12 敵の接触

国境

「それで、国境を抜けたら最初にどこに向かうんですか」


 幌馬車に揺られながら、シャルが話しかけてきた。燃えるように鮮やかな赤毛も揺れている。

 冒険者には根拠のない俗説が多い。胸の大きい女は乳房に魔力を溜めているとか、赤毛は炎系の魔法使いの証拠だとか。例外もいくつか知っているが、シャルはその全てに当てはまる。


 今はギースが手綱を握っている。オレは腕を伸ばして寝起きの体をほぐした。ギースの話だと、オレは毎日、急激に成長しているらしい。関節がずれたような感覚があるのはそのせいだろう。


「まだ話してなかったかな。相手の出方次第だから予定なんだが、何もなければテトラのギルドへ行く。ギルドマスターあての紹介状をもらってるんだ。

 そこでシャルをパーティーに登録して、ついでに情報収集をする。それとクエストの成功報酬の受け取りだな。ギルドマスターが署名した書類があるから、バクトラでも受け取れるはずだ」


「クエストの報酬?」

 シャルが茶色の大きな瞳でオレを見た。


「ああ、あなたは知らなかったわね。国境を越えるために、私たちは自分でクエストを発注したのよ」


「自分でクエストを? どうしてです」


「私たちは冒険者登録しているからいいけど、カイルはただの子どもってことになってるでしょう。国境を通過するには、それなりの理由がいるのよ。だからカイルをバクトラ帝国まで護送するクエストを発注して、それを自分で受注したわけ」


「つまり、オレはパーティーが輸送を請け負った荷物ってことだ。別に、まるっきりの嘘じゃない。どうせ馬にも乗れない子どもはパーティーのお荷物だからな」


「ふふっ、あなたもたまには冗談を言うのね。かわいいわよ」


「ほんと、抱きしめたいくらい」


「いいわね、忘れないで。カイルは私の婚約者ですからね。それと他の人の目のある所では、カイルを子どもとして扱うこと。バクトラの裕福な農場主の子どもってことになってるから、口裏を合わせてね」



 国境に出る街道の終着点には、境界にある門の内側と外側に、それぞれ関所のような建物があった。まず出国審査があり、その後でバクトラ側の入国審査がある。

 出国審査はすぐに終わった。問題は入国審査だ。


「おい、次の番だ。入れ」


 手荷物や服のポケットを入念に調べられた後、俺たちは四人まとめて個室に呼ばれた。そこには髭をたくわえた中年の審査官と数名の兵士がいた。審査官は座っているが、こっちは立ったままだ。

 彼はこっちの顔は見もしないで、面倒臭そうに書類をめくった。


「ふうん、ギルドの冒険者か。その剣士とハーフエルフがパーティーで、クエストで少年を護送中。途中から同行した魔法使いが一人。目的地はテトラのギルドか。なるほど、優秀な冒険者は我が国でも大歓迎だ。せいぜい活躍してくれたまえ。それで、名前は。ギースにリディ……」


 突然、審査官が咳きこんだ。

「い、いやすまない。ここのところ喉の調子が悪いんだ。風邪でもひいたかな。もちろん入国については問題ない。ギルドの登録証もクエストの書類も確認した。ただ、積荷の検査員が休暇を取っていてね。許可を出せるまで少し時間がかかるかもしれない。部屋を用意するから、そこで待っていてくれ」



 オレたちは個室に案内された。

 椅子やテーブルだけでなく、専用のトイレやベッドまである。ベッドは二人分しかないが、宿泊も可能な構造だ。


 カチャッ。ドアに外から鍵がかかる。


「カイル、こいつをどう思う」

 ギースがオレに聞いてきた。


「荷物検査の間、こういう場所で待たされるのは珍しくない。前にも経験がある。一応ここは国境だからな。税金の申告漏れとか、中には密輸をする奴もいる」


「そりゃあ、わかってるさ。審査官の態度の話だよ。俺とリディの名前を読み上げた瞬間に顔色が変わりやがった。それに休暇だぁ。わざとらしいにも程がある」


「オレたちのことが伝わってるのは間違いなさそうだ。国境警備の兵隊に指示が出せるってことは、かなりの大物がからんでいると考えた方がいい。貴族かギルドの誰かか……もしかしたら、国家ぐるみの陰謀なんてこともあるかもしれないぞ」


「おいおい、マジかよ」


 オレは仲間の顔を見回した。


「ギース。いや、リディもシャルも聞いてくれ。ここで待たされるってことは、迎えが来るまでの時間を稼いでいるってことだ。バクトラ帝国に入国したら、すぐに敵のアプローチがあると思っていい。

 商人の皮をかぶった魔族は、オレのことを主人に報告すると言った。どういう基準で判断するのかは知らないが、抹殺すると決まれば襲撃される。そうでなければ主人とやらの居場所に招待してくれるだろう。人質がいる以上、オレはどんなに不利な誘いにも乗るつもりだ。みんなはどうする? ここからは命がかかっている。どうするかは自分で決めてくれ」


 緊張していたはずのギースが頬をゆるめた。

「いまさら聞くなよ。これは俺の娘のためでもあるんだぜ」


「いまさら聞かないで。これは私の種族のためでもあるのよ。エルフの子どもたちを守るのは大人の義務だわ」


「いまさら聞かれても困ります。わたしにはもう、このパーティーしかありません。みんなで戦って、みんなで帰りましょう」


 ありがとう。

 オレはその言葉を呑みこんだ。

 それが仲間の覚悟をバカにする、ちっぽけな感謝だと思ったからだ。


「さあ、カイル。呼び出されるまでベッドで寝ているといいわ。あなたは万全の体調でいて。それが今、あなたが私たちのためにできることよ」


 オレはリディのすすめに従った。

 本当はもう、倒れそうなくらいに眠かった。

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