10 因縁の対決

襲撃

「さっき来たばかりなのに、もう出て行くのかい。まだ、昼前だぜ」

 都市の城壁を守る門番が、呆れたように言った。


「急ぎの仕事が入ったんだ。内容は言えないが、なにしろ人命がかかってるんでね。トイレに行く時間も惜しいくらいだ」


 手綱を取っているギースが、手首につけているギルドの認識票を見せた。

 国境とは違うから、同伴者のことはあまりうるさく言われない。ただし、荷物がある場合には最低限の検査がある。


「それじゃあ、その列に並んでくれ」


「今も言ったが時間がないんだ。これで昼飯でもどうだい。働き者には、たまにご褒美がなくちゃな」


 ギースが銀貨を握らせると、オレたちは検査済の列に並ぶように指示された。これで、半時間は短縮できる。


 急ぎ過ぎだ。自分でもそう思う。 

 酷使した馬は街で売って、元気な馬に交換しておいた。ギースとリディが交代で手綱を取り、交代で休憩する。疲労で口数は少なかったが、二人とも同じ気持ちでいてくれるのは嬉しかった。

 一刻も早くルナとギースの娘を救い出したい。その思いがオレたちを支えていた。



   ※  ※  ※



「おい、カイル。起きてくれ」


 緊迫した声に、オレは飛び起きた。ギースだ。

 気がつけばもう朝になっている。幌馬車に差し込む朝日がまぶしい。


「揺れるわよ、その辺につかまって」


 手綱を取っているのはリディだった。

 体中の骨がガタガタになるような振動と共に馬車が止まった。

 俺は幌から首を出して、様子をうかがった。道の左側は山の岩肌。右は切り立った崖だ。山道にしてはカーブがゆるく、先がかなり見渡せる。


 前方を別の馬車が道を塞いでいた。人影は五人、六人……いや、もっと多い。馬車の陰から続々と現れる。


「襲撃よ。どうする、この道幅じゃ引き返せないわよ」


「リディは弓を持って降りてくれ。ギースもオレと一緒に待機だ。わざわざこんな場所に網を張って待ち構えていたんだ。ただの盗賊じゃないだろう。それを確かめてから対応しても遅くない」


 結局、敵の数は最終的に十五人にまで増えた。

 やがて、一人の男がゆっくりとこちらに進んでくる。


 目のいいリディが、真っ先にそいつを指さした。

「カイル、あいつはテッドよ! あの憎々しい顔。見間違えるもんですか。正面の敵は剣を持っているのが十二人、魔法使いがひとり。それに例のポーション商人らしいのもいるわ」


 テッド、あのテッドか。

 脳裏にあの夜のことが蘇った。

 エルフの視力は別格だが、オレにも少しずつ見えてきた。前のパーティーにいた仲間で、酔っ払ったオレを殺しかけた男だ。確か、オレを殺せばエリクサーが手に入るとか言っていた。

 テッドは十分な距離を取ったまま立ち止まった。


「おい、聞いているか。そっちに弓自慢のエルフがいるのはわかってる。だが、妙な真似はするなよ。こっちには魔法使いがいるんだ。いつでも、おまえらを馬車ごと粉々にできるんだからな」


 なるほど。馬車のように止まった標的になら攻撃魔法の威力は絶大だ。それに比べて弓矢は威力が小さい。リディの腕が百発百中だったとしても、この距離なら盾で防ぐことも可能だ。


「こちらの要求はひとつだけだ。娘の潰れた目を治したっていうガキを引き渡せ。おとなしく渡せば、他の連中は無事に返してやる」


 潰れたんじゃない。視力を失っていただけだ。

 相変わらず雑な男だ。そんなだから、いつも思わぬ反撃にあう。何度も注意してやったのに、覚えていないらしい。


「カイル、どうする」


「あいつらの狙いはオレだ。目のことをルナから聞いたんだろう。とりあえず殺す気はないらしいから、こちらからうんと近づいてやろう。相手に従って俺を引き渡すふりをしてくれ」


「わかった」


 ギースはオレを抱えて馬車から飛び降りると、息を整えてから大声で言い返した。

「俺たちに手を出さないってのは本当だろうな」


「ああ、約束する」


 嘘だな。わずかに笑いを含んだ声色がその証拠だ。オレを手に入れてしまえば、ギースたちにはもう用がない。


「ふふふ。なかなか、いい心がけだ。おまえはギースだな。知っているぞ。娘を取り返しに来たんだってな。そのままガキを連れて来い。そいつを引き渡せば、預かっている娘も返してやる」


「娘はどこにいるんだ」

 ギースが怒気を含んだ声で聞き返した。


「馬車の中だ。おとなしくしてるぜ」


「娘を見せてくれ」


「ふん、自分の立場を忘れるなよ。おまえは従うだけ。要求するのは俺だ。さあ、早くしろ。俺の機嫌を損ねると大事な娘が死ぬぞ」


 偉そうに。

 次から次へと、よく言えるもんだ。

 こいつは前からそうだった。『双頭の銀鷲』の名前で、商人を脅して借金をしたこともある。その時はオレが一発ぶん殴ってから、一緒に謝りに行ってやった。

 どうせありがたいなんて思う奴じゃない。恐らく、そのことも恨んでいるだろう。

 ギースは、右腕でオレの体を持ち上げながら歩いた。

 逃れようとしているように見せるため、地面から浮いた足をジタバタと動かす。それでいちいち体が揺れる。


「おい。なんだ、その目は」


「言いがかりはよしてくれ。俺は黙って従ってるぜ」


「そっちのガキの方だ。まるで憐れむような目をしてやがる。面白くない。おい、ギース。腕に少し力を入れておとなしくさせろ」


 すぐに顔に出るのはオレの欠点らしい。

 だが、もういい。これで十分に近づいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る