りかかった。ポーション売りの商人が怒鳴っている。


「あのエルフが厄介だ。馬車ごと魔法で吹き飛ばせ!」


「で、でも。人質とか子どもとか聞いてません。盗賊を迎え撃つんじゃなかったんですか」


「ええい、くそっ。役立たずめ。邪魔だ」


 横目で、女性の魔法使いの肩から血が噴き出すのを見た。魔法使いは軽装だ。商人が血のついた剣を持っている。

 かなりの深手だ。早く手当をしないと死ぬ。オレはそう直感した。


「ギース、早くしろ!」


「わかってる」


 その間にも、リディは四人目の敵に矢を突き立てていた。男の手から握っていた剣が落ちる。

 彼女は自分の役割を正確に理解していた。こいつらの中には理由を知らずに加わっている人間もいるはずだ。なるべく殺さずに無力化したい。


「ひ、ひいぃ。なんだ、この化け物……」

 オレの目の前で、戦意を失った戦士が剣を捨てて手を上にあげた。


「頼む。殺さないでくれ。俺はただ、いい稼ぎ先があるって聞いただけなんだ。殺されたんじゃ、割りに合わない」


 オレはギースの方に視線を戻した。

 これで残ったのは例のポーション商人だけだ。何度か戦闘訓練をしたが、ギースはあれで腕は立つ。Bランクのパーティーにいたらしいが、実力だけならSランクでも通用するくらいだ。テッドともいい勝負だろう。


 家庭の事情ですぐに首になるんだ。笑いながら、自分でそう言っていた。

 素人相手ならすぐに圧倒する。そのはずだった。だが、おかしい。剣戟けんげきの音が違う。あれは、実力伯仲の者同士が斬り合う時に出る音だ。


「待てよ……。俺を置いてどこに行くんだ」


 助太刀に行こうとしたオレを止めたのは、もうとっくに無力化したと思っていたテッドだった。革の鎧のせいで、打撃が思っていたより浅かったのだろう。手に持った瓶入りのポーションを頭から浴びながら立ち上がる。


「腹が痛ぇ。胃がムカムカする。おかげでポーションを三本も使っちまった。ガキのイタズラじゃあ、済まされないぜ」


 テッドは剣をオレに向けた。

 まずいな。

 さっきは不意打ちが効いたが、今度は奴も本気だ。殺気をピリピリと感じる。性格の悪さに目をつぶってまで、ベリオスが誘った男だ。当然、腕は立つ。


「カイル、大丈夫!」

 弓を持ったまま、リディがこちらに向かって駆けてくるのが見えた。気持ちはありがたいが、オレもギースも接近戦の最中だ。弓は味方に当たる危険がある。


「オレはいい。それより、ギースの近くに負傷者がいる。かなりの重傷のはずだ。リディはそっちを頼む」


「わかったわ」

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