暁の不死鳥

 約束どおり、ギルドマスターはポーション売りの商人のことを調べてくれた。名前はドルフ。背が低い小太りのバクトラ人だ。年齢は四十三才。ギースの妻が話した特徴とも一致している。

 そいつは在庫を仕入れるため、近いうちに本国に戻ると言っていたらしい。


「それと同じ人物かどうかはわからないが、国境へ向かう商人が護衛を集めていたらしい。昨日、何人かの冒険者が声をかけられたそうだ。クエストとしての申請はないから詳しいことはわからないが、君たちへの対策だとしたら、既に動きが知られていることになる。気をつけたまえ。敵は君たちを待ち構えているかもしれないぞ」


「向こうも、ギースのことは調べているはずです。ギルドで情報収集をすれば、サーベルタイガーの件もすぐにわかります。それに、連れて行った子どもからも話を聞いているでしょう。ギースとリディ、それと凄腕の傭兵のウワサ。不治の病を治したカイルという子ども……警戒するのには十分な理由です」


「それでも追うつもりか」


「もちろんです」

 

「だが、バクトラに逃げこまれた場合、君はどうやって国境を越えるつもりだ。冒険者にはギルドが世界中の国家と契約した通行権があるが、子どもが冒険者を名乗るのは無理だ」


 ギルドは全世界にある組織だ。冒険者は国ではなくギルドに所属し、国家もそれを認めている。だから戦争状態でもない限り、簡単な申告だけで国境を通過できることになっていた。

 ただし、それは冒険者に限ってのことだ。

 それ以外の場合は商人なども含めて事前の申請と、厳重な審査が必要になる。


「ギルドにクエストを出して、自分たちで受注します」


「どういうことかね」


「八才の子どもをバクトラに移送するクエストです。理由は、親類に預けていた子どもを引き取るためとでもしておけばいいでしょう。ここでクエストの証明書を出していただければ、子どもでも国境を通過できます。

 もちろんクエストの費用はこちらで出しますし、二十五パーセントの手数料もお支払いします。あなたやギルドには迷惑をかけません」


 ギルドマスターは、いかにも面白そうに頬をゆるめた。


「なるほど、たいした策士だ。証明書はすぐに発行させよう。それにしても、君を追い出した阿呆どもの顔がもう見られないのが残念だ」


「ベリオスが、どうかしたんですか」


「昨日、自分から冒険者登録を抹消した。残りのメンバーもだ。払い戻した保証金を受け取ってから、出て行ったよ。どうやら傭兵にでもなるらしい」


 確かに今のベリオスには、もうギルドに所属しているメリットがない。ベリオスくらいになると、他のパーティーも声をかけづらい。ケチのついた有名人は凡人よりもつぶしがきかないものだ。


「カイン君を襲撃した件を知っていれば、どうせベリオス君とテッド君は除名にしたがね。もう彼らはギルドとは無関係だ」


「これであの男も終わりね。いい気味だわ」

 リディが、ふんと鼻を鳴らした。


「バクトラ帝国に行ったら、テトラという都市にあるギルドを訪ねるといい。そこのギルドマスターとは若い頃に一緒にパーティーを組んでいたこともある。生粋のバクトラ人だが、なかなか面倒見のいい男だ。すぐに紹介状を書いてやろう。

 ところで、君らのパーティーの名前は決まったのかね。クエストを受注するには、当然ながらパーティーとしての資格が必要だ。君らは、これから必ず伝説になる。良い名が思いつかなければ、つけてやってもいいぞ」


「いいえ、もう決まっています」

 オレはギースとリディに目配せをした。二人にはもう、言ってある。


「『暁の不死鳥』で登録させてください。さっき確認しましたが、ギルドに同じ名前での登録はなかったはずです」


「なるほど。太陽も不死鳥も死と再生のシンボルだ。回復術師ヒーラーのカイル君がいるパーティーにはその名がふさわしい」


 『双頭の銀鷲』はギルドのパーティーとしては完全に消滅した。

 だが今は信頼できる新しい仲間がいる。『暁の不死鳥』。このパーティーの結成こそが、オレの本当の意味での再出発だった。

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